魔界の国宝 冥道編 仲間の声
「これから決戦が始まるよ。僕と冥道霊閃の根性、どっちが強いか勝負しようよ」
独り言のようにつぶやき、顔の前の腕を下ろした。当然、もろに冥道霊閃の妖気を浴び、吹き飛びそうになる。でも、吹き飛ばない。ボンドでくっつけたみたいに身じろぎすらしない。
それに、冥道霊閃の妖気は、確かにもの凄く強大なものだ。でも、前のような恐怖は感じられなかった。それよりも、俄然勇気が湧いて来る。
もう、器から零れ落ちているくらいなのに、止まる気配すら見せない。だから、あんなことを言えたんだ。
【根性?ふざけたことを言うな。もう私のことを止められる者は誰一人いない。それなのに、根性の話をするとは。自分の妖力と、私の妖力、どちらが高いかわかっているのか?】
不意に聞こえた声。天華乱爪の声とは違うなと思って、直ぐに冥道霊閃の声だとわかった。
「なんだ、聞こえてたんだ。じゃあいいや。当然、あんたの方が妖力は高い。でも、こっちは根性と言うよりも、粘り強いんだよ。だから、どっちが貫き通せるかって話」
【ふん、バカバカしい。私は勝手に妖力を吸い出されていい迷惑だ】
その言葉には一瞬驚いた。最初は、冥道霊閃を奪った奴がやったのかと思っていた。だけど、そうではない。と言うことは、冥道霊閃本人がやったとしか考えられなかったんだ。
「じゃあ、僕が助けてあげる」
【無理を言うな。貴様などが私に触れようものなら、手が爛れるぞ。そんなことで済むかどうかもわからない】
「手が爛れようが吹き飛ぼうが、止めなくちゃいけないんだよ。僕はさ、そう言って来ちゃったし、人間界を助ける為にはそれしか方法がないんだから、僕には選択肢なんかないんだ。あんたを助けるのは、そのついでってこと」
【やってみるがいい。貴様が私を抜けるほどの妖力を持っていれば、抜くことが出来るはずだ】
僕の言葉に、少し気分を害された冥道霊閃は、それきり黙ってしまった。でも、僕にとってはそっちの方が好都合だ。ベラベラしゃべられるよりも、黙っていられた方が集中出来る。
少しずつ、にじり寄るように冥道霊閃に近づく。足を床から一ミリでも離したら最後。きっと、一番初めの門のところまで吹き飛ばされるだろう。
近づく程に、冥道霊閃の妖力の強さが増して行く。それと同じく、僕の中に溢れて来る勇気も増して行く。
勇気があると、なぜだか、体が勝手に行動してくれる。気持ちでは恐怖を感じるけど、体が進んでくれるから、どうにかしなくちゃという気持ちに切り替えられる。
残り一メートルぐらいになった。きっと、さっきまでなら吹き飛ばされて、とっくにズタズタになってたと思う。でも、今はあの時と覚悟が違う。これぐらいで吹き飛んでいたら、冥道霊閃に触ることは決して無理。
【貴様、本気で私に触るつもりか?腕が吹き飛ぶかも知れぬぞ】
「だから言ったでしょ?僕には抜くしか選択肢がないんだよ。決してあんたの為じゃないから。ただ、僕が人間界を救いたいと思っただけだから」
【私を抜いたところで、人間界が元通りになることはないんだぞ】
「・・・・」
僕は、そこで歩みを止めた。何だか、勘違いをしていたような気がする。
冥道霊閃を抜けば、人間界は助かる。そう思いこんでいた。でも、違う。本当は、被害を食い止めるだけで、被害がなくなる訳ではない。なのに、いつの間にか視点を間違えていたようだ。だけど、これ以上被害を出してはいけない。
再び、ゆっくりと歩みを進める。無言のまま。
また何か言ったら、僕の決意をとんかちで叩き割りそうで、怖かったんだ。
ついに、冥道霊閃の目の前に立った。ここは、思った以上に凄い妖気の塊が充満していて、僕にとっては毒ガスがあるところと同じだった。それなのに、大きく深呼吸をした。体いっぱいに冥道霊閃の妖気が入って来る。あまりいいことじゃない。でも、気持ちを落ち着けないとダメだ。
