人の心とは中々難しいもので・・・・。
「ねぇ、クマさん、ちょっといい?」
《何?》
僕は、栞奈ちゃんに話しかけられたから、動き回るのをやめて、ホワイトボードを持つ。
「えっと・・・・得に用はないんだけどさ、何だか寂しくなっちゃって・・・・ごめんね、お仕事中で忙しいだろうに」
《ううん。大丈夫。見てればわかると思うけど、走り回ってるだけだから。たまには休憩しないと、倒れちゃう》
「そう言ってくれると嬉しいな。ありがとう」
栞奈ちゃんの嬉しそうな顔を見て、僕もうなずく。
正直、この身代わりはかなり辛い。早く恭介君に帰って来てほしいけれど、でも、それとは逆に、少しでも長く家族で過ごさしてあげたいなと言う気持ちがあり、とても苦しい。
だから、こうやって話しかけてもらうことによって、少しだけ気分が変わることが、今の僕にとってはとても大事なものだったんだ。
《待ち合わせしてる人は、まだ来ないの?》
「うん、もう結構待ってるんだけどね。でもまぁ、修の場合、忍耐強さが一番大事だから」
《よく、人を待たせる人なの?》
「うーん、好きで待たせてる訳じゃないんだろうけど、他のことをやり始めると、周りが見えなくなっちゃって、結果、待ち合わせに遅れるってことが多いからさ」
《そうなんだ・・・・酷い人だね》
「うん・・・・でもまぁ、私は、何時間遅れても来てくれれば嬉しいからさ。何時間でも待ってるんだ」
《でも、何時間て言っても、もう三時間ぐらい待ってるんじゃないの?》
「ううん、これぐらいなら全然大丈夫。前なんか、一日遅れて来たことあったからね。まぁ、その時はさすがにうちに帰ったけど、朝になってその場所で待ってたら、血相変えて走って来たんだ。あれは面白かったな・・・・」
栞奈ちゃんは、そう言って笑いながら話すけど、正直言って僕は、亜修羅を叱ってやりたかった。
だって、女の子を日をまたがせてまで待たせるなんて・・・・日をまたがせてまで待つ栞奈ちゃんも凄いけど、やっぱり待たせる亜修羅が悪い!
僕は、怒って近くにあった石を蹴ると、ため息をついた。僕だったら、絶対栞奈ちゃんを待たせたりはしない。
・・・・別に、これは、栞奈ちゃんに限ったことじゃなくて、大体そうだよ。いくら遅れても、僕は十分以上人を待たせたことないんだから・・・・。
いやいや、僕のことはどうでもいいんだ。とにかく、亜修羅だ。会ったらとっつかまえて、こっぴどく叱ってやらないと・・・・。
「どうしたの?」
《ううん、なんでもないよ》
「そう?ならいいけど・・・・凄い殺気を感じたから」
《はははっ、こんな可愛いクマさんに、殺気なんて存在する訳ないだろっ!》
僕が少しだけ字体を丸めて書くと、栞奈ちゃんは面白そうにクスクス笑った。
「その文字、女の子みたい!」
《よく言われる。でもまぁ、いつもはこんな感じなんだけどね?》
「それでもやっぱり丸い感じだよ?」
そう言われて、僕は、体中に電流が走った。普段の自分の文字を、女の子っぽいって言われるとは思わなかったからだ。
確かに、よく女の子と仲良くしゃべったりしてるけど、字体まで似ちゃうものなのかな・・・・。
なぜこんなにがっかりしてるのかと言うと、字だけは男らしいって言われてたんだ。昔から。だけど・・・・。
「あっ、あの・・・・なんか、悪いこと言っちゃったかな?」
《気にしないで》
僕がそう書いた時、後ろの方から、「サボらないのー!」と言う女の人の声が聞こえた為、僕は手を振って了承の意を示すと、栞奈ちゃんの方に向き直る。
《仕事、戻るね》
「あっ、うん。ごめんね・・・・私のせいで怒られちゃうんじゃないかな?」
《大丈夫。怒られるのには慣れてるから》
僕はそれだけ書くと、栞奈ちゃんにホワイトボードを渡して、再び仕事に戻った。
でも、目につくのはカップルの姿ばっかりで、僕は目を瞑りたくなる。幸せそうな人を見ているとムカつくって訳じゃないけど、人がいる前であんまりラブラブぶりを発揮されるのは、正直言って気分がよくない。
でも、この噴水広場にいる限り、僕は、そのカップル達のことをずっと見ていなくちゃいけないことになるだろう。だって、噴水広場に、沢山のカップルがいるんだから・・・・。
多分、噴水広場にカップルが集っている理由・・・・それは多分、噴水広場の噴水にある噂のせいだと思う。どんな噂だったかよく覚えてないけど、確か、イルミネーションがついている間にペアの何かをプレゼントすると、ずっと一緒にいられるとか・・・・そんな類のものだった気がする。
そう思って、ふと、どうして栞奈ちゃんは、この噴水広場で亜修羅と待ち合わせをしたのかが気になった。もしかしたらその噂を知っていて、ここを待ち合わせ場所にしたのかもしれない。
しかし、イルミネーションが点く回数は、後一回。十二時にイルミネーションが点くんだけど、それを過ぎたら、今年のイルミネーションは終わりになってしまう。
だから僕は、十二時までには亜修羅に来てもらって、栞奈ちゃんに喜んでもらいたいと思った。
でも・・・・心の隅では、なぜか、亜修羅に来て欲しくないと思う自分がいた。その感情が、どう言う意味でそう思ってるのかわからないけど、無償に腹が立った。自分のことだからどうしようもないけど、人の不幸を望むような人間に、僕はなりたくない。
何だか、栞奈ちゃんのドレス姿を見た後から、様子が変だ。自分自身がわからなくなって来てる・・・・。
僕は、深いため息をつくと、無駄な考えを全て振り払って、仕事に集中することにした。だって、これ以上考えたら、もっとおかしくなりそうだったんだもん。