魔界の国宝 冥道編 世界中の幸せ
草木のにおいが一面に広がっている。そして、土のにおいもした。きっと、草原みたいなところなんだろうなと思った。でも、目は硬く閉じたまま、開かない。きっと、怖いんだ。
だけど、嫌がる心を無視して、目をこじ開けた。一番最初に見たのは、大きな木。それから芝生。
でも、それ以外は何も見えなかった。辺り一面に、同じような木が植えてあって、囲いを作るように立っていた。
木のことはあまりよく知らないけど、多分、においからして桜だと思う。辺り一面に桜の木が立っているんだ。
まるで、桜公園みたいだ。地球以外にもこんなところがあるんだな・・・・。
僕は、大きく深呼吸をした。僕以外に、誰もいないような静けさがずっと続いている。
そこに、沈黙を破る誰かの声が聞こえた。
「ぼけっとつっ立ってるなよ」
「その言い方は・・・・・」
僕は、ビクッと体が反応するのを感じた。いないはずの人の声が聞こえる。これは、きっと空耳だ。それか、似たような声の人が会話をしてるんだ。
僕は、ぎこちない動きで、後ろを振り向かずに歩き出した。また、さっきの声が聞こえる。
「無視すんな!」
「待ってください」
声と同時に、芝生を踏んで、こっちに歩いて来る足音が聞こえる。
僕は、まだ、昔のことを引きずっている自分を振り払おうと、頭を振って走り出した。涙が出て来るけど、無視。
後ろから追いかけて来る声も聞こえるけど、無視。全部僕が作り出したことだ。早く諦めろ、僕。思い出したって仕方ないじゃないか。
その時、腕をつかまれた。そのまま、僕は、その人達に引き止められた。後ろを振り向かない。と言うか、振り向けない。これ以上、自分の頭の中の映像に惑わされてはいけない。これも幻だ。つかまれているのは、きっと誰か違う生き物につかまれているんだ。
そう思っていた。でも、やっぱり振り向きたくなって、振り向いた。そこには、二人がいた。でも、これは本物じゃない。だって・・・・。
僕が困惑している時、肩をトントンと叩かれた。今度は即座に振り返る。そこには、冥道の底に落ちていた時に質問をして来た、魔光霊命様がいた。
「犬神、貴方の気持ちがわかったの。だから、私も全面的に協力しようと思ってね」
「・・・・わかりません。ここはどこですか?あの二人は誰ですか?」
「ここは地球。そして、二人は貴方の大切な人。貴方が頑張っている間、私も頑張っちゃった♪信じられないなら、見てみる?」
魔光霊命様が指を鳴らすと、スクリーンが出た。そこには、色んな人が映っていた。白人の人もいれば、黒人の人も。僕らと同じ黄色人種の人もいる。世界各国の人が、かなりの大騒ぎを起こしていた。と言っても、喜びの大騒ぎだ。
「貴方が頑張ってるから、私は、この事件で人が死んでしまわないように人を助けようと頑張ったの。それで、人は全員無事。一人も怪我をしないで済んだし、もちろん、地球も何とかなったわ」
「じゃあ、誰も死ぬことがないまま終わったんですか?」
「そうよ」
「じゃあ、二人も・・・・」
「本物よ」
僕は、そう言われてグルンと後ろを振り返った。そこには、今までと全く変わらない二人がいる。本物。本当に全く変わっていない二人がいる。
「ったく、人が面倒なのを堪えて迎えに来てやったのに、何で逃げるんだ?」
「修さん、本当のことを言ったらどうですか?僕が助けに行った時に、ここに迎えに行こうと、僕より早く言ったのは修さんじゃないですか」
「バカ!言うな!アホ!」
僕は、無言で二人のやり取りを見ていた。本物の二人だ。何の代わりもない、いつも通りの二人。
「ただいま」
僕がそう言うと、二人は言い合いをやめて笑う。
「お帰り」
僕は、二人に駆け寄った。二人も、僕の方に近づいて来る。
僕は、目の前にいる二人を見て、心から安心した。よかったと言う気持ちがこみ上げて来て、泣きそうになる。
「お前、泣くなよ」
「だって、二人が生きてたって思うと、嬉しかったんだもん!」
「僕も、凛君が無事に帰って来てくれて嬉しいです」
「ありがとう!」
僕は、泣きじゃくりながら、二人に何度もお礼を言った。
僕は、弱くて臆病で仲間に頼るようなことしか出来ない。でも、僕にだって出来ることはあるはずだ。
今の僕に出来ること・・・・。それは、二人に精一杯お礼を言うこと。
僕のわがままに答えてくれた二人に、「生きててくれて、ありがとう」って。