目をギュッとつぶり、ゆっくりと開く。そして、目の前の冥道霊閃に手を伸ばした。すると、冥道霊閃に触れる前に、結界みたいな何かに吹き飛ばされた。そして、そのまま隅へ。
「あなた、何をやっているの?私の邪魔をする気?」
突然聞こえた女の人の声に振り向く。そこには、とても太っているおばさんがいた。
きっと、女帝様だ。でも、邪魔って・・・・。
「冥道霊閃の力を放出しているのは、女帝様なんですか?」
「全く、何やってるんだか。あの役立たず達め。人を絶対通すなって言ったのに。ミイラ以外全員いなくなってるし。そのせいで、とんだ邪魔が入るところだったわ」
女帝様は、もの凄い妖気の充満しているところにいるのにも関わらず、涼しい顔をしている。(実際は、顔を真っ赤にしてはぁはぁ言っていた。でも、これってきっと妖力のせいじゃなくて、ただの太り過ぎで、歩いただけで熱くなっただけだと思うから)
「あの、聞いてますか?」
「なによ、あんたに答える義理なんかないわ。私は一番になるの。それだけよ。ふぅ、熱い。椅子を持って来てちょうだい」
誰に言ってるのかと思ったら、骸骨が四体、椅子を持ってやって来た。
一瞬ぎょっとしたけど、僕に何をする訳でもなく消えて行った。女帝様は、冥道霊閃の前に座る。
「一番になるって?」
「私がこの世界で一番偉い者になるの。誰からも尊敬されて、うやまれるような。そうなると、この世界を壊すのが一番だと思ったの。世界を作った人なんて凄いじゃない。だからね、壊すの」
「そんなことしたら、沢山の人が死んじゃいます!」
「そんなの関係ないわ。さぁ、どこかに行ってちょうだい。私の邪魔はしないで」
随分と最低なことをする女帝様だと思った。外見は醜くても、心優しい人なら救いようがある。でも、この人は外見も性格もダメ。もう、救いようがない。
「何でそんなに自分勝手なことをするんですか!自分が偉くなりたいからと言って、世界を壊そうとするなんて。女帝様のせいで何人の人が死ぬと思いますか?女帝様は、冥界の秩序を守るお人なんじゃ・・・・」
「お黙り!」
女帝様が、カッと目を見開き、僕を睨みつける。僕はその睨みで吹き飛ばされてしまった。
さっ、さすが・・・・冥界の秩序を守る人だ。にっ、睨みが凄い。睨まれただけで吹き飛ばされちゃった。
「あんたに何がわかるって言うの?大切なものを目の前で失って、それでも、まだ許されなくて。そんな世界、私はいらないわ。何が女帝よ。女帝だからって、全て我慢する訳じゃないのよ。あんたも大切な仲間がいるらしいわね。だから、あんたをその大切な人の前で殺してあげる」
女帝様は恐ろしい笑い声を上げると、指を上に向けた。すると、画面が出て、映像が映る。一つには、人がいることがわかるけど、もう一つの画面には人がいることすらわからない。
「可哀想に。邪魔な妖怪のせいで気がつかないようだねぇ。気づかせてあげるから」
僕は動こうとした。でも、動けなかった。体を何者かに押さえつけられているように動かない。いつの間にか、冥道霊閃から発せられる妖気が少なくなって来ている。このままじゃ、本当にみんなが助からない。
しばらくしてから、画面の左側に骸骨に羽交い絞めにされた桜っちと、亜修羅のクラスメートの子。それから、見知らぬ男の子が映った。
「あれっ、凛君!?無事だったんですね!大変なんですよ、北極の方と南極の方の氷が溶けて世界が大洪水になって、今のところ日本は洪水になってないけど、もうすぐなるかもしれないんです!!」
桜っちが切羽詰った顔で言う。僕は、押さえつけられている何かを振り払おうともがくけど、がっちり捕まれて離れない。
「僕も、後もう少しのところまで来たんだ。でも・・・・」
「でも?」
「頑張るからさ」
今はそれしか言えなかった。女帝様はおどろおどろしい妖気を漂わせている。僕のかなう相手じゃない。それに、今は羽交い絞めにされて全く動けない。こんな状態で勝てるのか?無理だろうね。絶対無理に決まってる。でも・・・・人間界が。
