素直な気持ち
カーテンを開けると、私はその場に座り込んだ。
あの声の言うとおり、奇跡が起こったのなら瑞人が目を覚ましたはずだ。
でも、瑞人は未だ目をつぶったまま動かなかった。
それを見て、私は聖夜君のことを呼びに行くことにする。
十分経ったかどうかはわからないけれど、私に出来ることはもうないなって思ったのだ。
重い体を無理やり動かして、部屋の外に出ようとしたその時、
ガタガタと言う音が聞こえて後ろを振り返る。
この部屋には、私と瑞人しかいないはずだ。
そして、私は部屋を出て行こうと歩いていた訳で、となると、残ったのは・・・・。
走ってカーテンを開ける。
すると、さっきまで目をつぶっていた瑞人が起き上がって、ボーッとしていた。
その姿を見て、私は涙をこらえることが出来なかった。
今までこいつの前で涙を見せることは絶対にしなかったけど、
今回ばかりは我慢が出来なかった。
「どっ、どうした!?」
「どうしたもこうしたもないわよ、馬鹿!さっきまでずーっと目覚めなかったくせに!」
「ん??話が全く読めないんだけど」
「・・・・馬鹿!」
白々しく思えるほどこの状況に気づいていない瑞人の言葉に
私は思い切り怒りたかったけど、それ以上言葉が出て来なかった。
話す暇がないほど涙が出て来て、話せない。
言葉が話せなくて苦しかったけど、私は物凄く嬉しかった。
ううん、嬉しいとか楽しいとか、そんな言葉じゃ表せないぐらいの気持ちを感じてる。
私が泣いてる間、瑞人は訳がわからないままきょろきょろしていたけれど、
やがて、ようやく今の状況が理解出来たのか、ため息をついた。
「・・・・ごめんな、急にぶっ倒れたりして。びっくりしただろ?」
そんな瑞人の言葉に私はうなずくと、背を向けた。
本当は、もっと素直になりたかった。
嬉しいとかありがとうとか、そんな言葉を言いたいはずなのに、
私の体は私の言うことを聞いてくれない。
いつもこうやって嫌いな素振りを見せて・・・・。
だからきっと、あんなにびっくりさせちゃったんだと思う。
「おっ、怒るなよ!大丈夫、俺、寝てただけだから!」
「・・・・亜稀さんから聞いたもん」
私の言葉に、瑞人のため息が聞こえた。そして、前に回りこんで来る。
「・・・・そっか、知っちゃったか。・・・・驚いたか?」
「驚かない。私は、別にそれでいいもん」
「・・・・そっ、そっか。それならよかった」
「・・・・なにが?」
「いっ、いや、なんでも。
なんか、いつも心配かけてばっかりだったからよ、
これ以上心配かけるのは悪いような気がして」
「別にいい。むしろ、もっと早く言って欲しかった。大事なこと」
「・・・・そっか。また傷つけちゃったか」
「傷ついてはないけど・・・・やな気持ちにはなった。凄く、悲しかった・・・・」
瑞人の目を見ていられなくて、自然と目を逸らす。嫌な気持ちになった訳じゃない。
でも、上手く言葉が伝えられなくて、そんなぶっきらぼうな言い方をしてしまった。
そんな自分に、もしかしたら自分は、
瑞人のことが好きじゃないのかなって言う思いがこみ上げて来る。
わたしは、今まで恋をしたことがないから、
もしかしたら、恋とは違う感情を恋と勘違いしちゃってるんじゃないかって。
ううん。恋とか友達とかそんなの関係なく、私は薄情な人間なのかもしれない。
言葉で言い表せなかった思いは、
いくら心の中で思っていても、相手には伝わらないものだから・・・・。
そう思うととても悲しくなって、私は視線を落とした。
瑞人の目を真正面から見ることが出来ない。
これは、恥ずかしいとか、そんな感情で起こることではないだろうとはわかっていた。
ただ、申し訳ない気持ちでいっぱいだから、
きっと、瑞人の目を見ることが出来ないんだと思う。
「・・・・ごめん、いっつも嫌な思いばっかりさせて」
「なんであんたが謝るのよ。あんたは何も悪いことしてないじゃないの。
謝らなくちゃいけないのは、私の方なんだから」
「・・・・」
私の言葉の後、しばらく沈黙が続いた。
その間に私が考えていたこと。それは、謝らなくちゃいけないなってことだった。
瑞人の記憶を見て、
私が覚えていないところで、瑞人が傷ついてることは沢山あるんだなってわかって、
とても反省していたのだ。
私が覚えていることを瑞人は覚えていなくて、私はいつも嫌な気持ちになってた。
小さい頃の大切な思い出を覚えていてくれないなんて・・・・って。
でも、それは私も同じだった。ううん、私の方がもっと性質が悪いよ・・・・。
だって、酷い言葉を言って相手を傷つけてるって言うのに、
その一つ一つのことを覚えてなくて、あげくの果てに、あんなに大切大切って言ってた
小さな頃の大事な思い出まで忘れちゃってるんだから。いくらなんでも酷過ぎる。
だから私は、瑞人の目を見ることが出来なかった。
後ろめたいことが多過ぎて、目どころか、顔すらも見ることが出来ない。
足元を見ることだけが精一杯だった。
「・・・・花恋は謝らなくていい。
多分、俺の意識の中に入って色々見ちゃったからそうなってると思うけど、別にいい。
俺は怒ってないし、これからだって花恋の言葉で怒るようなことは決してないはずだ。
だから・・・・」
「怒ったっていいのよ!
