魔界の国宝 冥道編 運命の選択
なんだろう、ここ。真っ暗で何も見えないや。僕、死んじゃったのかな?
僕は、冥道の奥底に落ちた。その時に気を失ったようで、今目が覚めた。
でも、自分が本当に目を開けているのかわからなかった。それぐらい、周りが暗闇に包まれていた。
目の前に手を出してみても、全く見えない。もしかしたら、僕はもう生きていないのかと思った。何も見えないし、何も聞こえない。唯一感覚はまだあるけど、体が痺れているのは変わりない。
目の前が見えないのだから、動く気にもなれない。
紐で縛られているか、金縛りのような感覚になってて、全くと言っていいほど動けない。
僕がそんなことを感じていると、背筋に悪寒が走った。こんなに怖い気持ちになったのは初めてだ。
きっと、今までの恐怖の中で、一番怖いやつだと思う。自分は生きているのに、生きていないような気がして。それに、何も聞こえない。何も見えないとなると、自分が生きているのかすらわからない。
きっと、誰もがここで一番の恐怖を味わうことになると思う。自分の存在すると言う証明が出来ないのが、きっと一番怖いと思うから。
僕は目をつぶった。しかし、明けていた時とほとんど変わらない。これが死ってことなのかな?僕はきっと、天国には行けないだろうな。過去に色んなことをして来たし。
地獄とはどう言うところなのか今まで考えたことなかったけど、聞いた話では恐ろしいところだってね。今からそこに行くんだ。
目をつぶって考える。まだ、考えることが出来るから幸いだ。それすら出来なくなっていたら、僕はどうなってただろう。きっと頭がおかしくなっちゃうんじゃないかな。
《目を開けなさい》
しばらく経ってから、そんな声が聞こえた。目を開けると、とてつもなく眩しい光が目に飛び込んで来る。その時に一瞬だけ見えたけど、何だか女の人みたいだった。確か、地獄には死神がこぐ舟で行くらしい。じゃあ、この人が死神?死神ってこんなに眩しかったっけ?
「死神さんですか?」
僕が聞くと、その人は明らかに心外だと言う顔になって抗議をし始めた。
「この私が死神に見えますか?この初々しい私が、この婆さんに見えるんですか!」
女の人は、懐から、これまた光り輝く写真を取り出して見せた。その写真には、明らかに死神と言う言葉がしっくりと来るお婆さんが、残り少なくなった歯を見せて、ピースをして映っている。
そのおばあさんは黒マントを被って、黒いよれよれの着物を着ている。そして、その手には大釜が・・・・じゃなくて、普通の杖。足は下駄と言うなんとも不思議なおばあさんだった。でも、死神だとわかったのは、その笑い方が悪魔みたいだったからだ。
逆に、今目の前にいる女の人は、十代後半から二十代の前半ぐらいの歳だし、着ている洋服も、着物と言うのは変わらないけど、その上から乙姫が着ているような衣をはおってる。背は高くて、僕より二十センチくらい高い。足は裸足だけど、あまり違和感はない。これは、随分と可哀想な間違いをしてしまった。
「じゃあ、女帝様ですか?」
「違うわ!全然違う!!私がこのデブ女に見えるの!?」
またも写真を見せてくれたので、よく見て見る。ここで気がついたんだけど、さっきまで動かなかった体が動くようになったんだ。普通は動くことが出来るから、今ふと気がついたんだけど。
女帝様は太っていた。もの凄く太っていた。ありえないくらい。
「じゃあ、どちらさまですか?」
「魔界の神様って知ってる?」
「はい、魔光霊命様ですよね」
「そう。それが私」
「そうなんですか・・・・。えっ、魔光霊命様ですか?」
「そうよ。やっとわかってくれた?」
そう言ってにっこり笑う魔光霊命様は、魔界の神様と言うには少々若過ぎるように思えた。それ以前に、神様には早過ぎると思う。
「じゃあ、さっそく質問をするわね。あなたは、今までやって来た罪を反省してる?」
「はい。やってる時はなんとも思ってなかったんですけど、今思うと・・・・」
「じゃあ、何で冥道になんか入って来たの?」
「冥道の奥で、魔界の国宝のうちの一つ、冥道霊閃の力が爆発・・・・と言えばいいのかわからないんですけど、何だか勝手にではないと思うんですけど・・・・とにかくそうなってしまったんです。そうしたら、人間界にも影響が出て来て。このままでは、地球の半分が壊れてしまうと言うので・・・・」
僕の答えに考え込む魔光霊命様。僕は、突然の質問に戸惑いながら答えたけど、どんなことを言われるのか、内心気が気でなかった。
魔光霊命様は、再び口を開いた。
「これが最後の質問。あなたは、本当は過去に酷いことをして来たから、地獄に行かなくちゃならないの。でも、一つだけ地獄に行かなくて済む方法があるの。聞きたい?」
「はい」
それは聞いてみたい。地獄とは恐ろしいものと聞いていたから、行かなくて済む方法を教えてもらいたい。誰もが思うことだと思う。
「それは、人間界のことを忘れて、と言うか捨てて、私について来ること。そうすれば、見事天国へ行けるわ。でも、ついて来なかったら、コワーイ地獄が待ってるの。でも、そのおかげで人間界は救われるわ。さて、どうする?私はどっちを強制するとかしないからね。あなたが自分で決めていいのよ」
もう、答えなど決まっていた。そっちの方が幸せになれる。
「もう、答えは決まっています」
「どっち?」
「このまま地獄に行きます。僕が地獄に行って、人間界が救われるのなら、いいです。それで」
「本当にいいの?地獄に行ったら、何されるかわからないのよ?いたぶられて、死にたいと思っても死んでるから逃げられないんだよ?それでもいいの?例えば、一番軽いもので言っても・・・・」
「あの・・・・どうしても、僕に人間界を捨てて、ついてきてもらいたいと言っているように聞こえるんですが・・・・。強制する訳じゃないって言いましたよね?」
魔光霊命様の言葉を、これ以上聞くまいと話を遮る。これから待つ地獄の話をされたら堪ったものじゃない。
「そうよ、強制はしないわ。ただ、どれだけ地獄が怖いものかと確かめているだけよ。その選択で本当にいいの?今ならまだ連れて行くことは出来るけど」
「いえ。大丈夫です。こんなことで償おうとか思ってる訳じゃないですけど、せめて、僕の運命を懸けて、人間界に住む沢山の人が救われるのなら、そうしたいです。今まで沢山の人を殺して来てしまったので、最後くらい人を助けないと、死んでも死に切れません。だから、地獄に行きます。親切にありがとうございました。僕は行きます」
僕は、そう心から思っていた。嘘偽りのない本当の気持ち。今だったら、地獄に落ちてもいいだろう。そう思えた。