魔界の国宝 冥道編 凄まじい妖気
「あのさ、最後の門を通ってから随分経つけど・・・・まだ?」
《我もここまで来たことはないのでな。よくわからぬ》
「・・・・そっか」
多分、最後の門をくぐってから、きっと最低でも一時間は道なりに歩いている。なのに、一向に冥道の奥と言うものにたどり着けない。
「あのさ、そろそろ元の姿に・・・・」
《犬神よ。バカなことを言うでない!その姿だからこそ苦しくもなんともないのだ。現に、あの時点で死にかけていた。それよりも奥に行った今、元の姿に戻ることは自殺行為だぞ》
「わかったよ・・・・」
全身真っ白で、しかも背中に羽があると言うのは、やはり何だか変な気分になる。
第一、この羽って意味があるのかな?子供を送る前に、宙に浮いた時には羽なんか使わずに浮いてたのに・・・・。
「あのさ、この羽を使って飛ぶことは出来るの?」
《当たり前だ。犬神のように歩いている奴の方が珍しい》
「だったら、早くそう言ってよ!」
取りあえず、羽で飛ぶと言うことを実践しようと思う。普通の天使は(魔光霊命様がエンジェルって言ってたから、最初はそう言ってたけど・・・・。やっぱり、こっちの方がいいから)飛ぶらしいし。
しかし、犬神も人間も、空を飛ぶと言う単語からはかけ離れているから、どこをどう動かせば羽が動くかなどが、全くわからない。鳥は簡単そうに飛んでいるからって、実際は難しい。羽を動かすことすら難しいんだ。ましてや、空中でバランスを取るなんてもってのほか。
何とか羽を動かすコツをつかんだと思ったら、今度は空中でのバランスとの格闘が始まった。
羽を動かして、何とか宙に浮かぶ。そこまでは出来るんだけど、先に進むことが出来ない。何とかマンとかってさ、どちらかの腕を前にして楽々飛んでるけど、実際、ああはいかない。体を倒そうとするだけで真下に落ちそうになる。それで、慌てて羽の方に意識がいってしまうと言う悪循環が続き、中々上達しなかった。
それを見ている天華乱爪はと言うと、本人は笑いを堪えているようだが、丸聞こえだし、堪えていない。そんな声を聞きながら練習してるから、上達どころではないと思う。
「もういいや。こんなので時間を取ってたらまずい」
《もしかしたらだが、冥道の奥へは行けぬかもしれんぞ》
「どうして!」
《色々と面倒なことがあるかもしれん。もしかしたら、犬神の姿じゃないと通れないかもしれぬ》
「そっか。じゃあ、元に戻ろう」
《待て!死ぬぞ、いいのか?死んでしまうんだぞ!?》
「何で君が慌ててるのさ。いいよ、死ぬのは僕なんだし」
《もし死ななくても、もの凄い苦痛を味わうことがあるかもしれんぞ》
「大丈夫大丈夫♪」
本当は怖かったけど、そんな素振りを見せずに犬神の姿に戻った。(これは、飛ぶよりも簡単だった)
でも、なんともない。どこが痺れるとか、目が霞むとか全くないし、頭が痛いとかクラクラするという症状すらない。ただ、いつも通りの健康そのものだった。
「何ともないけど・・・・」
《そうか、ならよかった。では、行くぞ》
「はいはい」
さっきまでしつこいくらい話して来たのに、何ともないとわかったらそっけなさすぎ。少しは僕の心配をしてくれたっていいじゃないか。
ブツブツ文句を言いながら冥道を歩いていると、見えた。今まで何もなかった道に、今までの門と同じくらいの門が。
