種のないマジック?
「・・・・いないじゃないか」
ボソッとつぶやくと、小さくため息。
言われたとおりに、真っ直ぐ大通りの横断歩道まで来た。
しかし、それらしき姿は見当たらない。
せっかくその気になって追いかけたと言うのに、この結果だ。
上手く操作されているようにしか思えない。
そう考えると、なんだか悔しく感じて、
意地でも追いかけてやろうと辺りのにおいを探ってみる。
車が排出する排気ガスや、近くにあるレストランから漂って来る食べ物のにおい。
そして、花のにおいを感じた。
不思議に思って辺りを見渡してみると、横断歩道の横にあるガードレールの下に、
小さな花束と紙が置いてあるのが見えた。
不思議に思ってその花束を見下ろしていると、声をかけられた。
「その花束、クリスマスになると毎年置いてあるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。そして、クリスマスの夜が明けると、いつの間にかなくなってるの。
でも、どこの誰が何の為に置いているのかわからなくてね。
もう、三年ぐらいそうなのよ。
噂によれば、三年前のクリスマスにこの横断歩道で亡くなられた方への手向けだ~
なんて言われてるけど、実際のところ、どうなのかしらね?」
「不思議な話しですね」
「ええ。今年はなぜか、クリスマスが終わってもなくなってないから、逆にびっくりよ。
どうしちゃったのかしら?」
「・・・・さぁ?」
どう反応していいものか迷い、適当に相槌を打つ。
突然話しかけて来たその女であるが、
どうにもおしゃべりらしく、一人で話を続けている。
「もし噂が本当なら、誰かが取りに来てるのかしら・・・・。
私、あそこの花屋に住んでるから、ずーっとそこの花束を見張ってたんだけど、
いつも私がいない時になくなっちゃうのよね~」
「そうなんですか・・・・」
いい加減うんざりしてため息が出そうになった時、
横断歩道の向こう側にある花屋から女が顔を出した。
その途端、その女の顔色がサッと変わり、
「急に話しかけちゃってごめんなさい!それじゃあ!」と言い、そのまま走って行った。
それを確認すると、俺は深いため息をつく。
今まで感じていた不満を全て吐き出して、少しすっきりした。
全く、初対面でありながら、
あそこまで饒舌かつ、慣れ慣れしい奴は人間界に来て初めてだ。
めんどくさいことこの上ない。
精神的にはかなり疲れており、普段ならそのまま直帰するところだが、
今日はもう少し頑張ろうと思う。
何度目かの青信号を渡り、何となくの勘で道を歩いて行く。
最初はにおいをたどって行こうと思ったが、
ここは人間界の中でも特に車が多く、色々なにおいがある場所だ。
その中であいつらのにおいを探り当てるのは厳しいと判断したからだ。
しかし、その判断は間違っていた。いつの間にか変な道に迷い込んでいたのだ。
大通りから外れた場所にいるようで、
さっきまではうるさかった辺りはとても静かになっていた。
それに加え、道が必要以上に複雑になっており、すっかり現在地を見失ってしまった。
人に聞こうにも、朝だと言うのに出歩く人影は見当たらないし、
交番も見つからない為、警官に道を聞くことも出来ない。
こうなってからでは遅いとわかっていながらも、
数分前、何となくの勘で歩き出した自分を呪ってやりたい。
時間を戻せるものなら、あの時の俺の思考を止めたい。
めんどくさいことに巻き込まれたくないと言ってあいつらの誘いを断ったはずなのに、
結局めんどくさいことになってしまった。
こうなっては、もはやあいつらに原因があるのではなく、
俺に原因があるのではないかとまで考えてしまう。
よく思えば、今までもそうだった。
めんどくさく珍しいこと、とにかく沢山俺の周りで起こって来た。
周りの人間は、「珍しいことよ!」と言うが、
俺にとっては、「めんどくさく、珍しいこと」なので、全く嬉しくなんかない。
そのくせ、いい意味での珍しいことは、起きたためしがないんだ。
こうなってくると、もはや、自分が呪われているとしか・・・・。
変な道に迷い込み、自然と思考がネガティブになる。
呪いなんて馬鹿げてると普段は思うものの、心の弱っている今は、
そんなくだらないことさえ信じてしまう。
このままでは、自分が自分ではなくなってしまいそうな恐怖を抱いて、
どうにか気を逸らそうと辺りを見渡す。
すると、少し先のところで、ベレー帽にキャンバスを抱えていると言う
なんとも不思議な風体をした女を見つけた。
普段なら、こんな怪しくてめんどくさそうな奴に話しかけたりなんかしない。
めんどくさいことに巻き込まれそうだからだ。
しかし、今回ばかりは、自身の精神に関わる問題なので、
その人物に自ら歩み寄って行く。
もちろん、大通りへの道を聞く為だ。しかし、その足は直ぐに止まった。
なぜなら、その女が持っているキャンバスから、
突如、ライオンが飛び出したからだ。
その女は俺の存在に気づいていないようで、
ライオンと同じ目線になるようにしゃがむと、
何かを語りかけながらそのライオンの頭を撫でていた。
普通ならありえない光景に、自分の目を疑う。
ライオンって、あんなに人に懐くものなのか?
いや、そもそも、あの女はキャンバスからライオンを出したぞ・・・・?
考えれば考えるほど頭が混乱して来て、真実が遠ざかって行く。
キャンバスから動物を出すことなんてありえない。
・ ・・・しかし、現実に、そのありえない出来事が起こったのだ。
これでも俺は、俗に言う特殊能力とかについては慣れていた方だ。
新見家の知り合いで、能力者を沢山見て来たからな。そんな俺でも驚いたんだ。
一般人ならきっと腰を抜かしているだろう。
女は、少しの間ライオンを撫でていたが、
それを終えると、何かを話してキャンバスをライオンに向ける。
すると、キラキラ光る粒子になってキャンバスの中に吸い込まれていった。
それを確認すると、まるで、何事もなかったかのように道を歩き出したので、
俺は、その後をつけることにする。
あいつが何者であるかわからない以上、警戒を怠る訳にはいかないからだ。