夜景効果?
「ねぇ、まだなの?」
「もうちょっと、もうちょっと」
「そう言われて何分経ったかしら・・・・」
「まっ、まぁ、そんな意地悪言わないでさ」
「・・・・」
意地悪と言われて、口を閉ざす。
瑞人によく言われることを思い出したからだ。
確かに、意地悪って言うか、愛想がないって言うことは自分でもよくわかってる。
でも、どうやったら素直になれるのかがわからないんだ。
特に、気持ちが高ぶってしまう時。それは、嬉しい時とか悲しい時とか関係ない。
感情が高ぶった時は、特に酷い。
あいつの近くにいる時は、感情の起伏が激しくなる。
そうすると、当たりが人一倍強くなってしまうのだ。
「あれ?もしかして僕、傷つけるようなことでも言っちゃったかな?」
「・・・・ううん、あんたは関係ない」
「もしや、彼のことかな?」
「なっ、なんでわかるのよ!?」
慌てて視線を持ち上げてエンジェルの方を向くけど、私にエンジェルの表情は見えない。
なぜなら、私は目隠しをされてるから。
どうしてかはわからないけど、ちょっと前に目隠しをされてから、
ずっとエンジェルに手を引かれて歩いている状態。
だから、エンジェルの顔どころか、姿を確認することも出来ない。
わかるのは、声と、手の感触と、私を支えてくれる宙に浮かぶ地面だけ。
「そりゃわかるさ、君のことならなんでも」
「・・・・そんな訳ないじゃない」
「どうして?」
「・・・・どうしてって言われたら困るけど・・・・」
むしろ、自信満々にそんなことを言えるエンジェルの方が凄いと思う。
まぁ、どうせ嘘だと思うけどね。
エンジェルって、女の子みんなにこんなこと言ってそうだし。
「嘘なんて言ってないよ、酷いなぁ」
「なっ、なんで私が思ってることがわかるのよ!?」
「表情を見ればわかるよ、だから言ってるんじゃないか」
「・・・・」
「ね、嘘じゃないだろ?」
私は何も言えなくなって、顔を伏せた。
どうやら、本当に私の考えてることがわかるみたいだ。
しかし、信じられない。だって、私はエンジェルと出会ってそう間もないはず。
それなのにエンジェルは、どうして、
私の顔を見ただけで何を思ってるのかわかるほど私のことを知ってるのか。おかしい。
「どうして私のことがわかるの?
気持ちを読み取るなんて、表面だけの情報なんかより遥かに難しいものじゃない」
「まぁ、確かに。
でも、僕の職業を思い出してみてよ、怪盗だよ?それぐらい出来て当然さ」
「・・・・じゃあ、私が今思ってること、わかるんじゃない?」
そう言うと、一瞬で気持ちを察したのか、
エンジェルが黙り込み、小さく「もうちょっとだって・・・・」と言った。
その言葉に満足すると、私は口を閉ざした。
真冬の夜中とあってか、車や人はあまり通っておらず、
シンと静まり返るような沈黙が続いていた。
私達の歩いている宙の道は、しっかりとした地面のような感触なのに、
足音が立たない。
私は裸足だから足音が立たないのはなんとなくわかるけど、
エンジェルの靴って、足音が鳴るものみたいで、屋根の上を走る時も音が鳴ってた。
それなのに今は、ふわふわの綿の上を歩いているかのように、
全くと言っていいほど足音が鳴らない。不思議だ・・・・。
視界がさえぎられているせいか、聴覚や触覚の方に意識が集中してしまうから、
こんなにどうでもいいことが気になってしまうんだと思う。
「何か気になることでもあるの?」
「足音がしないのはなんで?」
「ああ、空気だからね、あくまで。空気を叩いたりしたって、音は鳴らないでしょ?」
「・・・・確かに」
「おかげで、足音をたてずに侵入出来るから便利なんだ。
それに、パラグライダーが使えない時でも宙を走れるしね」
「ふーん」
適当な相槌を打つと、小さくため息をついた。
再び沈黙が訪れる。もう、目隠しをされてから何分経ったのかわからない。
けど、もうどうでもよくなって来た。
さっきまでは、目の前が見えないことの恐怖しかなかったけど、
今ではそれも慣れてしまっている。
「着いたよ」
「・・・・ホント?」
「うん、目隠しを取ってごらん」
エンジェルに言われるがままに目隠しを取る。
そして、目の前に広がる景色に思わず息を呑んだ。
目の前には、数え切れないほどの光が広がっていて、
光の川が広がっているように見える。
そのほとんどがマンションやビルの明かりなんだろうけど、
中には片付け忘れたクリスマスのイルミネーションも光ってて、自然と微笑んでしまう。
私が立っている場所は、この町でもかなり有名な高層ビルの屋上。
通常は立ち入り禁止なんだろうけど、
私達は宙からここに降りてしまったのだから、そんなの関係ない。
確かこのビルは、42階まであったはずだ。その屋上にいると言う訳だから・・・・。
こんな景色を見れる機会はそうないと思う。今までに見たこともないくらい綺麗だった。
