魔界の国宝 冥道編 救いたい気持ち
なぜ歩きにくいのか。きっと体を縛り付けられていたこともあるだろうけど、何よりも、肉体から魂がドンドン離れて行くと言うことが原因だと思う。
自分では、魂が離れていく感覚があんまりつかめないのに、動きにくくなっていく。これは、一種のストレスだ。いつもとあんまり変わりはしないのに、体が全然動かなくなる。その上、急ぎの用とまで来ると、ストレスが溜まらない方が難しい。
「あっ!」
僕は、また何もないところで転んだ。きっと、今までで二十回以上は転んだだろう。なにもないところで。どうやって転ぶのかは自分でもわからない。真剣に歩こうとしてるのに、足がもつれるんだ。
《大丈夫か?犬神よ。さっきから転んでばかりだが・・・・》
「ああ、大丈夫。少し足元がふらつくけど」
気にしてくれる天華乱爪に答える。剣は歩かずに済むからいいなと思うけど、そんなこと、心配してくれているところで言えるはずがない。
実を言うと、全然大丈夫じゃない。さっき転んだのがまずかったらしく、足元がふらつき、頭もグルグルしているし、目も霞んでいる。真っ直ぐ歩くのが大変だ。
でも、ここで立ち止まる訳には行かないから、クラクラする頭を振りながら、何とか前に進む。
通常の三倍以上の遅さのペースで歩き、やっと第四関門のところにたどり着いた。しかし、向こうは冥界の住人だ。こんな冥道の奥にいると言うのに、ピンピンしている。ハンデが欲しいところだけど、あの子がくれる訳がない。と言うか、ハンデを申し出るつもりもないんだけど。
「随分とヨロヨロじゃないか。足腰の悪い老人よりも酷い動きだぞ」
「うるさい。冥界の住人の君にはわからないだろうね、この苦しみ。ただ出さえ目は霞むし、足はもつれるしで大変なのに、頭まで痛くなって来たんだから」
「その調子だと、ここから先に行ったら、お前は十秒で俺と同じ国に来ることが出来るぞ。その時は、沢山世話してやるよ」
「いいよ。僕は冥界の住人になる気なんか更々ないし」
「ほざけ。お前はここで死ぬ。俺は向こう側に、絶対生きている者は通さない」
なぜそこまで、あの子は冥道の奥に僕を通したくないのかわからないけど、僕は通らなくちゃいけないんだ。そして、冥道霊閃を止めなくちゃいけない。
「でも、僕は通してもらわなくちゃならない。だけど、どうしてそこまで冥道の奥に通したくないのさ?」
「ここで死ぬお前に言っても意味がないと思うが、一応教えておいてやる。せめてもの情けだ。ここで情けをかけたから、戦闘中はもう情け容赦なく行く。そう心構えしておけ。この先には、女帝様がいらっしゃる。だから、ここを通してはならないんだ」
女帝様とは、名前は普通だけど、列記とした冥道の支配人だ。冥道を通って来る者の姿を見極めて、その人をどこに通すかを決める、大事な役割を果たしている人だ。それだったら、やっぱり悪い妖怪に捕まることも訳ないだろう。だから、護衛みたいな役割として四人がいるらしい。
「あのさ、もう一ついい?」
「まだ質問があるのか。図々しい奴だな」
「わかってる。その・・・・僕の前にここを通った人っているかな?」
「いる訳がない。大体は第一関門で事切れる。お前みたいなしつこい奴は珍しい。それとも、死人か?」
「いや、多分死んでないと思うけど」
「じゃあ、ここには来ていない。お前が生きている間にココに来たのが最長だ。しかし、それもここまでだ。ここで命を絶ってもらう」
そう言うが早いか、その子は腰にかけてある鞘から刀を抜くと、僕の目の前で横に振った。いくら冥界の住人とは言え、ここまで人間で早く動くことが出来るのは、ほとんどいないだろう。妖怪の僕でさえ、剣筋が光の線にしか見えなかったんだからさ。
すんでのところで避け、自分も戦闘モードに切り替える。と言っても、動きはさほど変わらないんだけど・・・・。
ある程度の攻撃は効かないと見たその子は、今度は鋭い突きを高速で放って来た。これは、大きな動きをすることが出来ず、最小限の動きで俊敏に避けるように頑張った。でも、少々限界があり、足がもつれて刀が足を刺した。でも、向こうもスピード重視だったようで、そんなに損傷を受けずに済んだ。
その子が鋭い突きを放つのをやめた瞬間に、僕は急いで後ろに下がろうとしたけど、足を怪我しているから、バック転を二回して、何とか後ろに下がる。
接近戦では、あの子の剣の方が長いから、僕の方が不利だ。天華乱爪もあるけど、さほど役に立ちそうにない。刀身は短いから、使ってもどっちみち長さには勝てないし。
そう思っている時、その子は不意に刀を鞘にしまい、床にほおり投げたかと思ったら、ワープでもしたかのようなスピードで、気がついた時には思い切り殴り飛ばされていた。立ち上がろうとするけども、足が痺れて立ち上がろうにも無理だった。
それに加え、何回も殴られたり蹴られたりするから、意識まで遠くなって来た。この図は、不良にリンチされる子の図を想像してもらえばいいと思う。反撃さえ出来ずに、ただ殴られているだけなんだ。
「おい、俺を救うんじゃないのか?」
襟首をつかまれて持ち上げられる。凄い力だ。自分よりも二倍くらいはある僕を持ち上げるなんて。でも、今はそんな呑気なことを考えている暇はない。そんなことを考えようものなら、即座に殺される。常に神経を研ぎ澄ませておかないと、本気で殺されてしまう。
「・・・・」
「ふん、哀れな奴だな。手も足もでないくせに俺を救うだって?もっと自分の実力を考えて言え」
「・・・・」
「お前は何の為に冥道の奥に行きたいんだ?どうせ、人間界とかを救うとか言うんだろう。自分のせっかくの居場所をなくしてもらいたくないのか。本当に哀れだな。弱い人間は」
「・・・・」
何も言わない。いや、言えない。口すら動かすことも出来ず、何とか目だけは動かすことが出来た。このまま死んじゃうのかな?僕は、あのまま、ちゃんとした別れを言わないまま、さよならしちゃうのかな?