私が不安なのは・・・・嫌われることなの!怒らないことなんて望んでない!
私の性格を認めて、怒らないでいてくれる人なんていないはず。
だから、怒るななんて言わない。ただ、嫌われたくない。それだけなの!」
瑞人の言葉にかぶせるように私は叫んだ。思い切り叫んで、喉が痛くなった。
でも、そんなことはどうでもいい。私の思いが伝わってくれるなら、それでよかった。
思い切り叫んだせいか、今までも荒立っていた感情が更に大きく揺れ動き、
何がなんだかわからなくなって、物凄く苦しくなった。
出口のない迷路を、一人駆け巡っているように迷った。
深い深い闇の底にある真っ暗な迷路の中で、私は迷っていた。
「大丈夫、怒ったり傷ついたりはするけど、嫌いにはなったりしない!
そう約束したからな。俺は約束を守る男だ。昔のこと思いだしてみろよ?」
「・・・・約束?」
瑞人の言葉の真意を知りたくて、思わず視線を持ち上げる。
すると、それを待っていたかのように頭にポンと手を置かれた。
「そうだ!
『迷ったり悩んだりしても、必ず俺が助けに行く!白馬に乗って迎えに行く』って約束」
その言われた途端、記憶をさかのぼるような感覚がして、
今まで何度思い出そうとしても思い出せなかった、
あの大切な記憶を思い出すことが出来た。
あの時瑞人が言ってくれたことも、私が返した言葉も。全部思い出だすことが出来た。
さっきと同じ言葉を一番最初に聞いた時も、
二回目に聞いた今も、全く同じ気持ちになった。
「・・・・それ、さっきの話しと全然通じてないじゃない」
「なっ!・・・・まっ、まぁ、そうだけど、俺がかっこいいこと言ってんだから、
同調ぐらいしてくれたっていいだろ!かっこよく決めてたんだぜ?」
「そうかしら?私は全くそうは感じなかったけど」
「・・・・くそーっ!元気なかったから俺がかっこよく決めてやったのに!
でもまぁ、元気が出たんならよかった」
瑞人はそう言うと、満面の笑みを浮かべる。
その顔は、記憶の中にあるあの時の笑顔と変わらなくて、私はなんだか嬉しくなった。
・ ・・・ほんとはね、あの言葉、凄くかっこよくて瑞人が本物の王子様みたいに思えた。
あの言葉と、その後の笑顔を見た時、私は初めて瑞人のことを意識したんだと思う。
あの時が、この気持ちの出発点なんだなってわかった。
こんな言い方すると、今は物凄くかっこよくて王子様みたいに思えてないみたいだけど、
実際のところ、ほんとにそんな感じ。
って言っても、かっこよくて頼りになるところは同じ。
でも、王子様ってところはちょっと変わったかな?
あの時は、まさかこんな風になるとは思ってなかったから王子様みたいに見えたけど、
今は、さすがにそうとは思えない。
だって、女の子とばっかり遊んでるんだよ?そんな白馬の王子様、私は絶対嫌よ。
・ ・・・でも、かっこいいって思ったのは本当。
だけど、そんなこと本人の前では絶対に言える訳ないはずで・・・・。
だから私は、話しを逸らすような形で言ったけど、本当は効果覿面だったんだ。
あの言葉のおかげで、私の中に光がさして、何も見えない迷路に道が見えたの。
・・・・まぁ、そんなこと、絶対に本人の前では言えないだろうけどね。
そんなことを思ってたら、なんだか急に恥ずかしくなってきて、
その場から逃げようと足を踏み出した。
すると、今までずっと口を閉ざして動かなかった瑞人が動いて・・・・。
手をつかまれる感覚、そして、体がぶつかり、背中にぬくもりを感じた。
しばらくの間は、そんな断片的なことしかわからなくて、私はそのまま呆然としていた。
しかし、不意に我に返って、止まりかけていた涙が再び溢れ出した。
今、私を包んでいるこのぬくもりが、後少し遅かったら失われていた。
そう思うと、とても怖くて悲しくて、涙が溢れた。
そして、それと同時に安心感が心の中に広がって、足から力が抜けそうになる。
「うわっ、おい、大丈夫か!?」
何とか瑞人に支えられてそのまま座り込んでしまうことはなかったけど、
私はそんなことどうでもよかった。
ただただ、今、体に触れているぬくもりを感じて涙が出た。
「・・・・凄く心配したんだから」
「うん、それは、花恋の様子を見てすんごいわかった。悪いことしたなって思ってる」
「・・・・悪くなんかない。むしろ、もっと心配をかけたっていい。