あれが、冥道の奥に通じる門なのかな?それとも、あれは違うのかな?出来れば通じる門の方がありがたいんだけど・・・・。
その門は、遠くから見たら今までの門と同じくらいだったけど、近くに来てみると、二倍以上はあることがわかった。
その門は、僕の小さな力で押したところで開かないだろうと思ったけど、僕が手をつける前に、入って来いとばかりに自然と開いた。自動ドアみたいだ。
自然と体に緊張が走り、足がガクガクしそうになる。ここに入っただけで、もの凄い妖気を感じた。
きっと、ここの近くに冥道霊閃がある。そう確信出来た。だって、ここまで強い妖気を持っているのは、冥道霊閃くらいだと思う。
その恐ろしい妖気に怖気づく自分を奮い立たせて、ゆっくりと奥に進んで行く。奥には何もなく、前の門よりも更に大きな門があった。その門もまた、何もせずとも自然に開く。
僕は、いつ冥道霊閃と対面するのか気が気でない気持ちで奥に進むけど、全然辿りつかない。
でも、確かに近づいている。最初の時とは比べ物にならないくらい、凄い妖気が僕を引き裂こうとしてる。
今までで、「妖気に引き裂かれる」という思いをしたのは初めてだ。きっと、こんなことはもうないと思う。と言うより、ない方がいい。こんな怖い妖気は二度と浴びたくない。
多分、十個目の門の前に来た。これは確証じゃないけど、確実に近いと思う。この先に冥道霊閃がある。そう感じた。何とも言えない震えが体中に走ったんだ。
《きっと、この先に冥道霊閃がある。準備は出来ているか?》
「うん。大丈夫」
最後だけ門が開かないから、ゆっくりと開けた。思ったよりも軽くて、簡単に開けることが出来た。
開けた途端、凄い風と妖気が体に当る。きっと、人間や下級の妖怪じゃ吹き飛ばされているか、もう息をしていないだろう。それぐらい凄まじい風と妖気だった。
こんなにも凄い妖気を発していると言うのに、まだ全然妖力が残っているようで、全く変わらない強大なペースで妖気を放出している。
僕は、そこに踏みとどまっているのが精一杯で、ほとんど動けなかった。
冥道の奥は、宇宙のように、星や正座が見えた。それは、今までと変わらない。でも、一番の違いは、中央にある天華乱爪と同じくらいの大きさの刀、冥道霊閃だ。冥道霊閃が、冥道の奥の地面(本当は地面なんかないんだよね。確かに踏むことは出来るけど、道みたいなものがなくて、宇宙に立っているような感じなんだ)に突き刺さって、黒い妖気を放っている。
僕は、顔を腕で隠すようにして、ゆっくりと、凄くゆっくり前に進む。全力を体にかけているのに、後ろに押し出されそうだ。だから、少しずつ進んで行くしかない。
近づくにつれて、体が切れる。きっと、凄まじい妖気を生身で感じているからだろう。目さえも明けていられないから、真っ直ぐ進んでいるのかすらわからない。
少しずつだけど、近づいて行く。きっと、ビデオで撮って早送りをしないと、進んでいるのかどうかわからないぐらいの遅さだ。でも、体にかかる負担は、進んでいなくてもかかるばかりだ。出来ることなら、さっさと抜いて、放出を食い止めたいところだけど、ガードを怠ったら、直ぐに死んでしまう。
足を踏ん張っていられるのも、もう少しな気がする。足にかかる負担だって相当なものだし、こんな強大な妖気を受けている体力にも限界が来ている。と言うか、もう限界!
