せめてお茶ぐらい・・・・
「あっ、何か蹴っちゃった・・・・」
「ん?どうした?」
「なんか、今蹴っちゃったような・・・・」
「どんな音だった?」
「えっ、えっと・・・・コーンと言うか、カーンと言うか・・・・そんな感じかな?」
「それじゃあ大丈夫か。もし、ワンッとか聞こえたら大変だけどな」
「えっ、えっと・・・・それって、犬ってこと?」
「ああ。犬を飼ってるしな。ただ、あいつは放任主義らしくて、居住スペースからこの倉庫の中を行き来出来るようにしてるから、ここにいる可能性もゼロじゃないんだ」
「・・・・へぇ」
それは、あまりワンちゃんに対していい影響を与えないものなんじゃないかなと思う。だって、もし踏みつけでもして怪我でもしちゃったら・・・・。
そう思ったら、余計気をつけざるおえないなと思って、更に足元に意識を集中し始めた時、急に聖夜君が立ち止まるから、危うく聖夜君の背中に顔をぶつけそうになる。
「えっ、えっと・・・・」
「ドアが見えなかったか?」
「え?・・・・あっ、何となくだけど、ドアらしきものが見えるね」
「ここに入るぞ」
「あっ、うん」
私がうなずくと、聖夜君の顔が少しだけ縦に動いたように感じて、ドアが開かれる。その途端、明るい光が目に差し込んで来て、地下町に来る前までの感覚と似たようなものを感じた。
「アーシャさん、随分不思議なところに住んでるんだね」
「そうだな。僕も最初はたどり着くまでにてこずった。でも、あいつとは話も合うし、会う機会も何度かあったから、ようやく最近覚えて来たんだ」
「そっか・・・・」
「説明しておくと、ここがトイレだ」
「えっ、これって・・・・病院のトイレ?」
「ああ。元々地下のある病院だったんだけど、あいつが地上しか使ってないんだ。地下は自分の居住スペースと、実験施設に使ってる」
「そうなんだ・・・・」
「で、ここが、いつもアーシャがリビング変わりに使ってる部屋。実験や表に出てない時は、ここにいることが多いな」
「そうなんだ・・・・」
「それじゃあ、入るぞ」
聖夜君はそう言うと、勢いよく扉を開けて中に入って行く。でも、私は中に入っていくことが出来なかった。と言うのも、まず一番最初に目に入ったのは沢山山積みになった本や新聞紙で、びっくりしたのだ。ゴミが散らかってないだけマシだけど、こんなに沢山積まれた本の中で、よくくつろげるなぁと思う。こんなに沢山の本が倒れて来たら、つぶれちゃいそうだもん。
そして、次に目に入ったのは・・・・犬?
薄い茶色の毛並みの犬が、寝ているのを見つけたんだ。
しかし、その姿がどこか不自然で、私は思わず首をかしげる。本物の犬のように見えるんだけど、どこか不自然と言うか何て言うか・・・・ぬいぐるみなのかな?って思う。
部屋の中には、沢山の本と、ワンちゃんのぬいぐるみが隅っこに。それから、テレビと木の机があって、沢山のパソコンが置いてあるのが見えた・・・・けど、肝心のアーシャさんが見当たらない。部屋の中自体が結構薄暗いから、影になってるところにいるのかなと思ったんだけど、そう言う訳ではなく、どこにも見あたらなかった。
「どこにもいないね・・・・」
私がそう呟くと、なぜか聖夜君はため息をついた。かと思ったら、突然コンクリートの壁に向かって歩き出したから、何をするのかと思ってワクワクしていると、コンクリートの壁に手を当てた。
そして、そのまま顔をコンクリートの壁につけて、まるで向こう側の音を聞こうとしてるみたいだった。
私は、それを邪魔しないようにしばらくの間は黙っていた。けれど、いつまで経っても聖夜君がコンクリートから離れないから、勇気を出して聞いてみることにした。
「あの・・・・」
私がそう言いかけた時、後ろにあったドアがガラッと開けられて、私は慌てて振り返る。そこには、背の高い黒髪の男の人が立っていた。
それを見た途端、私はなんとも言えない緊張感に体を縛られて、動けなくなってしまった。
そんな私を怪しく思ったのか、今まで動かなかった聖夜君がこっちに向かって歩いて来た。
「ああ、そいつは僕の連れだ。気にしなくていい」
「へぇ・・・・」
その人はそう言ったかと思ったら、なぜか慌てて眼鏡を取り出すと、髪型と白衣の乱れを直して咳払いをした。かと思ったら、さっきよりも少し高い声のトーンで話しかけて来た。
「どうも、初めまして。私は赤槻哉代と言います。聖夜君とはゲーム仲間をしてます」
「アーシャ、別にそいつの前なら素でいいだろ。僕の知り合いだから、事情は色々知ってるし」
「そうなんですか?」
「うん」
聖夜君がそううなずくと、赤槻さんはため息をついて眼鏡を取った。そして、なぜか、さっき直した髪型と白衣の乱れを元に戻すと、再び自己紹介を始めた。声は、さっきよりも低くて、最初に話してた声のトーンだ。
「・・・・まぁ、聖夜から色々聞いとるとは思うんけど、一応自己紹介しとくな。俺は、赤槻哉代。聖夜とは実験仲間で、いつも時間が合えば二人で実験しとるってことやな」
「はっ、はぁ・・・・」
「まぁ、色々知ってるんやったらあんまり話すこともなかろうに」
赤槻さんはそう言うと、さっきとは打って変わってだるそうな動きで私の横をすり抜けると、テレビの前で寝転がった。
私は、色々なことが一気に起きて凄く戸惑っていたけれど、とりあえず、一つだけホッとしたことがある。それは、アーシャさんが男の人だったってこと。女の人だとばっかり思ってたから最初はびっくりしたけど、今ではほっとしてる。
「おい、哉代。人が来たって言うのに、お茶も出さずにぐうたら寝るのか」
「茶欲しかったら、冷蔵庫開ければいいじゃろ。俺より、聖夜の方が近いしな」
「そう言う問題じゃない!」
「いいや。そう言う問題なのだ。いいから聖夜君、冷蔵庫を開けてコーラを持って来たまえ。俺の分も」
「さりげなく自分の分を要求するな!」
そう聖夜君は怒るけれど、渋々と言った様子で小さな冷蔵庫を開けて、赤槻さんにコーラを渡す。その様子を見て、私はとても不思議に思った。だって、あの聖夜君が、赤槻さんの言うことを聞いてコーラを渡したんだもん。
「どうした、篠崎?」
「えっ、えっと・・・・いいのかな?」
「いいと思うぞ。多分」
「そっ、そっか・・・・」
聖夜君の返事に少しだけホッとすると、靴を脱いで、私も畳みの上に座る。
「で、今日は何の用やったっけ?」
「お前、そんなに自己紹介してないけど大丈夫なのか?」
「うーん、別に、そんなに自己紹介する必要もなかろうに」
「でも、篠崎は随分お前に興味を持ってたぞ?」
「なんで?」
「・・・・なんでだ?」
二人に問われて、私はとりあえず苦笑いを返しておく。まさか、アーシャさんが女の人だから情報を聞いてたとかなんて言えないし、かと言って無言で動かないことも出来なくて、苦笑いを浮かべたって訳だ。
「まぁ・・・・いいじゃろ。何か聞きたいことがあるんか?」
「えっ、えっと・・・・凄く。沢山」
「しょうがないなぁ~じゃあ、ちゃんと聞くから、もう一杯コーラ」
そう言ってコップを突き出され、私は苦笑いを浮かべながら、そのコップを受け取った。