変わり者の妖怪
俺は、妖狐の姿に戻ると、間髪入れずに妖怪を真っ二つに切り裂いた。
「ぬぁ・・・・」
「だから言ったはずだ。おしゃべりが過ぎると痛い目に合うってな」
「なぜだ・・・・。知り合いだったはずじゃ・・・・」
「お前のような下級妖怪の知り合いなぞ、俺は知らん」
「しかし・・・・」
妖怪は、全てを言い終わる前に、息絶えて行った。
「いっ、伊織く・・・・?」
話そうとする女に、瞬時に睡眠粉を降りかけた。睡眠粉で眠った女をそのまま抱えると、においを頼りに家まで連れて行った。途中、分量を間違えて起きて来るんじゃないかと冷や冷やしたが、その心配は無用だったらしい。
女は、俺の妖狐姿を完全に見た。これを、あの女がどう思うかで変わって来る。今まで自分は眠っていたので、夢じゃないかと見るか。それとも、これは現実だと思うか。どっちにしろ、あいつは俺とは関係ない。近寄らせないのがあいつのためになるだろう。
せっかく妖狐の姿になったので、今日はもう何でも屋の仕事を始めることにした。別に夜じゃなくちゃいけない理由なんて一つもない。ただ、夜の方が妖狐の姿になる時に、昼間よりは負担がかかりにくいと言うことだけで。
一端家に帰り、押入れから依頼内容の書かれた紙束を引きずり出すと、何を実行するかを決めないで、そのまま抱えて窓から外に出た。
依頼を見ながら実行するものを決めていけばいい。報酬は後でもらえばいいのだ。
抱えている紙束の一番上の依頼内容に目を通し、これは実行すると決めて、早速現場に向かった。
「えーっ、嘘だぁ」
「本当だよ。昨日、私の目の前で、伊織君が変身したんだよ!」
「どんな物に?まさか、妖怪とか言わないよね?」
隣で盛り上がっている話を、本を読みながら聞き耳を立て る。やはり、あの女は俺が現実で妖狐になったとわかっているらしい。やはり、これくらいでは思考を混乱させることは出来なかったか。
俺の思っている思考の混乱と言うのは、現実ではあり得ないようなことが起きた。しかし、起きてみるとさっきまで道路にいたのに、家に帰って来ている。そうすると、夢か現実かわからなくなる。その方法を使ってみたものの、ダメだったらしい。
「うーん、何か、よくわからなかったけどね。だいたい覚えているのは・・・・亜修羅って呼ばれてて、頭に小麦色の獣耳があって、髪の毛が金髪っぽい綺麗な色でね、瞳が銀色。白装束を着てて、足ははだしだった」
俺はその話を聞いて、組んでいた足のバランスを崩し、つんのめりそうになった。女が言ったことは、全てが本当である。「どこがだいたいだ!」と言ってやりたいのを我慢して、本に目を戻す。しかし、意識はもう、そちらの方に向かっていた。
それにしても、瞳の色なんていつ見たんだ・・・・。なんだか、ジッと見られていたようで、気分を害されたんだが・・・・。
「友美。それ、絶対夢だから!いくら伊織君が、ミスターミステリアスだとしても、そんな、実は妖狐でした!何て落ちはないと思うよ」
「妖狐って・・・・何?」
「その名前の通り、妖怪の狐。その獣耳からすると、多分妖狐だと思うよ」
「奈緒美ちゃんは、どうしてそんなことに詳しいの?」
「そう言うのに興味があってね。それより友美。伊織君に興味があるのはわかるけど、あんまり変な夢を見ないであげてね。伊織君がかわいそうだよ」
「そっか。夢・・・・だったのかな?」
「あったりまえじゃん!」
「そうだね、現実離れし過ぎてるもんね」
女の友達の力を借り、女は昨日の出来事を夢として片付けた。よし、何とか一安心だ。
やっと心が少し安らかになり、本に集中することが出来た。元から読書は好きなのだが、本は顔を隠すことが出来るから、聞き耳を立てる時に役に立つので使っている。
そうして、学校は何事もなく終わった。女は、昨日のことをすっかり夢だと思い込んで、矛盾している点があるにも関わらず、納得していた。
それから帰り道。一人で通学路を通り、アパートに向かっている途中だった。
前を歩いている男から、妙な気を感じるのに気がついた。普通の人間の場合は、気を感じられる奴はあまりいない。しかし、こいつの気は人間離れし過ぎている。きっと、こいつも妖怪なのか・・・・。
「そう、君と同じ妖怪」
そいつは、俺の気持ちがわかったのか、クルリと振り向いた。身構えるけれど、相手から殺気を感じない。俺とやり合うつもりはないのか?
「誰だ、お前は」
「僕は、犬神の凛。こっちの名では、丘本宗介」
「俺は・・・・」
「ああ、亜修羅のことは知ってるよ。こっちでの名前も。伊織修でしょ?」
「なぜ、俺の名を知っている?」
「それは・・・・。あのさ、僕も、何でも屋でアルバイトしていい?お金が足りなくて・・・・。それに、亜修羅の仕事ぶりを生で見てみたいし」
そいつの申し出は、俺の発想を遥かに超えたことだったから、しばらくの間、あまり言葉の意味がわからなかったけれど、やっとわかった時には、なぜこいつが俺のところに来ることになるんだと思う。
「断る。お前の力がわからない以上、信頼することも出来ない。それに、お前のことをよく知らない。いつ裏切られて金を盗まれるか知ったことじゃないからな」
「じゃあ、これから一週間。僕は亜修羅の家に泊まるから、その時の態度とか、夜に強さを見せることにする。それで、無理だったら諦めるよ」
「待て。なぜ、俺の家にお前を入れなくちゃならない?それじゃあ、アルバイトよりも危険じゃないか」
「だって、僕の家、さっき全焼しちゃったんだもん」
「・・・・なぜ?」
「家事をしてたら、火事になっちゃって。あっ、これ駄洒落じゃないよ?」
「わかってる!しかし、なぜ俺が」
「だって、強そうだし、何でも屋やってるし、一番僕の知り合いの中で頼りになるかなって思ったから」
「俺とお前は今日会ったばかりだぞ」
「それでも、知り合いでしょ?」
「はぁ~。じゃあ、その一週間でお前の力を見るから、その一週間、気を引き締めろよ」
俺は、口じゃこいつには勝てないと思い、仕方なしにこいつをアパートに泊めることを許可してしまった。これから起きる大惨事のことなど知らずに、軽い気持ちで・・・・。