二つの意思
「水斗の様子はどうなんだ?」
「今は、水斗の意識の中に花恋が入ってる状態だ」
指さされた方向を見ると、変な機械の中に目を閉じている篠崎が見えた。
「順調なのか?」
「・・・・わからない。モニターに異常はみられないのに、
画像が乱れて向こう側の状況が把握出来ないんだ。さっきからずっとそうだ。
一度通信が繋がった時、花恋がエンジェルがどうこう言ってたから、もしかしたら
エンジェルが関係しているのかもしれない」
「それっておかしくないか?エンジェルは・・・・」
そこまで言いかけて慌てて口を閉じる。
この場にいるのは事情を知ってる奴だけじゃない。
少なくとも、篠崎の妹は水斗がエンジェルだって知らないだろう。
だからそれを言うことは許されない。
「エンジェルって言われても信じられないと思うけど、お姉ちゃんが言ってたの」
「そうなんだ・・・・。でも、なんでエンジェルがいるのかな?」
「多分瑞人の中でエンジェルは憧れの象徴だから、
意識の中に出て来たのかもしれない」
「・・・・えーっと、話が読めないんだけど・・・・」
篠崎の妹と栞奈がほぼ同時に言うのを聞くと、
聖夜は首を横に振ってから、二人を無理矢理部屋から追い出した。
「まぁ、こっちのことは僕達に任せてくれ」
「えっ!?あっ、あの、私は・・・・」
「助手なら、僕以外に残った三人の中の誰かにやらせるからもういい」
「そっか、わかった・・・・」
強引に二人を部屋に追い出した後、聖夜はため息をつきながら部屋に入って来た。
「これ以上話しを聞かれたり必要以上に詮索をされたら
色々と面倒なことになると思ったから強引に追い出した。
わかったか、源五郎じいちゃん」
「うむ、それは悪いことをした。
しかし、亜稀やこの若者は事情を知っていたんだから、地下に来てもいいはずじゃ?」
「それは、花恋を集中させる為だ。
大勢が見てる中じゃ、緊張してリラックス出来ないと思ったからな。
花恋の状態が落ち着いたら呼びに行くつもりだった」
「・・・・嘘だな」
「嘘じゃない!今は脳波も安定してるし、目を離すことも出来るからな!
とにかく、色々説明しなきゃならないことがある」
「エンジェルのことか?」
「そうだ。僕もまだはっきりとわかった訳じゃないけど、
あれは多分、二重人格に近いものだと思う」
「二重人格??」
「まぁ、なんて言うか・・・・一人の人間の中に、二つの人格があるってことだ。
なぜその結論にたどり着いたというのかと言うと、
もし瑞人自身が意識を取り戻した・・・・花恋を案内することが出来ているのであれば、
もうとっくに目を覚ましているはずだ。
しかし、いくら確かめてみても瑞人は目覚めない。
と言うことは、花恋と一緒にいるのはエンジェルである水斗なんだ。
人格が違うってことだな。
そこまで考えて、ある結論が出て来た。
と言うのも、
瑞人はショックを受けると自ら気絶をするように指示をしていると説明したな?
しかし、そうじゃなくて、瑞人の中のもう一つの人格・・・・
水斗がその信号を出しているかもしれないってことなんだ」
・ ・・・聖夜は一生懸命してくれているが、俺にはあまり意味がわからない。
一つの体に二つの人格があって、その人格が・・・・。
なんだか不思議な話しだなと思いながらも、懸命に聖夜の言葉を考える。
「二重人格や多重人格って言うのは、
普通、お互いが存在していることを認識してないんじゃないか?」
「うーん、そこのところは僕にもさっぱりだ。
僕は、あくまで開発の部門で活躍していたからな。
心理解析は苦手部門だ。ただ、僕の説明したことは7割合っていると思う」
聖夜の言葉に源五郎がうんうんとうなずく。
・ ・・・そう言えば、あいつは瑞人である時と、
怪盗エンジェルである時の新見水斗とでは話し方や態度が違う。
俺はてっきり演技だと思ってたんだが、まさか、本当に人格が違うなんてな・・・・。
ある意味、納得出来る部分があるかもしれない。
「確かに、水斗は昔からそう言うところがあった。
演技をしていると思って素晴らしいと褒めていたが、
まさか、本当に違う人格だったとは・・・・」
「まだはっきりしたことじゃない。
話しに聞く限りじゃ、好物や趣味などは変わらないらしいからな。
ただ、二重人格でないと、今の状況の説明がつかないんだ。
こればっかりは僕も初めてのことだから、対処しきれないんだ・・・・。
瑞人が目覚めたら色々話しを聞こうと思ってる」
「助かりそうか?」
「・・・・難しい質問だけど、精神的には安定して来ている。
だから、このまま行けば水斗は目覚めるかもしれない。
・・・・まぁ、確実とは言えないけどな」
「そうか・・・・」
聖夜の言葉で、ぴりぴりしていた空気が少しだけ和らぐ。
俺は、全部をしっかり理解出来た訳ではないが、
別にわからなくてもいいかと思って考えないことにした。
要は、助かればいいのだ。それだけでもわかれば、少しは気持ちが違うからな。
「そう言うことだから、何かあったらまた呼ぶ。源五郎じいちゃんは上に戻っててくれ」
「・・・・俺は?」
「修はここに残ってくれ。料理出来ないだろ?」
「・・・・まぁ、確かに」
「うん。それじゃあ、源五郎じいちゃんは夕飯の準備をしてくれ。
僕はお腹が空いたからな」
そう言うことか・・・・と、半ば呆れ気味の顔で源五郎は部屋を出て行った。
そう言えば、あれから結構経ったのだが今は何時だろう?
「今、何時だ?」
「うーん、6時とか7時ぐらいじゃないか?大体それぐらいの時間にお腹が空くからな」
「後何分だ?」
「後10分。20分が経ったんだ。
このまま何もなければ、今すぐにでも目覚めそうなんだけどな」
「・・・・そうか」
「まぁ、物事は悪く考えちゃいけない。良いふうに考えれば、運が寄って来るさ」
「そうだな」
なぜかあまりいい予感がしない自分にため息をつくと、近くにあった椅子に座った。