魔界の国宝 雷光銃編
冥道霊閃の件から一ヶ月が経った。
その間に変わったことはなく(そっち関係でないとすれば、都会のデパートに行った)、今日もいつも通りに三人で下校をしている途中だった。
「そう言えば、桜っちを預けるとみんな不慮の事故に遭うって言うけどさ、僕らはなぜか何も起こってないよね?」
「そうですね、それだけは望ましいことです」
「もう桜っちの親戚とかいとこっていないの?」
「いえ、一人だけいます。その人にもやっぱり災難は降りかかるんですが、強運と言うのかなんと言うか、今のところは無傷なんです」
「じゃあ、そいつのところに行ったらいいだろう?」
俺が最もなことを言うと、桜木が浮かない顔をした。
何か理由があるらしい。どんな問題だ?金?生活?わからん。
「それは・・・・」
「あれ?もしかして、明日夏じゃないの?」
背後から女の声が聞こえて来た。
その途端、桜木が思い切り顔をしかめた。苦虫を噛み潰した程度じゃない。それの十倍くらいだ。
そこまで女が嫌いなのか?
「あっ、やっぱり明日夏じゃない」
「ああ、玖未子さん・・・・」
桜木がこちらを見る。目で、「この人が強運の親戚、大貝玖未子さんです」と訴えるように見える。
どうしてそ時点で名前を知っているのかと言う疑問を抱くだろうが、そんなどうでもいい質問には答えないからな、どうとでも思ってくれ。
その女は、ドレスに似たような感じの真っ赤な服を着ていて、化粧をしている。歳は、二十代前半ぐらいだ。
服装は派手だが、特にそれほど嫌がる要素はないと思っていたが、次の行動を見て、桜木が嫌な顔をしてこの女のところに行かない意味がわかった。
「やっぱり可愛い!」
その女は、恥ずかしがることもなく桜木をギュッと抱きしめたのだ。
無論、男としては恥だろう。だが桜木は、それに慣れているようで、必死に我慢をしている。
「久しぶりに会ったけど、全然変わってないわね。あっ、まだ眼鏡してる!コンタクトにした方が可愛いって言ってるじゃない!」
「ごめんなさい、玖未子さん。そんなお金がないから・・・・。それよりも、眼鏡を返して下さい!」
明らかに小さい桜木が、自分の上に持ち上げられた眼鏡を必死に取ろうとしている。
見ている限り、桜木には取れそうにない。
「なんか、桜っちがこの人の家に住みたくないって言う気持ち、わかると思う。毎日あれじゃ、気が滅入っちゃうよ」
「ああ。俺だったら寝ている隙に抹殺する」
「ええぇ?抹殺?」
「嘘だ。寝ている間に体中ロープで縛り付ける」
「そっちも可哀想」
「それで玖未子さん、何か用ですか?」
やっと眼鏡を取り戻せた桜木が聞く。玖未子は、ニコニコ笑顔で桜木のことを撫で回している。
「あの・・・・用、ないんですか?」
「ねぇ明日夏、玖未子さんは止めてって言ったでしょ?お姉ちゃんって呼んでって」
「あの、お姉ちゃん、何か用があるんですか?いつも都会で働いているのに」
「ちょっと古里帰り。それに、明日夏はどうしてるかな?と思って。あら?お友達?」
初めて俺達に気づきましたって感じで話しかけて来る玖未子。ずっとここにいたのに気がつかなかったのはおかしい。
「はい、桜木君の友達・・・・だよね?」
「僕はそう思ってますよ。僕と同じ制服を着ている子が、丘本宗介君。隣の人は、伊織修さんです。お姉ちゃん」
玖未子は最初、ジーッと凛を見ていたと思ったら、何の前触れもなく、桜木にした様に抱きついた。それから一言。
「この子も可愛い!!」
「・・・・」
凛は固まってしまった。本当の石のように、後ろに倒れることもなければ前に倒れることもなく、その場で道しるべのように立ち尽くしていた。
そんな凛を放し、今度は俺の方に向かって来た。
とっさにあとずさろうとしても、無理だった。ジーッと顔を見られると、動けなくなってしまう。
玖未子の親は、人をジーッと見ては失礼と言うことをちゃんと教えたのだろうか?