「さぁ、私の邪魔した刑を言い渡すわ。刑は、当たり前の死刑。さぁ、やっちゃって。思い切りいたぶるのよ。腹立たせた罰も上乗せで!」
そう言われた途端、体中が痛くなった。何かと思ったら、今まで見えなかった骸骨が、僕の体をしっかりと抑えて殴って来るんだ。骸骨と言っても、力はかなり強い。
あっと言う間に横倒しにされて、リンチ状態になった。冥道に来てから二回目のリンチ。
なんか、あんまりいい気分じゃない。でも、その気持ちよりも、自分が何も抵抗出来ないことに苛立ちを感じていた。
体中を思い切り殴られたり蹴られたりして、体中が痺れている。
そのおかげでどこを動かすことも不可能だ。頭さえも働かないし、目も明けていられない。何だか、麻酔をかけられたみたいに、あんまり痛みを感じなくなって来たし、眠くなって来た。
そう思っていると、ふと痛みが完全に消えたと思ったら、遠くの方で、みんながキャーキャー騒いでる声が聞こえる。それと同時に、腕にかなりの痛みを感じた。きっと、何かで刺されたのかもしれない。でも、目を開けることも出来ない。だから、本当はどうなっているのか、実際はわからない。
僕が目を薄っすらと開けると、骸骨達の大群がこちらに迫って来る。みんな、カタカタと音を出して笑っているようだった。ああ、もう動けないし、眠いよ・・・・。
そう思って、僕は目を閉じた。
その時、懐かしい声が聞こえたような気がした。しかし、その人物はここにはいないはずだ。きっと、空耳だろうと思う。何だか眠いから、耳があんまりよく聞こえないし、見えもしないから。
でも、確かに聞こえる。何回も僕の名を呼んでる。
これは、幻か?それとも現実?そんな僕の考えを見抜いたかのように、その声が、今度ははっきりと聞こえた。
「凛!しっかりしろ!そんな骸骨ごときに負けるような奴かお前は!砕いてやれ!」
何だかよくわからないことを言われている気がする。
骸骨を砕く。ああ、そうか。骸骨を砕いちゃえってことか。
その声を聞いた途端、ぼんやりとしていた景色や音、その他のものがはっきりして来た。(意識もはっきりして来たから、痛いのはちょっときついけど)
「うん。わかった」
「さっさとそんな雑魚は倒せ!そんな奴らに苦戦するような弱い奴を、俺が仲間だと思うのか!」
僕は、怪我人に対しての言葉とは思えない言葉に、涙が出そうになった。ずっと行方がわからなくて、無事だってわかった。それに、仲間だって思っててくれて・・・・。それだけで十分だよ。
何だか、今までの傷がすっかり治ったみたいに、綺麗さっぱり痛みが引いた。
そうだ、女帝様は、僕をみんなの前で殺そうとした。でも、僕はそう考えてはいけない。みんなが見守って、応援してくれるから、頑張ろうと思えるんだって。
「そっか、僕は仲間なんだね。そっか・・・・」
「おい、そんなしみじみしてるんじゃない!」
僕がその言葉を感じている時に、亜修羅の声が聞こえる。僕は、怪我をしたとは思えないほど絶好調だった。だから、周りにいる骸骨を全員倒した。ものの数秒で。
「僕を仲間だって認めてくれてたんだ!!」
僕が、亜修羅の方を向いて嬉しそうに言うと、本人は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
「うっ、うるさい!そうなんども言わせるな。それよりも、さっさと帰って俺を助けに来い!」
「了解!」
体の中で、力が溢れそうな程湧き上がって来るのがわかる。ふと、刺された方の腕を見ると、傷が一つもなかった。
あれ?どうしちゃったんだろう?まぁ、後でどうにかなることだしね。今はとにかく、女帝を倒して、冥道霊閃を止めることに専念しないと。
僕は、ゆっくりと女帝に向き直ると、天華乱爪を向ける。
「世界を滅ぼすことなんかさせない。仲間に誓って言う。これから、僕があなたを倒す!」