ロボット・・・・?
「篠崎さん!!」
何かから逃げるように凄い勢いで前を走っている篠崎さんに声をかける。
すると、私の声が聞こえたようで、ようやく立ち止まり、ゆっくりとした様子で振り返った。
その目には涙が浮かんでいて、私は一瞬だけ慌てたけれど、篠崎さんは気が動転してるみたいだし、ここで私が慌てちゃったらいけないなと思って、何とか心を落ち着ける。
「あのさ、私、あれから篠崎さん達の後をつけて歩いててさ、今までの会話とかを全部聞いちゃってたんだ・・・・ごめんね」
色々聞きたいこととかがあったけど、まずは謝ることが先かなと思って私が謝ると、篠崎さんは無言で首を振った。その様子に今までの元気はなく、私はとても心配になる。
「そうなんだ・・・・別にいいよ。それより、あれから瑞人はどうなったの?」
「篠崎さんが走って行っちゃった後、有澤君は急に倒れちゃったの。だから、私達・・・・修も一緒にいたんだけど、修が有澤君を家に運んでるから、とりあえず有澤君のことは大丈夫」
私がそう告げると、篠崎さんは、消え入りそうな声で「そう・・・・」とつぶやくと、力が抜けたように倒れて来た為、私はそれを慌てて受け止めると、篠崎さんを支える。
すると、ついに堪え切れなくなったのか、篠崎さんは声を殺しながら泣き始めた。相当ショックを受けているみたいで、私が支えていないと立っていられないほどだ。
「私、怖くなって逃げて来ちゃって・・・・あのまま動かなくなったらどうしようって・・・・」
「えっ、えっとさ、会話は聞いていた・・・・んだけど、最後の方は全然聞こえて無くてさ、だから、よかったら事情を説明してもらえないかな?今直ぐじゃなくても大丈夫なんだけど・・・・」
「・・・・ううん。大丈夫。少し落ち着いたから、今話せる」
「そっか、それじゃあ、お願いできるかな?」
私の言葉に篠崎さんはゆっくりとうなずくと、少しずつ話し始めた。
「私ね、自分の気持ちを伝えたの。自分が嫌いなのかって聞いて来るから、その正反対だって・・・・」
まさか、あの篠崎さんが自分の気持ちを素直に伝えられているなんて・・・・と、その場に似合わないことを考えてしまった自分に首を振りながら、相槌を打つ。
「そうなんだ・・・・」
「うん。でも、その途端瑞人の目から生気が失われて、そのまま動かなくなっちゃったの」
「・・・・どうしてそうなっちゃったんだろうね」
「多分、ショックを受けたんだと思うわ。私が自分のことを好きだって知ってね。よほどショックだったみたい」
「・・・・」
どう言葉をかけていいのかわからなくて、そのまま黙り込んでしまう。私は、自分の気持ちを伝えても失神されちゃうことはないからいいけど、もしそうされちゃった場合、私も凄くショックを受けると思う。ううん、ショックを受けるどころの問題じゃないよ・・・・。
それを聞いて、篠崎さんがこれほどショックを受けている理由がわかった。確かに、自分の気持ちを知って相手が倒れちゃったら、物凄く悲しいもん。
「・・・・あいつね、昔からそう言うところがあったの。物凄くショックなことが起こると、まるで電池の切れた機械みたいに動かなくなって、そのまま倒れちゃうの」
「・・・・それじゃあ、あのまま動かなくなっちゃうかもって言うのは?」
「私もあんまり詳しくは聞かせてもらえなかったんだけどね、もしそうなってしまった場合、ショックから立ち直れないと、そのまま動かなくなっちゃうんだって」
「そっ、それって、死んじゃうの?」
「・・・・死んじゃうって表現より、動かなくなるって表現が正しいみたい」
そんな篠崎さんの言葉に、私は思わず顔をしかめる。確かに、人が死んじゃうってことは、動かなくなるってことと同じだけど、亡くなるって言葉や死ぬって言葉を使う。そして、同じ意味を持つ動かなくなるって言葉を使うのは、生き物じゃない、機械などを指す言葉だ。
「動かなくなるって・・・・それじゃあまるで、ロボットみたいな表現ね」
私はそう自分で言ってしまった後、慌てて口を塞いだ。なんて酷いことを言っているんだろうと思う。自分の無神経さをとても呪った。でも、もう既に遅い。私の言葉は、私の声を通じて篠崎さんに伝わってしまったんだ。
私はゆっくりと篠崎さんの方を向いた。すると、篠崎さんはとてもゆっくりと首を縦に振った。
そしてそのまま、篠崎さんは話さなくなった。それを見て、自分の言葉がいかに無神経で酷いものだったかと痛感させられる。何とか篠崎さんを元気にしてあげたいけど、こんな風に篠崎さんを不安にさせてしまったのは自分の言葉のせいな為、何も言わないほうがいいんじゃないかと思ってしまう。
そのまましばらく沈黙が続く。その間、私はずっと考えていたけれど、やがて、言葉を話すことにした。
「・・・・ごめんね、ありえもしないようなことで不安にさせちゃって・・・・」
「ううん。大丈夫よ。不安になんかなってないから。ちょっと他に考え事をしてたの」
私の為を思って嘘をついてくれてるんだとわかる。そんな篠崎さんの優しさに、私は心がつぶされそうになりながらも、何とかうなずいた。
「ごめんね、栞奈さん。何だか嫌な気持ちにさせちゃったみたいで・・・・」
「ううん!謝るのはこっちの方だよ、本当にごめんね・・・・」
「いいの。気にしないで。それよりも、瑞人の家に行って、呼び戻さなきゃ」
「え??」
「ショックから立ち直ればそのまま動かなくなっちゃうことはない。それなら、立ち直れるように応援するの」
そう言う篠崎さんの顔には、さっきまでの涙や不安の影はなく、いつもどおりの凛とした表情に戻っていた。そんな篠崎さんを私はとても尊敬したくなった。
「そうだね、篠崎さんが応援してくれれば、きっと有澤君は立ち直れるよ!」
「うん。じゃあ、おじいちゃん家に行きましょう」
「あっ、そうだ。待ち合わせしてたのはどうするの?」
「そんなの、一人で待ってればいいわ。し~らない」
そう言って笑う篠崎さんの表情を見て、私はとてもホッとする。その笑みは、作られた笑みのようには見えなかったからだ。
「そうだね、そんな女なんか、し~らない!」
「うん。それじゃ、行きましょ!」
篠崎さんの言葉にうなずくと、私達は有澤君のおじいちゃん家へと走りだした。