でも、冥道霊閃との距離はまだ五メートル以上ある。
もうダメかと思った。足はガクガクしているし、息も上がって来た。こんな状態じゃ、もう無理だと諦めかけた。
その時、今までの思い出が蘇って来た。これは、走馬灯のように過ぎて行くって言うのかな?もうすぐ死んじゃうから蘇って来たのかな・・・・。
「うわぁぁぁぁ~~~!!!無理だ~~~!!」
「うるさい!黙って考えろ。そんな無駄な口を聞いているヒマがあったら、さっさと問題を解け!」
「凛君、僕は終わりましたよ。頑張って下さい」
「桜木だって、お前と同じ知能指数だが、終えることが出来たんだ。お前も出来るだろう?」
「無理だって・・・・」
僕は、大量の宿題の山に覆われて、泣きべそをかいてたんだよね。だって、問題が難しいし、何より多い。こんなの、今からいくら頑張ってやっても、明日には間に合いそうに無いって思ったんだ。
「そもそも、なんでこんな時間になるまで宿題にとりかかろうとしないんだ!」
「だっ、だってさ・・・・二人が楽しそうだったから・・・・」
「俺達のせいにするな!」
「お願い!宿題手伝って!」
僕は、顔の前で両手を合わせると、頭を下げる。心からお願いしているつもりだ。
どうしてそこまでお願いしてるのかって言うと、今までは、ここまで宿題を大事に思ったことがないけど、明日宿題を忘れたら、内申に響くと担任の先生に言われて、それはまずい!と言うことなんだよね。
「宿題は、もともと一人でやるものだ。だから、俺は手伝わない。俺は眠いんだ。寝るからな」
「そっ、そんなぁ!」
亜修羅は薄情にも、僕があんなに頼んでいるのに、何のためらいもなく布団を敷くと、さっさと布団に入って僕等に背を向けてしまった。
「ちぇっ、もういいよ!薄情者!!」
「凛君、僕が手伝いますから」
「ありがとう。ごめんね」
それから何時間経ったかわからなかったけれど、いつの間にか机に突っ伏して眠っていたようだ。カーテンをあける音で目が覚めた。
まだ眠い目を擦りながら、欠伸をする。僕の向かい側では、桜っちが同じように机に突っ伏して眠っていた。
どうやら、僕等は勉強をしている途中に睡魔に襲われて、布団を敷いて寝る余裕もなく、力尽きたらしい。
「起きたのか。お前にしては早いな」
「早く起きて悪かったね。でも、まだ眠いよ。亜修羅と違って、夜中まで宿題をやったんだから」
「ふん、お前は何時間寝ても眠いだろ?」
亜修羅にそう言われて、僕はため息をつくと、しばらくその場でボーッとしていたけど、大きく伸びをして立ち上がる。
その時、机の上に鉛筆やノートがないことに気がついた。僕は、鞄にしまった覚えはないんだけど・・・・。
そう思いながらも、鞄を調べると、中にちゃんとノートがしまってあった。物がワープする訳でもないよな・・・・と思いながら、何気なく宿題のページを開くと、思わず首を傾げる。
僕が絶対解けそうにない一問が、ちゃんと正しい公式で書かれていた。再び首をかしげて、自然と亜修羅の方を見る。
いや、まさかね・・・・。
僕がじっと見ていることに気がついたのか、亜修羅が振り返る。
「何だよ」
「いや、何でもないよ」
そう言って亜修羅に背を向けるけれど、ゆっくりと首を後ろに回して、再び亜修羅の様子を見た。すると、いつもは欠伸をあまりしない亜修羅が、何だか頻繁に欠伸をしているように見える。
それに、いつもも低血圧でボーッとしてるところがあるけど、今回のは重傷で、制服のボタンを留めている途中で、まるで眠っているかのように一点を見つめて立っている。
これで、何となくわかった。誰が僕の宿題をやってくれたかってこと。よく見れば、途中から微妙に筆跡が違うから、僕の字を真似て書いたんだろうね。
いつもだったら、亜修羅に確かめるところだったけど、今回は、何も言わなかった。
どうせやってくれるなら、そんなにコソコソやらないで、手伝ってくれればよかったのにって思うけど、それが亜修羅には出来ないんだなって思って、自然と笑みが浮かぶのがわかった。
そうだ、帰らなくちゃ。僕のことを案じてくれる人がいる限り、僕は死んじゃいけないんだ。
そう思うと、自然と勇気が湧いて来て、足も力が入るようになった。不思議だよね、仲間の力ってさ。こんな恐怖の中でも、その人達のことを思うと、顔に笑みが出来るのを、僕はありがたく思った。今の気持ちならやれる。二人は、目には見えない僕の中にいると思えるから。