何でも出来る訳ではありません
「ここだ」
「ここって・・・・美術館?」
「ああ。CMでやってて、一度来て見たいと思ってたんだ」
「へっ、へぇ・・・・」
「嫌いか?こう言うの」
「うっ、ううん!」
私は、何とか苦笑いで首を振るけれど、内心凄く動揺していた。美術館は嫌いじゃない。かと言って、好きでもない。なぜなら、一度も来たことがないから、嫌いか好きなのかもわからないんだ。
でもね、一つ言えるのは、苦手だってことだ。美術館みたいに、何かの絵や作品を鑑賞すると言うのは、どうも私の性に合わないみたいで、自然と避けていたのだ。
だから、亜修羅が美術館に私を連れて来た時はびっくりしちゃったけど、亜修羅はこう言うの好きそうだから、付き合うことにする。
「亜修羅、そう言うの好きだったんだね」
「まあな。描くのは嫌いだが、見るのは好きだ」
「そう言えば、亜修羅、昔から芸術的なことは苦手だもんね」
「・・・・ああ。一生懸命やっていても、想像を下回る出来なんだ。全く、どう言うことなんだ。これは・・・・」
そうぶつぶつ言う亜修羅は、本気で困っているようで、私は助けてあげたくなった。でも、亜修羅の絵の下手さは尋常じゃないんだ。私もそこまで絵が上手い方ではないんだけど、いや、私もかなり下手なんだけど、そんな私でもマシかな?って思えるぐらいなんだもん。
「おい、変なことを言うな」
「あっ、ごめん」
「言っておくが、俺は、ふざけて描いたり作ったりしたことは一度もない。ただ、なぜか、想像と仕上がりが違うんだ」
「うっ、うん・・・・」
亜修羅の言葉に苦笑いでうなずく。確かに、これは当たっている。例えば、紙粘土で置物を作るとする時、まずは、どんな風にするのかって言うイメージを描くと思うんだけど、その時の絵は、とても上手なんだ。とても、絵が下手な人とは思えないぐらい。それなのに、いざ、作って出来上がると、得たいの知れないものに変身してるんだ。ある意味、素晴らしい才能かもしれない。
「絵だってそうだ。想像して描くのはまぁ、普通に描けるのだが、模写と言うのが苦手なんだ。教師にも、普通は逆だと思うって言われた」
「そっ、そうだよね、普通は逆だと思うよ」
そう。そうなんだよね、そこが一番面白いところ。亜修羅は、想像して描くのは上手いんだ。物凄く。先生が描いたお手本なんじゃないかって思えるほど。だけど、模写だと、同じ人が描いたとは思えないぐらい下手になる。本当に面白いよ、この差。
「だから、言っただろ?俺は、絵を描くのが完全に苦手な訳じゃない。模写が苦手なだけで、想像して描くのなら、普通に描ける」
「うん、そうだね。あっ、ほらほら、美術館の中に入らなくていいの?」
私は、少し不機嫌気味になってしまった亜修羅の気を逸らすように言うと、美術館の方に歩いて行く。
「お前が、俺の絵がどうのこうのって言うからだろうが・・・・。まぁいい。今入場券買って来るから、そこで待ってろ」
「うん!」
最初はちょっと不機嫌そうだったけど、入場券を買いに行った時には既に機嫌が直っていて、よかったと思う。・・・・多分、亜修羅が不機嫌になるのは、模写が物凄く苦手だって、自分で自覚してるからだろうな・・・・。
あっ、ちなみに言うとね、亜修羅、昔は逆だったんだよね。模写が得意で、想像して描くのが苦手。それなのに、大きくなるに連れて、今度は模写が苦手で、想像して描くのが得意になっちゃったんだ。
私は、昔から全然変わらないから、何だか不思議に思える。あっ、でも、昔から作るのは苦手だった気がする。ちゃんと、作りたいもののイメージが出来てるのに、完成すると、全く違うものが出来ちゃうって言うのは、昔から変わってないんだ。
「おい、それ以上俺の恥を晒すな。行くぞ」