その子は、急に手を離すと、さっき放り出した刀を取りに行く。僕は、誰も押さえつけていないのだから動けるはずなのに、動けなかった。見えない何者かに体を押さえつけられているって言う感じだ。
その子は、ゆっくりゆっくり歩いて僕の真上まで来ると、鞘から刀を抜いた。それから、刃先を僕の顔の上に構える。そして、ゆっくり狙いを定めた後、振り下ろした。
カキンと乾いた音がして、天華乱爪の刃が折れ、冥道の道に転がった。
何とかギリギリのところで抑えたけど、残念なことが一つある。天華乱爪がこんなにもろい作りだったことだ。国宝と言われているんだから、もう少しましな働きが出来ると思っていたけど、それは違い、普通よりも役に立たないと言うことがわかった。
少しの隙を見せた男の子を、僕は最後の力を振り絞って蹴り飛ばし、何とか立ち上がった。頭がクラクラして、目が回りそうだ。
その子は簡単に立ち上がると、再び刀を構えて来た。この体で刀を避けるのは無理だ。と言うことは、このもろい刀で攻撃を抑えるしかないんだ。
僕は、出来る限り、剣への負担をかけないように攻撃を防ぐものの、瀕死の僕と、ピンピンの子供では、僕の方が弱いに決まってる。だから、ドンドン後ろに追いやられて行く。
門の前は広いとは言え、さほど広くない。冥道の道に比べたらかなり広いけど、闘技場に比べれば、三分の一もない。だから、いつかは冥道の道から落っこちてしまうようだ。
「ねぇ、もし冥道の道から落っこちちゃったらどうなるの?」
「知るか。落ちた奴のことなんざ、一々見ていられるか!」
剣で向こうの攻撃を受け止めようとしているけど、やっぱり力が足りなくて、後ろに下がってしまう。よく、戦闘のシーンとかで、剣同士で押し合いをやってるでしょ?火花が散って、にらみ合うように。それをしたいけど、力が全然入らなくて、ただ振り払われているだけみたいなんだ。
その子が振り下ろした刀を受け止める。火花が散った後に、刃が毀れる。もう直折れるだろうなと思った時、とうとう刃先から柄にかけての刀身がポッキリと折れてしまった。その折れ方は、ポッキリと音がでそうなくらい綺麗な真っ二つだった。(実際は、ガキッと鈍い音がしたんだけどね)
これで、僕の身を守る術がなくなってしまった。唯一の剣も、今の攻撃でポッキリと折れてしまったのだ。だから、後は自分の残っている力が無くなるまでしか寿命はなくなった。
「おい、死ぬ覚悟は出来てるか?」
「まだだ。まだ死ねない。力が残っている限り、死にはしない。力の限り、精一杯生きるって誓ったんだ。今まで簡単に殺して来た人の為にも、自ら諦めたら、僕はもう一生報われない。そう思ってるから、絶対に死なない。力の限りは生きている」
「綺麗事を・・・・」
その子は、上から一直線に刀を振り下ろして来た。僕は、横に前転をして避ける。それから、立ち上がる暇もなく、今度は横になぎ払われる。
僕は避けることが出来ずに、偶々左手にぶつかった何かを、盾にして避けた。何とか凌げたようだけど、それは驚きだった。あの子の刀の鞘だったんだ。普通、鞘なんて、刀よりも簡単に切れるはずなのに、逆になっている。
その子は一瞬顔を歪めたけど、また無表情になって、今度は突進して来た。刀を構えて突進して来たんだ。僕はとっさに防いだけど、その子の方が力が強くて、鞘は吹き飛び、やがて暗闇の中に落ちて行った。
「さぁ、次はお前が落ちる番だ。最後に言いたいことはあるか?」
そう言われて、深くため息をつくと、何とか子供の方を向いて言った。
「ごめん、君を救うって言ったのに、本当に嘘をついちゃったよ。それだけは悪いと思ってる」
その子は一瞬目を丸くした後、直ぐにバカにしたように鼻を鳴らした。
「バカだな。死ぬ間際まで敵のことを考えるか。本当のバカだな、犬神」
その子は、躊躇いもなく、僕を思い切り刀の柄で突いた。道の下に落ちたら死ぬだろうと思ったようで、柄で僕を突いたんだ。
突かれた後のことはよく覚えていない。本当に死んじゃったんだと思うから。