大丈夫・・・・じゃないよね?
「まぁ、明日夏は大丈夫だ。十分相手の気持ちを考えてる」
「そうですか?」
「ああ。俺が言ったのは、何も考えないで言葉を発する奴に考えて欲しいって言っただけだ。お前は、十分相手の気持ちや人の気持ちになって考えられるからな」
「あっ、ありがとうございます!」
「大人になっても、その気持ちを忘れるなよ!俺は、忘れたくても忘れられないだろうから大丈夫だけど」
「はい」
僕がうなずくと、竜さんは満足そうにうなずいた後、ため息をついた。
「・・・・どうしたんですか?」
「うーん、あっ、そうそう。これから、自慢してもいいか?」
「えっ?あっ、はい・・・・いいですけど・・・・」
まさか、「自慢してもいいか?」って言われるとは思っても見なかったからかなりびっくりしたけど、僕は慌ててうなずく。
「じゃあ、これ、俺が後ろを向いている間に表向きに並べてくれないか?」
そう言って手渡されたのはトランプで、僕は、不思議に思いながらも、絵柄がついている方を上に向けて、カードを並べて行く。
「ああ、そうそう。ちゃんと、カードをきることを忘れずにな!」
「はっ、はい!」
僕は、慌ててカードを回収すると、カードをきって、再び並べ直す。
「準備出来たか?」
「はい、出来ましたけど・・・・」
「それじゃあ、自慢を開始するぜ?」
「はい・・・・」
「これから俺がやるのは、その一面に並べられたカードを十秒見ただけで、全て暗記することだ」
「・・・・は?」
僕は、竜さんの言葉が信じられなくて、つい、聞き返してしまった。だって、十秒で、このぐちゃぐちゃに並べられたトランプの位置を全て暗記するなんて・・・・絶対無理だ。
「いやいや、大丈夫だって。五秒でも出来るから」
「え!?」
「まあ、これから自慢するからよ、見ててくれな」
竜君はそう言うと、どこからか取り出したストップウォッチのボタンを押すと、クルリとこちらに振り返り、目の前に並べられたカードを順々に見て行った。
正直言うと、僕、結構イジワルをしてしまったつもりだ。かなりグチャグチャに混ぜたはずなんだ。だから、全て当てられるはずはないと思うんだけど・・・・。
僕がそんなことを思っている間に十秒は過ぎてしまい、竜君は後ろを向いた。
「それじゃあ、これから俺は、左上から順に、何の数字があるのか当てて行くからな」
「はっ、はい」
僕は、自分でやる訳でもないんだけど、なぜか緊張して来て、手が震えて来る。その手を押さえるように、唇を噛む。
「左上の段から、スペードの五、次にハートの七。次に、ハートの十三・・・・」
竜君が何かを答える度に、僕はドンドンびっくりする。二段目まで言い終わっても、一回も間違えていないんだ。もしかしたら、このまま、本当に完全暗記出来るかもしれないなって思った。
「次に、ダイヤの八。次に、スペードの一。んで、最後はハートの一だな?全部合ってたか?」
竜君は楽しそうに後ろを振り向いたけれど、僕は驚きで口をパクパクさせることしか出来なかった。二段目まで完全暗記してた時は、もしかしたらって考えたけど、まさか、本当にそんなことが起こるなんて、夢にも思わなかったからだ。
「どうだ?凄いだろ、俺の記憶力」
「はい、凄くびっくりしました!」
「うん、これで俺の自慢は終わり!お粗末さまでした」
「はっ、はい・・・・」
なんだか、お粗末さまと言うのはちょっと違う気がするけど、もしかしたら、僕の知らない事実なのかもしれないと思い、僕もお辞儀を返す。
「まぁ、今のはノリな?」
「そうなんですか?」
「俺も正直、よくわかんねぇや。勉強してるとは言え、奥の方に閉まってあるらしくてよ、よく思い出せないのな、だから、結構適当な部分あるぜ?」
「そうなんですか・・・・。ちょっとだけホッとしました」
「明日夏は、なんか自慢ないのかよ?」
「僕ですか?」
「ああ」
「えーっと・・・・特には・・・・」
「例えば、宗介みたいに沢山ものを食べる事が出来たり、運動能力が凄いとかだったり、ないのか?」
「えーっと・・・・はい」
自分には何もないなと思ってうなだれていた時、いつの間に起きていたのか、凛君が起き上がり、僕の方を向いた。
「桜っちはさ、すっごい優しいじゃない。それも、自慢出来ることの一つだと思うよ?」
「凛君、起きて大丈夫なんですか?」
「心配ご無用!元気じゃないけど、四十パーセント元気だぜ!」
「半分も元気じゃないじゃないですか!」
「えへへ、まぁ、そう言うことです。でもまぁ、僕にはやらなくちゃいけないことがあるからね。竜君だって許してくれたし」
そう言いながら、凛君が笑顔を向けると、竜さんは仕方なさそうにうなずいている。
「今から行くのか?」
「うん。あれから何分ぐらい経った?」
「うーん、十分ぐらい?あんまり寝てねぇと思うけど?」
「そっか、よかった。じゃあ僕、行って来るね」
凛君はそう言うと、ふらふらしながら立ち上がり、そのまま外に出て行こうとするから、竜さんがそれを止める。
「おいおい、その格好で行く気か?上着着てけよ」
「ああっ、そうだった。何だかねぇ、頭がボーッとして、そんなこと考えてる暇なかった~」
凛君はそう言いながら、竜さんの差し出してくれたコートを着ると、やっぱり、顔が赤いまま、フラフラと玄関に行くと、僕らにゆっくりと手を振った。こうやって見ると、どれだけ凛君の具合が悪いのかと言うことがわかる。いつもなら、三倍以上の速さで動くのに、今では、まるでスローモーションみたいだ。
「行って来るねぇ・・・・」
「おう、気をつけていけよ!」
「大丈夫だって!僕、元気だから!」
凛君はそう言うと、扉がしまっている状態だと言うのに外に出ようとして、思い切り頭を扉にぶつけてしまっている。この様子だと、明らかに大丈夫じゃないだろうなと思いながらも、僕は何も言わなかった。ある意味で酷いことをしてるのかもしれないけど・・・・。
「それじゃあ、今度こそ言って来るねぇ!」
今度は、ちゃんと扉を開けてから凛君は手を振ると、フラフラとした様子で番長の家から出て行った。
「・・・・もうそろそろか?」
「そうですね。それじゃあ、僕も後をついて行きます」
「ああ。寄り道しないようにとか、怪我しないようにとか、気をつけてやってくれ!」
「はい、わかりました!」
僕は、玄関に置いてあったコートとマフラーを着ると、足音を立てないように走り出した。