あまりに幻想的な世界に私が見惚れていると、トントンと軽く肩を叩かれた。
「後ろ向いたら?」
「なんでよ、こんなに綺麗な景色なのに・・・・」
「後ろも綺麗だよ」
「え?」
そんなはずはないと思って後ろを向いてみる。すると、ため息をついた。
「・・・・お気に召さなかったかい?」
私は無言で首を振ると、表側とはまた違った美しさを放つ景色を眺める。
表側は、人工的な光と建物の羅列が成した美しさだったけど、
今見ている景色の美しさは、自然が生み出したものだった。
月の光が目の前に広がる海を照らし、ゆっくりと動く波がその光をキラキラ動かしてる。
近代的な美しさと違う自然的な美しさがそこにはあって、
どちらが綺麗かと言われても、私には判断のしようがなかった。
「ここ、実は僕のお気に入りスポットでね、よく来るんだ。どうかな?」
「・・・・凄く綺麗。私、今幸せかもしれない」
私がそうつぶやくと、エンジェルはゆっくりと微笑み、
どこかへ向かって歩いて行こうとする。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、どこに行く気?」
「僕がいたら邪魔かなと思ってね、ちょっと出かけて来るよ」
「邪魔じゃない!」
「え?」
「・・・・」
私は、慌てて下を向くと、
エンジェルに背を向けるように表側に向き直り、ため息をついた。
下を向いているからエンジェルの姿は見えないけど、
足音で、私に近づいて来ていることがわかる。
それを感じて、自然とドキドキしてしまった。
だから私は、その気持ちを隠すように、何か話しかけてみることにした。
「・・・・ここ、よく来るんでしょ?いいの?私にそんな場所教えて。
私が警察に言っちゃったら、あんたの居場所、バレちゃうんだよ」
そんなこと、考えてもいなかった。
ただ、いつも意地悪って言われてるから、
今度こそ本当に意地悪なことを言ってやろうと思ったんだ。
すると、エンジェルはなぜか不思議そうな顔をして私を見下ろして来たから、
私は首をかしげる。
「何かおかしいこと言った?」
「うん」
「何が?」
「君はそんなことをする人じゃないのに、どうしてそんなこと言うのかなって」
「・・・・」
「ね?」
「・・・・まぁ」
私が渋々うなずくと、エンジェルは満足げに微笑み、手を差し出した。
「何?」
「もう遅いですから、帰りましょうか、お姫様」
「もう帰るの?」
「もしかして、少し名残惜しかったり?」
「・・・・景色がね」
私が言うと、エンジェルはあからさまに落胆して、首を振った。
「傷ついた?」
「いえ、それぐらいでは私の心は揺るぎませぬ」
「何それ?」
「王子様だよ」
「そっ、それはわかるけど、なんで王子様なの?」
すると、エンジェルは意味ありげに微笑むと、私の手を取って宙に浮き始めた。
「ねっ、ねぇ!」
「ん?なんだい?」
「・・・・」
せっかく話しかけたはいいものの、その先が言えずに、つい下を向いてしまった。
当然のことながら、エンジェルは不思議そうに聞いて来る。
こう言うしぐさの一つ一つがあいつに似てるところがあって、私は目をつぶった。
「どうしたの?」
「・・・・なんでもない」
「そっか。では、行きましょうか、お姫様」
私は無言でうなずくと、エンジェルに手をひかれるまま歩く。
その間、エンジェルが話しかけて来ることはなく、私も話すことはなかった。
でも、なんだか、さっきまでと場の雰囲気が変わったように感じる。
私が言うのも変なことだけど、そんな感じがした。
「さて、つきましたよ、お姫様」
「・・・・うん」
ゆっくりとうなずくと、エンジェルに手を貸してもらって部屋の中に入る。
その途端、なんだか急に寂しくなって来て、帰ろうとするエンジェルを呼び止める。
「どうしたの?」
「・・・・また、来てくれる?」
消え入りそうな声でそれだけ言った。
どうして自分がそんなことを言ってるのかわからない。でも、自然と口走っていた。
なぜか、エンジェルは何も答えてくれない。その沈黙が怖かった。
エンジェルは、私の顔を見たら何を考えてるのかわかるかもしれないけど、
私はそんなこと出来ない。だから、怖かった。
自分には似合わない言葉だってわかってるからこそ、不安だった。
「ご要望とあらば、私はいつでもあなたの前に現れましょう。
ですから、ご安心ください。
あなたが本気で嫌がらない限り、私はいつまでもあなたの前に現れますよ。
では、また会う時まで」
その言葉の後、頭をポンポンってされた。
その時の感覚もまた似てて、私は慌てて振り返った。
しかし、既にエンジェルの姿は部屋の中にはなく、
私は力が抜けるようにその場に座り込んだ。
「・・・・変じゃない」
私は、自分の頭を何度か叩くと、すっかり夜も遅くなってしまった部屋を下りて行った。