休憩タイム ちょっとした優しさ
仕方なく凛を寝かせていると、いつの間にか時計が七時を回っていることがわかった。さっき眠ったばかりだが、そろそろ起こさないとな。
「おい!起きろ」
「・・・・」
「起きろ!」
「・・・・」
耳元で大声で怒鳴っても無視。どうやったら眠っていられるのかと言う程大声で起こしているのに、起きない。
半まで粘ったが、どうしても起きなかったから、諦めて自分の仕度を始める。毎回そうだ。いつも仕度が終わり、出ようとした時に起きる。おかげで、いつも遅刻ギリギリの時間帯に行っていることになる。
今日も、靴を履いて出ようとした時に、やっと起き上がった。
ったく、何てめんどくさい目覚ましだ。
「後五分で八時だぞ」
「ああ、すぐ終わるから」
明らかにふらふらした様子で奥の方に消えて行く。危なっかしいなと思っても、放っておく。そうすると、ガラガラガチャーンと大きな音がする。これで、凛がいつも目覚めるんだ。
「よし、準備完了。ね、五分もかからなかったでしょ?」
「ああ、そうだな」
棒読みで答え、鍵を閉める。そこへ、桜木が出て来た。
「桜っち、グッドタイミング!」
「そうですか?」
「そうそう!」
朝だと言うのに、凄い元気。俺なら、朝からこんなテンションで一日を過ごしたら、一生分の元気を使い果たすだろう。なのに、こいつの元気は無限大だ。底がない。
「あっ、そうだ!今日も昨日の公園に行っていいかな?昨日約束しちゃったからさ」
「だからって、一々俺らがついて行く必要はないと思うぞ」
「いいのさ、そんなの関係ないもん」
「俺は迷惑してるぞ」
「そんなこと言ってさ♪二人はどこかで暇つぶしてていいからさ」
その時、背後から何かが覆いかぶさるようにぶつかって来た。振り向かずとも、においでわかる。会いたくない、勘違いされている女だ。
「離れろ!!」
「いやぁ、だってせっかく会えたんだもの。嬉しいことこの上ないの。あの時一目ぼれしちゃったしさ。今もだけど・・・・」
「だから、俺は違うって!」
「だって、そっくりだもの。それに、バイオリンだって弾けるし」
「あれは俺じゃない」
「嘘つくのはやめてよ」
「うるさい、とにかく離れろ!」
驚異的な力で離れない女を、必死に引き剥がそうとする。しかし、無駄。力が強すぎる。人間とは思えない力だ。
「あの・・・・修さんも嫌がってるんで、やめてあげてください」
「いいのよ、運命ってこんなことなのよ」
「だから、運命なんかないって言ってるだろう!?」
結局、女は学校までべったりくっついて来た。学校までは入って来なかったが、寿命が七年は縮んだ思いだ。
やっと学校が終わった。しかし、俺には更なる悪夢が待っていた。凛達の代わりに、あの女がいる。学校でだって、違う女にベタベタくっつかれて、登下校の時にはこいつにベタベタされて・・・・。全員で俺を殺そうとしているのか?
「一緒に帰ろ!」
「・・・・」
凛に言ったような答えを返さず、無言で走り出す。そして、昨日の公園に一直線に入る。それから振り返る。女の姿は見えない。何とか撒けたようだ。
「ねぇ、大変?」
「はぁ?」
「あの女の子」
「ああ、寿命が七年縮んだ」
俺がそう答えると、凛の顔が曇った。それを見て、何かまずいことを言ったかと思った。しかし、どうも違うようだ。
「あのさ、僕、思い出したんだ。あの女の子のこと。十二歳の最後のコンクール会場で、あの子を助けたんだよ。それから、コンクールで弾く曲を弾いてあげたんだ。その時、僕もやっぱりあの子が好きになっちゃった。一目惚れってわからないよね?亜修羅がしそうにないし」
「おい、それって、バカにしてるのか?」
「いや、違うよ。ただ、絶対にしないだろうなって・・・・」
「バカにするな。俺だって、それぐらい・・・・」
「えっ、あるの!?」
自分で言っていて、慌てて口を塞ぐと、凛に背を向ける。今は、俺の恋愛話よりも、凛のことだ。
「話を戻せ」
「・・・・わかったよ。けどさ、好きになっちゃったんだよね。でも、僕は妖怪だから、人間と結ばれてはいけないことになってる。だから、惜しい思いで、何も言わないまま逃げてきちゃったんだよ」
「・・・・凛も、ちゃんと考えて行動してるんだな」
「何さ!その言い方!!あの時のことで亜修羅に迷惑をかけちゃったからさ、謝ってるのに。何でバカにするのさ?酷いよ!」
「悪い、そんな深い意味で言った訳じゃない」
凛が本気で怒り出したから、慌てて謝る。怒らせたら絶対に厄介だ。
「でもさ、あの子、外国から態々日本に来てるんだよね。その・・・・僕を探すためにさ。しかも、あの子はフランス人なんだけど、フランスの偉い人の娘さんでさ、日本にいることが出来る期間は三日だけなんだ。だから、明日には帰っちゃう」
「それでも俺は、自分は違うって言うぞ。お前の運命の相手じゃないって」
「だって、それじゃあ、余りにも酷だから・・・・。付き合ってあげてよ」
「なぜ?お前は、あの女の詳しいことを知ってるんだろ?」
「それは、前の時に教えてもらったんだよ。もちろん、僕のことは一言も言わなかったけど。だから、お願い!」
「俺は、断固として否定する」
「そんなこと言ったって・・・・」
「自分のことは自分で片付けろ」
懇願して来る凛を無情にも跳ね除けて、凛の傍から離れる。これは、凛のことだ。けじめはきっちり自分でつけなくちゃいけないんだ。
残された凛は、何だかとても辛そうだったが、自分でけじめをつけられるようにならないと、人間界で住んで行けないからな。
「修さん、いいんですか?あんなに跳ね除けちゃって」
「ああ。あれはあいつの問題だ。それの助けぐらいはやってやれる。でも、俺に任すのは簡単だが、自分で対応しきれなくなる。一時悩めば、一人で解決出来るようになる。そっちの方が明らかに賢いだろう」
「そうですね。ここは、頑張ってもらいましょう。凛君に」
桜木も、俺の言葉に納得した。今頑張れば、またこんなことになった時に、自分で考えることが出来るだろう。
明日であの女は帰る。それまでの間、あいつがどう考えるのかは誰にもわからない。