「あっ、聞こえてた?」
「聞こえない。でも、何となくわかった」
そう言われて、私は、改めて、亜修羅の勘のよさに驚く。昔から勘が物凄く鋭かったんだ。頭脳種族の人は、他の種族に比べて勘が鋭かったりするんだけど、他の人と比べ物にならないぐらい鋭い。私も同じ種族なのに、まるで別種族みたいだもん。それだけ、亜修羅の勘のよさはずば抜けてるんだよね。
私はそんなことを思いながら、亜修羅が先に入って行ってしまった美術館の中に入る。中に入った途端、何だか不思議なにおいがした。多分、古い絵とかを飾ってあるから、そのにおいなんだろう。古い本を開いた時のにおいと一緒だから。
「古い本のにおいがするね」
「そうだな」
「普通、こう言うにおいって消しておくべきなんじゃないの?」
「さあな。俺は、他の美術館に行ったことがないから知らん」
「そうなの?」
「ああ。前々から行きたいと思っていたが、中々機会がなくて、行かなかったんだ」
「そうなんだ~」
ちょっと意外に思いながらも、亜修羅の後をついて行く。だって、見たいと思うものって、ないんだもん。絵を見ればいいんだろうけど、その絵はどれも同じように見えて、自分の芸術センスのなさに泣けて来る。
でも、そう言うのなら、亜修羅はどうなんだろうって思う。作ったりするのは苦手だけど、こう言う絵とかはわかる人なのかもしれない。って言うことは、芸術センスはある・・・・のかな?
私は、気づかれないようにチラチラと亜修羅の方を見る。目の前にある絵を見ているふりをして、亜修羅の方を見る。その表情は真剣で、何かを考えてるみたいだった。
何だか話しかけずらい雰囲気を感じて、私は口を開くのをやめたけど、内心、何を考えているのか物凄く知りたかった。だって、私には、亜修羅が考えてること、大体想像つくんだもん。
「ん?どうした、俺の顔じっと見て」
「えっ、あっ、えっと・・・・ううん」
「ここは美術館だぞ。俺じゃなくて、展示物を見ろよ」
「そっ、そうだよね」
私は苦笑いを浮かべながら亜修羅から目を逸らしたけど、何だか周りが気になる。だって、私達みたいな未成年は一人もいないんだもん。みんな、ある程度年のいった人達で、しかも、結構上品な人ばっかり。
・・・・結構上品って言い方はおかしいけど、なんていうか、その・・・・この世界で言うセレブって言う人達が多いんだ。
だから、私は、自然と心細く感じる。未成年は入っちゃいけないって言われてないから、入ってもいいんだろうけど、私達以外はみんな成人した人達だから、何だか、自分達が悪いことをしてるみたいで、嫌な気分になってくるんだ。
でも、亜修羅は真剣に絵を見ていて話しかけられる様子じゃない。だから私は、一人ソワソワしながら、周りを伺っていた。
「ソワソワしてどうしたんだよ?」
「えっ、えーっと・・・・」
どう答えようかと迷う。居心地が悪いって言ったら亜修羅に気を使わせちゃうだろうし、かと言って、これ以上美術館にもいたくない。でも、亜修羅は楽しそうだから、それも邪魔したくないし・・・・。かと言って、私だけ美術館から出るのも嫌だった。それじゃあ、デートじゃなくなっちゃうからだ。
「なんでもない!」
「そうか。ならいい。それじゃあ、出るか」
「えっ!?入ったばっかりなのに、いいの?」
「ああ。俺が見たかった絵は、さっきのだけだ」
「他にも色々あるのに?」
「ああ。それに、あんまり居心地がいい場所じゃないってわかったからな」
亜修羅のその言葉を聞いて、私はホッとした。平気な様子で絵を見てたけど、実は、凄く居心地が悪いことを感じてたらしい。
「亜修羅がいいなら、私はいいよ」
「そうか。じゃあ、出るか」
「うん」
私はホッとした気持ちになりながら外に出た。