わかってる人とわかる人
「そう言えば、凛はどこだ?」
「ああ、あいつなら、恭介の家にいるぜ」
「恭介?」
「あれ?知らなかったか・・・・まぁ、いいや。お見舞いに行くのか?」
「まあな。夜遅いからいいことだとは思わないが、あいつが倒れるってことは、よっぽどの熱なんだろうからな」
「よくわかってるな。あいつ、出かける前から三十九度あったのに、なぜか帰りに濡れて帰って来て、余計熱出しちまってよ」
「そうなのか・・・・心配かけさせて悪かったな。きっと、あいつのことだから、周りの目を盗んで外に出たに違いない」
俺がそう言うと、なぜか竜はとても複雑そうな顔をしたが、俺の視線に気づいて慌てて首を振った。
「どうした?」
「いっ、いや、なんでもないぜ。さっ、恭介のところに案内するぜ・・・・って言っても、隣の家なんだけどよ、合鍵持ってるから」
「あっ、ああ」
「俺も俺も!」
「そんなに主張をしなくても、ついて来るんだろ?」
「あったりまえよ」
それじゃあ、意味がないじゃないかと言いたいところだが、ここは一端我慢する。もう少し酷いことを言ったら怒ろう。
そう思いながら、椅子にかけてある上着を羽織り、竜の後について、隣の家の前まで来る。どうして、凛がここのうちにいるのかわからないが、この家の持ち主にも、礼を言っておかなきゃいけないな。
「珍しいですね、族長がお礼を言うなんて」
「うるさい。相変わらず俺の心を読むな」
「おっ、さっきは言わないって言ってたのに、今度は言った!」
「・・・・は?何を言ってるんだ、お前は?」
「相変わらず、人のことを馬鹿にしたような顔が得意ですよね、族長は。本当にうらやましいですよ」
「皮肉か」
「いいえ!」
「これは、明らかなる皮肉だ」
俺がそう言ってやると、神羅は驚いた顔をしたが、これもきっと演技に違いない。こいつは、意外と演技が上手かったりするからな。
「おいおい、そんなに大声でしゃべるなよ。一応、真夜中なんだぜ?」
「そうだったな・・・・。普通は寝てる時間か」
「そうだぞ。だから、他の奴らを起こさないように、喧嘩は小声でやってくれよな」
・・・・何だか、論点がズレている気もするが、竜の言葉は正しい為、素直に言うことを聞くことにする。普段なら、どんなに年が上な奴でも、注意をされたり文句を言われるのが嫌で、平気で反論出来るのだが、なぜか、こいつにだけは、それが出来なかった。俺よりも年下だって言うのに・・・・。やはり、人の心が読める分、大人なんかよりも、よっぽど大人なのかもしれない。
竜に連れられてリビングらしき部屋に入ると、机の横で、凛と栞奈が寝てるのが目に入った。凛は、ちゃんと布団に入っている状態だが、栞奈は、布団に入っていない為、凛の様子を見ているうちに眠ってしまったと考えるのが正しいだろう。
近づいて行くと、俺達の気配に気づいたのか、凛が目を開けた。
「あっ、あれ?竜君。それに・・・・亜修羅!」
凛はそう言って勢いよく起き上がったから、俺は、何かと思って足を止める。目を開ける動作はとてもだるそうだったのに、起き上がるスピードが尋常じゃなかったから、驚いたのだ。
「どっ、どうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたもないよ!亜修羅のせいで、いろいろなことが起こったんだから!どうして電話しなかったの!留守電にしたの!?」
「・・・・は?」
「『・・・・は?』じゃなくて、どうして今日はデートに来れないって、電話をしなかったのさ。留守電になんか入れてたら、気づかないかもしれないって思わなかったの!?」
「わっ、悪い・・・・」
いまいち、凛が怒っている理由がわからない俺は、それだけ言ったが、何だか腹が立って来る。せっかく人が見舞いに来てやったと言うのに、その態度はないだろうと思ったのだ。
「おい、お前、人のことをさんざん怒ってるが、俺は、仮にも、お前の見舞いに来たんだぞ。別に、丁重な出迎えをしろとまでは言わないが、その態度はないんじゃないか?」
俺がそう言ってやると、今まで元気だった凛の顔から一気に力が抜けて、そのまま後ろに倒れる。それにはさすがに驚いて、慌てて近づくと、凛は、布団を目の高さまで持ち上げたかと思ったら、俺に背を向けた。
「別に、お見舞いになんか来てくれなくてもよかったもん」
「・・・・そうか。わかった」
俺は、なぜ、凛が怒ってるのかは知らないが、今は、ふざけとか、からかいとかではなく、本気で怒ってるんだと言うのがわかって、そのまま帰ることにする。どうせ、これ以上ここにいたって、互いに言いたくもない言葉を言ってしまい、相手を傷つけるだけだからな。
「ちょっ、族長・・・・」
「怒ってない。ただ、凛の機嫌が悪いみたいだから、俺は帰る」
「でっ、でも・・・・」
俺達がそんな風に話しをしていると、今までずっと後ろを向いていた凛が起き上がって、こちらを向いた。
「・・・・ごめん。なんか、いろいろ感情が高ぶっちゃって・・・・制御出来なかったんだ」
「そうか・・・・まぁ、なんとなくわかってたけどな」
「えっ?」
「お前は、人のことを傷つけないように頑張る奴だ。そんな奴があんな風に言うのは、きっと、何か理由があるからだろうしな」
「・・・・ごめん」
「別にいい。よく思い返してみたら、お前が言いたいことはわかった。俺が、栞奈との約束を守れなくなってしまって、栞奈に伝えようとした時の手段のことを言ったんだろ?」
「・・・・うん、亜修羅、留守電に入れてたでしょ?だから、どうして電話をかけないんだって思ってさ。栞奈ちゃん、留守電に気づかないで、四時間近く噴水広場で亜修羅のことを待ってたんだ。だから、栞奈ちゃんのことを思ったら、どうして留守電に用件を入れたんだって思って腹立たしくなって・・・・」
「そうか。悪いことしたな」
「ううん。僕も、責めすぎちゃったところもあるし・・・・ごめん。僕には謝ってくれなくていいよ。でも、栞奈ちゃんには謝って欲しいかも・・・・」
「ああ、わかってる」
俺がうなずくと、丁度いいタイミングで栞奈が起き上がり、寝ぼけた様子で俺達のことを見渡す。
「あっ、あれ?いつの間にか寝ちゃって・・・・いっ、今、何時?」
「今は・・・・午前二時だな」
竜が答えた途端、栞奈の目が見開かれ、慌てて立ち上がる。
「もうそんな時間なの!?どうしよう、鈴香のところに帰らなくちゃ!」
「おっ、おいおい、今からあの子の家に行くのか?」
「うん、きっと、心配してるだろうし、早く帰らなくちゃ!」
そう言って栞奈はリビングから飛び出して行く為、俺達は、それを呆然としながら見ていたが、一番最初に我に返った凛が、俺の腕を引っ張る。
「亜修羅、栞奈ちゃん一人じゃ危険だから、ついていきなよ!」
「また、外に出るのか?」
「本当は、僕がついていってあげたいけど、あいにく、こんなにふらふらの体じゃ、もし何かあった時、守ってあげることなんか出来ないからね」
「・・・・あいつ、ああ見えて、凄く強いんだぞ?」
「強い弱いは関係ないの!とにかく、僕の身代わりだと思って、ほらっ、行ってらっしゃい!」
最終的には背中を思い切り押され、リビングから追い出されてしまった。だから、しょうがないなと思って、開けたままになっている玄関から外に出た。