だから・・・・だから、これからは、もっとちゃんと話をしてよ。お願い・・・・」
「わかった。花恋がそうして欲しいって言うなら、俺はそうすることにする」
「・・・・ありがとう」
「礼を言われるようなことはしてないって。
俺は、花恋を傷つけたくないからそうしたんだ。・・・・落ち着いたか?」
そう問うてくる瑞人に首を振ると、自ら正面に向き直り、
瑞人の背中に腕を回すと、ギュッと抱きしめた。
さっきの様子だと、もうそろそろ離れて行ってしまいそうな雰囲気だった。
だけど私はそれが嫌で、ギュッと抱きしめた。今、この一時だけでいい。
これが最後でもいいから、少しでも長くこのままでいたかったんだ。
「・・・・いっ、いや、えっと・・・・
おっ、俺、そろそろ恥ずかしくなって来たんだけど・・・・」
「ダメ」
「・・・・」
私が即答すると、瑞人は黙り込んだ。
その体がドンドン熱くなってる気がして、
瑞人の言っていることが本音なんだとわかって嬉しかった。
「・・・・うん。俺が悪かったよ。
今度からは、ちゃんと花恋の言うこと聞くようにするからさ」
「・・・・突然どうしたの?」
「いや、どうも何も、悪いと思ったから謝っただけで・・・・
まさか、こんなに長い間抱きついてるとは思ってなかったし・・・・」
その言葉を聞いて、慌てて瑞人から離れて背を向けた。
顔が真っ赤で、体全体が熱くなっているのを感じる。
ようやく、我に返ったような感覚だ。
「しょっ、しょうがないじゃない!そもそも、最初はあんたから来たんでしょ!
しょうがないじゃない!」
「あっ、まぁ、うん。いや、あの時はつい勢いで抱きしめちゃったけど、
よくよく考えたらなんか恥ずかしくなっちって」
「・・・・とっ、とにかく、もういい!」
「ああ、怒るな!俺が悪かったから!」
「謝らなくていいの!それよりも、さっき、何でも言うことを聞くって言ってたよね?
私の願いはただ一つ。女の子達と遊ぶのを一切やめて!」
「なっ、なんでだよ!それとこれとは無関係!」
そんな瑞人の言葉にイラッとした私は、まくし立てるように言った。
「あんた、私の気持ちしってるでしょ!」
「へ?」
「・・・・え?」
予想外の反応に、私は一瞬怒りを忘れて、気の抜けた声を出してしまった。
いくらこいつは鈍感で馬鹿でも、あそこまで言って伝わらないことはないはずだ。
それなのに・・・・なんで?
「あーっ!これ、聞いてないんだな!!」
「・・・・何を?」
「俺さ、倒れる前の数分の記憶取られるんだよな、うん。
だから、どうして自分が倒れたかわからないって言う・・・・」
そこまで言って、私の表情に気づいたのか、瑞人がまずそうな顔をして謝って来る。
「ほっ、ほんとにごめん。許して!」
「・・・・別にいい。こっちの方がいいって神様が指し示した結果よ」
「ちょっ、おっ、怒ってる・・・・。どっ、どうしよう・・・・」
「・・・・怒ってないわ。ただ、疲れただけ。
とりあえずあんたが無事に目覚めてくれただけで、私は嬉しかった。それだけで十分よ」
「・・・・ほっ、ほんとに?」
「ほんと」
私はそう言うと、今にも力が抜け出してしまいそうな体を無理やり動かし、
亜稀さんから渡された小箱を持って来た。
「これ、亜稀さんに渡されたものなんだけど、返すわ」
「げっ!?これ・・・・中見たの!?」
「見てないけど・・・・何、そんなに変なものが入ってるの??」
「うーむ、なんと言いますか。
絶対に言えませんが、ちょっと見られたくないようなことがかくかくしかじか・・・・」
「見せなさい!」
「ダメ!」
瑞人は、さっきまで人を泣かせていた人物とは思えないほど元気に飛び上がると、
凄い速さで部屋から出て行った。もちろん、私は追いつくはずが無く、ため息をつく。
瑞人が倒れたのは私の告白のせい。
そして、目覚めるか目覚めないかの狭間をさまよって、
その結果、私の告白した部分は綺麗にカットされていた。
それを思ったら、誰だって自分の思いは伝えてはいけないものなんだって思うと思う。
私だってそう思った。
だから私は、もうしばらくの間、幼馴染の関係のままでいることにした。
将来的には、いつか自分の気持ちを伝えられたらいいなとは思うけど、
しばらくの間はその気は起きないと思う。
だって、またまた眠りにつかれちゃったら、大変どころの騒ぎじゃないからね。