何事も根気が大事!
「あれ?栞奈さん、どうしたの?」
「うん・・・・もしよかったら、少しの間入れてもらえないかな?」
「いいわよ。あっ、でも、少し騒がしいかも」
「え?」
「とりあえず、上がって。寒いだろうからさ」
「あっ、ありがとう」
不思議に思いながらも、篠崎さんの言葉に従って家の中に入る。
ここには確か、篠崎さんとその妹さんしか住んでないはずだから、
騒がしいってほどのことはないと思うんだけど・・・・。
「まぁ、騒がしい理由って言うのはね、見てもらえばわかると思うから」
「そっ、そうなんだ・・・・。もしかして、忙しい時に来ちゃった?
もしそうならごめんね、突然押しかけちゃって・・・・」
「大丈夫よ。いつでも来ていいからね」
「ありがとう」
篠崎さんの温かい言葉に心が少し温かくなったところで、
ふと、リビングのテーブルに沢山の食器が置いてあることに気づいて首をかしげる。
「これ・・・・」
「さっきまで、玲菜と源五郎さんと聖夜君がここにいて、ご飯を食べてたの。
その食器がこのままになってるだけよ」
「あっ、だから、騒がしいかもって言ってたんだ!」
「そう言うこと。でも、どうやら帰っちゃったみたいね。
玲菜の靴はあるから、部屋にいるのかも」
「何も言わないで帰っちゃったの?」
「いつものことよ。減五郎さん、いつもは普通の人なんだけど、
聖夜君と一緒にいる時は、まるで子供に戻ったみたいにはしゃいじゃってね。
さっきも、聖夜君と二人でワイワイ言いながらテレビを見てたのよ」
「そうだったんだ・・・・」
私は、あのおじいちゃんのことを少ししか見てないけど、
登場の仕方も中々派手だったし、そのくらいのことはしそうだなって思って、
なぜだかとても納得する。
「そんな二人に私はついていけないから、自分の部屋で勉強でもしてたって訳。
そしたら、ご飯作ってくれって言われて。
さっき食べたんじゃないの?って思うわよね?」
「確かにそうだね」
若干苦笑いを浮かべながら、
食器を重ねてキッチンの方へ持って行く篠崎さんの手伝いをする。
それにしても・・・・今日の篠崎さん、やけにテンションが高く感じる。
ううん、機嫌がいいと言ったらいいのかな?やけに饒舌のように感じる。
いつもなら、ここまで話さない人なのに・・・・。
不思議に思った私は、食器を洗っている篠崎さんに聞いてみることにした。
「篠崎さん、やけに機嫌がいいね。何かあったの?」
私が聞くと、今まで少しも動きを止めなかった篠崎さんの動きがピタリと止まり、
やがて、小さく息を吐いた。
「・・・・まぁ、色々とね」
「距離は縮まった?」
「・・・・うん。ただね、一つがっかりなことがあった」
「・・・・どうしたの?」
私がそう聞くと、篠崎さんは深いため息をついた後、とても小さな声で言った。
「私が告白したこと、すっかり忘れてるの」
「・・・・え?」
「私も、最初は同じ反応をした。
でもね、どうやら完全に忘れちゃってるみたいで、
『私の気持ち、知ってるでしょ!』って怒ったら、『へ?』って言い返されちゃってね。
話に聞くと、倒れる数分前の記憶はなくなっちゃうみたいで。
別に、わざと忘れようとしてるんじゃないんだから怒ってはないんだけど、
何だか凄く悲しくなっちゃってね」
「・・・・そうだよね。
せっかく、勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えたのに、覚えてないなんてね・・・・」
「うん。だから、そこはがっかりした。
でも、いいことはそれ以上にあったから、機嫌がいいの!」
そう言って篠崎さんは再び笑顔を取り戻すと、
鼻歌を歌いながら、食器洗いを再開する。
そんな篠崎さんの様子を見て、私はため息をついた。
いつもは、あまり自身の感情を表に出さない篠崎さんがあそこまで喜んでいるんだ。
相当いいことがあったに違いない。
そう思ったら、なんだかとても羨ましくなったのだ。
と言うのも、今日は、昨日果たせなかったデートの約束を果たす為に出かけたんだ。
それなのに、色々ドタバタがあって、デートの目的であった映画館には行けてないし、
しかも、二人きりで時間を過ごすこともほぼないまま、一日が終わろうとしているんだ。
だから私は、
今日一日で有澤君との距離を縮めることが出来た篠崎さんがとても羨ましかったんだ。
私の場合、既に幼馴染って枠組みに入っちゃってるから、
そこから女の子って言う枠組みに移動させることはとても難しいことかもしれないけど、
可能性がゼロじゃないなら出来ないことはないと思うし、頑張りたいとは思ってる。
「そう言えば、栞奈さんはどうしてあそこにいたの?」
「え?」
「・・・・もしかして、デートの最中だった?」
そう篠崎さんに聞かれて、私はどう答えようかと迷う。
素直に答えたら、篠崎さんに気を遣わせちゃうかもしれない。
かと言って嘘をつくのはどうかと・・・・。
私がそう思って悩んでいると、篠崎さんが無言でうなずいた為、私は苦笑いを浮かべる。
「ごめんね、大事な時間を邪魔するような形になっちゃって・・・・」
「そっ、そんなことないよ!大丈夫!
そもそも、私はデートだと思ってても、
修はただの気晴らし程度だって思ってるみたいだし・・・・だから、大丈夫。
篠崎さんが謝るようなことなんてないよ!」
「・・・・うん」
私はそう言ったものの、篠崎さんはやっぱり落ち込んだような表情をしていて、
こうなったら話題を変えるしかないなって思った。
「そう言えば、妹さんの友達の正体はわかったの?」
「え?・・・・ああ、あの人のことね。ううん、全然話してくれないの。
ただ、『大丈夫、怪しい人じゃないから!』としか言ってくれなくて・・・・」
「それは不安だね・・・・たった一人の家族でしょ?」
「うん・・・・。
多分、聖夜君が知り合いって言ってた人と、玲菜の友達は一緒の人だと思うんだけど、
どうにも心配でね。
ほら、普通の研究をやってる人ならまだしも、
人間の体を縮めたり出来るような人だからさ、
何か危ない組織に関わってる人なんじゃないかなって思って・・・・」
「うん。確かに、私もそう思う」
私がそう言うと、篠崎さんは嬉しそうに「そうでしょ!」と言いながら
私の正面に座ったから、私は少しだけ身構える。
と言うのも、この様子だと、篠崎さんの話しをしばらく聞くことになりそうだからだ。
私は、人の話しを聞くのは苦手じゃないけど、
あまり長時間持つ方じゃないから少しだけ不安に思ったけれど、
普段大変な思いをしている篠崎さんの力になれればいいなと思って、
出来る限り、篠崎さんの話をきくことにした。