休憩タイム 勝負の結果は・・・・
俺らがコートに入って行くと、今まであまり歓声があがらなかった校舎の見学者から、歓声が上がった。
きっと、凛達に向けられたものだろう。凛は、それに応じるように親指を立てて、歓声に答える。
「では、ジャンプボールから始めます。ちなみに、ボールを取った側は、ジャンプボールをした人には、約五秒の間当ててはいけません。では、はじめ!」
審判を務める教師が笛を吹き、ボールを宙に飛ばす。最初にボールに触れたのは、三年生側だった。ボールはそのまま、三年生側に落ちる。
そのボールを拾ったのは最悪なことに、凛だった。真っ先に俺を狙って来るかと思ったが、そうではなかった。かなり速いスピードのボールで、まずは一人を外野送りにした。
そのボールを拾ったのは、クラスが別の奴だ。そいつのボールは速いが、凛に楽々避けられ、後ろのめがねに命中。と言っても、桜木とは違う奴のことだ。
今のところ、両陣とも外野に四人。内野に三十二人と言う人数だ。まだ勝負はわからないが、これからドンドン決まって行くだろう。
校舎にいる生徒から歓声が上がる。またもや、凛が同時に二人の人間を外野送りにしたのだ。そして、こっちの投げたボールは外れた。そのまま、ボールは外野の方へ行き、外野の奴らが投げる。しかし、そのボールは外れ、またもや凛の手に納まる。
そのような悪循環が続き、圧倒的な差でこちらがピンチとなった。どれくらい圧倒的かと言うと、こっちが俺を除いて後五人。向こうは、未だ二十七人もいる。これは、絶対に負けたと思う。
しかし、勝負は賭けと同じで、いつ逆転するかわからない。だから、諦めるな。そろそろ俺も避ける担当じゃなくて、当てて行こうと思う。
そんなことを思って気を抜いた直後を、凛に狙い撃ちにされた。無残にも当てられ、俺はもれなく外野に送られた。
そんな俺を、他の奴らは自分のことを棚に上げ、ブツブツ文句を言っている。凛の方を見ると、笑われた。
そこで、キレた。自分達は下手なくせに、人が当ったら文句を言う奴らにも、凛にも、無性に腹が立った。
こうなったら、絶対に勝ってやる。今まで、あまり起こらなかった闘争本能が爆発した。
しかし、爆発はしても、中々ボールを取ることが出来ない。みんな、自分が内野に行きたいが為に必死だ。多少、高一ぐらいになったらドッジボールなんてバカらしいと思う奴はいるだろうと思っていたが、それは、俺ぐらいしかいないらしい。みんながみんな、必死にやっている。
「伊織、何をしている!さっさと三年生を当てて、内野に入らんか!!」
一人の教師がそう怒鳴る。もう、我慢出来ない。なぜ、俺ばかりこんな思いをしなくてはならない?
どれもこれも、あいつのせいだ・・・・。
ボールが外野に飛んで来た。しかし、取れなかった。
「ボールを貸せ」
「でも、俺が・・・・」
「いいから」
押さえきれなくなった怒りを感じてか、そいつは素直にボールを渡した。それから、急いで傍を離れる。
俺は、取りあえず適当に弱そうなやつを狙い、見事命中した。これで、内野に入ることが出来る。それからだ。本当の勝負は。
しかし、人数は減るばかりで、内野には残り二人だけとなった。しかも、残りの奴は投げることも出来ないし、避けるのが何とかと言う運動神経がなさ過ぎの奴だった。でも、まだ一人よりはマシだ。
三年生側の内野の人数も、かなり減って来て、七人になった。その中に、やはり奴らは残っている。投げるボールを避けて、後ろにいる奴らに当たると言うことだった。
校舎からの応援が一層うるさくなる。それが、無性にムカついて、うるさかった。しかし、気にすることはない。あいつらさえ倒せば終わる。
残りの五人は(桜木と凛を抜いた人数)、結構手ごわかったが、何とか当てることが出来た。
そして内野には、残り二人ずつ残ることになった。
「おい、お前は避けるのに集中しとけよ。投げるのは俺がやるから」
「ああ、わかった」
名前さえ知らない奴に話しかけるなんて、滅多にないことだ。しかし、今は勝つことしか頭にない。凛達に負けたら、一生言われ続けることになるだろう。
今、ボールは一年生側の外野にある。そのボールは、二人に避けられ、こちらに飛んで来た。それを取って、すぐに投げ返す。凛はひょいっと避けるし、桜木はギリギリのところで避ける。やっぱり、尋常じゃないよな、あいつら。
今度は、凛が投げて来る。今のところ、桜木が投げてくるのを見たことがない。ほとんど凛に取られているんだろうな。
ボールをすれすれのところで何とか避ける。もう一人の奴も、何とか、本当にギリギリのところで避けた。
そんな、どちらも引かない攻防が続く。(いや、攻避けか)観戦している生徒も、外野にいる奴らも、校長もいい加減飽きたのか、ブーイングを始めた。
こいつら、妖怪だったら無事じゃ済まさない。全治三ヶ月ぐらいの傷は最低でも負わせてやる。