しばらく見られたが、何もせずに歩いて行く。
しかし、ほっとしたのもつかの間。また振り向き、やっぱり前の二人と同様に抱きついて来た。
違うのは、言葉だけ。
「この子、かっこいい!!」
「・・・・」
やっと、凛がどんな心境だったのかが今わかった。
燃え尽きて、真っ白な灰になった気分だ。こんなことをされて動ける桜木は凄い。
きっと、玖未子に何回も抱きつかれて、免疫が出来たんだろうな。
「あっ、そうだ!手伝って欲しいことがあるの。実はね、仕事先が引越しすることになって・・・・。だから、あの力持ちの子に手伝って欲しいの」
「あの子は忙しいみたいですけど・・・・」
「じゃあ、明日夏と、明日夏の友達にお願い出来ないかしら?その間、私達もやらなくちゃいけないことがあるから」
「わかりました」
「現地へは私が車で送るから」
玖未子はそう言い切るなり、走り出して行った。
何だか話がよく読めない。なんで俺達までが桜木の親戚の仕事先の引越しを手伝はなくてはならないのか。親戚よりも程遠いじゃないか、会社と言うのは。
「さっきの話の続きですけど、玖未子さんがああ言う人だから、僕はあの人のところには行きたくないんです。でも、前に一度だけ泊まったことがあります。それは恐ろしい経験でした。もう、二度と味わいたくありません」
「恐ろしい経験ってどんな?」
「まずは、しょっちゅう抱きついて来ます。それから、その時は十三歳だったんですけど、十三歳なのに、やたら子ども扱いするし。寝ている時に、ジーッと見られていたのが一番怖かったです。その時、玖未子さんは優しい微笑みを浮かべていたようですが、僕にとっては悪魔の笑いでした。おかげでその日は一睡も出来ず、尚且つ疲れていたので死にそうでした」
桜木が大げさに話す。
いや、もしかしたら、本当にそんなことになったのかもしれない。俺だったら今頃生きていないだろうな。
「玖未子さんのお仕事って言うのは?」
「玖未子さんは、都会で夜のお店で働いてます」
「それって、キャバクラとか?」
「わかりません」
今までずっと黙って聞いていたが、不意に聞き覚えのない単語が出て来た。
きゃばくら?なんだそれは?
「その、『きゃばくら』とはなんだ?」
「悪いおじさんが入り浸る店」
「いえ、そんな店では・・・・」
「そうか、悪いおっさんがいる店か。そんなところに俺達は行く羽目になるのか?」
「そうだね、僕も言葉くらいしか聞いたことがないから現地に行くのは初めてだよ。まぁ、この世代で行く自体が無理だからね」
凛の言っていることが、あまり理解出来ない。
「それはおっさんが行くところだから子供は入れないのか?」
「ふふっ・・・・」
「笑うんだったら、お前は理由を知ってるのか?」
「あっ・・・・」
俺の問いに、我慢しきれなくなったと言う様子で笑い出した凛が、不意に笑いを止めた。
こいつ、知らずに人をバカにしたのか・・・・。
「とっ、とにかく、そんな話はよしましょう。衛生上、あまりよくありません」
「そんな変なところなのか?」
「青少年にとってはいけません」
桜木の言葉の意味もわからない。
俺達の歳で行ってはいけないと言うのに、これからなんで連れて行かれるんだ?人間界は変なもので溢れかえっている。
「そうか。じゃあ、話題を変える。玖未子が言っていた、『力持ちの子』って誰だ?」
話題が切り替わり、少しホッとした表情を見せる桜木。
きっと、その「きゃばくら」とか言うことをよく知っていて、悪いものだとわかっているからかもしれない。
「凛君は会ったと言うか、スクリーンに映し出されている時に見ましたよね?僕の隣にいた子」
「ああ、あの子?」
「はい、海里って言うんですけど、力持ちなんですよ」
「どれくらい?」
「大きな冷蔵庫を一人で持ち上げられます」
「それだけ?」
「それだけとは?」
「いや、だってさ、今は人間の姿をしてるからそんなには重いものを持てないかもしれないけど、妖怪の姿だったら、二tトラック三台は軽々持ち上げられるよ」
凛の言葉に、桜木の顔面が蒼白になった。
俺達といたら、いつでも殺されるとでも思ったのだろうか?
「まぁ、人間の姿とは言っても元は妖怪だから、軽々とまでは行かないけど、頑張れば乗用車三台くらい持ち上げられるかも」
「じゃあ、僕はいつでも殺せるんですか?」
桜木の言葉に、今度は凛が驚く。
まさか、そんな言葉が出て来るとは思わなかったのだろう。
「まぁ、本気を出せば、簡単につぶすことは出来るよ。でも、桜っちを殺すなんてことはしないよ。なんでそんなことを思ったの?」
「いえ、それを一例にしただけです」
随分と変な例えをするなと思っていると、赤い軽自動車が走って来た。
赤と言っても控えめな赤ではなく、ド派手な赤だ。乗っているこっちが恥ずかしくなりそうだ。
運転席の窓が下り、玖未子の顔が見える。
「乗って!」
「このままですか?」
「もちろん!時間がないからね」
俺達が仕方なく乗ると、一番奥に座っている桜木がシートベルトをするように促して来た。
「警察にバレたって大したことはないだろう?」
「いえ、危険なのは玖未子さんなんです」
「シートベルトをつけてね、思いっ切り飛ばすから」
「つけなかったらどうなるんですか?」
「この窓を突き抜けて、地面に直撃!」
玖未子が、前の大きな窓をコツコツと叩きながら言う。
俺達は、とても危険な奴の車に乗ってしまったらしい。急停止などは心構えをしておいた方がいいだろう。
「全員シートベルトOKね?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、スタート!」
桜木が答えた途端、俺達を乗せた真っ赤な車は、猛スピードで道路を突っ切って行った。