そのブーイングに耐えかねた校長が、試合をやめさせた。最終的にはじゃんけん勝負になり、(これは、校長同士がやった)三年生側の校長が勝った。これじゃあ、今まで頑張った俺らのことはどうなるのか・・・・。
熱が冷め、やっと冷静になった俺は、そうは思うけど、あまり怒りは感じなかった。ドッジボールぐらいで燃えていた自分がバカらしく思えるんだ。
それから、校長の話があり、やっと学校に戻ることが出来た。
しかし、いつの間に残りの二時間を使い切っていて、学校に帰ったら、すぐに帰り仕度が始まった。
担任が、今日のドッジボールのことや、明日のことなどを手短に話した後に帰る事になった。と言っても、掃除を終えてからだが。
今週の掃除当番は体育館で、廊下の突き当たりにある体育館まで行かなくてはならない。先週は教室だったから、移動をすることはなかったのだが、今週から変わった。めんどくさい。
体育館の中では、すでにバスケ部が練習を始めている。と言うことは、裏のところを掃除するだけでいいらしい。先に来ていた奴らがほうきで短い廊下を掃いている。
いつもうるさく付きまとって来る女がいない。きっと、ゴミを捨てに行っているんだろう。その間に、自分の係の場所を掃除して行こう。
俺の係の場所は、男子更衣室。たまに人がいるから、ノックして入れと体育の教師に言われているが、見られてまずいものではないと思うので、ノックなしに入って行く。
今日は珍しく人がいたが、一礼をすると、さっさと掃除をして出て行く。
掃除と言っても、ゴミが落ちていたら拾い、トイレットペーパーを確認するだけの大した作業がないものだ。
男子更衣室から出て、廊下に出た時、ゴミ捨てから帰って来たあいつとはちあわせした。
まずいと思い、急いで鞄をつかむと、足早に体育館を出て、靴をなんとか履き替えてから校門を出る。
あの女とは席が近いから、同じ班だ。と言うことは、「同じ班」=「毎回同じところの掃除をする」と言うことだ。だから、掃除が終わると、すぐに一緒に帰ろうと話しかけて来る。だから、いつも何とか撒いて来ているのだ。
校門を出たところで、今さっきまで一緒にいた二人が待っていた。学校の帰りは、いつもこいつらが迎えに来るから、いつも一緒に帰って来る。
「一緒に帰ろ!」
「ここまで来たら、家まで道が一緒なんだから、帰るしかないだろう」
「そうだね」
こいつ、絶対それを見越してるなと毎回思うのだが、一緒に帰って来る。一人で帰る方がいいが、ここまでされて断る気力は、今の俺にはない。
「今日のドッジボール、最終的に校長先生のじゃんけんで勝負が決まっちゃったね」
「ああ、あれは最悪だ。校長に付き合わされた挙句、校長のじゃんけんのせいで負けた俺らの気持ちを考えてみろ」
「いや、僕らに言われてもさ・・・・」
偶々公園の前を通った時、バイオリンの音が聞こえて来た。子供が弾いているようで、かなりたどたどしい。
「ねぇ、ちょっと公園に寄ってもいいかな?」
「ああ、勝手にしろ」
そう言って、その場にとどまろうとした俺を、凛が、「何してるの?」と言いたげな顔で引っ張って行く。どっち道、俺は連れて行かされるらしい。
嫌々ついて行くと、公園のベンチに、十歳ぐらいの子供がバイオリンを持って座っていた。その顔には、絶望の色が浮かんでいるのが伺える。
「上手く弾けないの?」
「うん、どうしても弾けないの。お兄ちゃん、弾ける?」
「うん、まぁね。大して上手くはないけどさ」
凛はそう言いながら、子供からバイオリンを受け取ると、弾き始めた。
意外だった。凛がバイオリンを弾けるなんて。しかも、上手い。バイオリンの先生になれるんじゃないかと言うぐらいだ。
凛が弾き終わると、いつの間に集まったのかわからないが、人だかりが出来ていた。その人達が大きな拍手をする。凛はと言うと、恥ずかしそうにお辞儀をしてから、男の子にバイオリンを返した。
「お兄ちゃん凄い!」
「ありがとう。でも、大したことないよ」
「あのさ、僕、毎日ここに来るからさ、もしよかったら教えて!」
「うん。わかった」
凛は、勝手に約束をすると、公園を出た。
・・・・何だか、本当に意外だった。これしか言葉がない。
「なぁ、バイオリンってどれくらいやってたんだ?」
「八歳から十二歳までやってたよ」
「すっ、凄いですね!?普通、四年であそこまで弾けますか?」
「わからない。でも、凄いって言われた。神童だって言われたけど、あんまり自覚はなかったな」
「どこかコンクールとか出たこととかありますか?」
「うん。全国の十歳の部で優勝はしたことはあるよ。それ以外の歳は、準優勝しか取れなかったんだけどね」
「でも確か、お前って両親がいないことになってなかったか?」
「それは、十三歳からね。それまではいたんだよ」
「それよりも、全国ですか!全国で優勝は凄いです!神童ですよ、凛さん!!」
興奮する桜木とは裏腹に、凛は、普通に当たり前のように言っている。
こいつはもしかしたら、本当に神童なのかもな・・・・と、横で普通に歩いている凛を見て思った。