魔界の国宝 冥道編 死ぬ覚悟
しばらく洞窟の中を走ると、一番奥らしい場所に出た。そこには、丁度真ん中に、古びた剣が床に刺さっている。大きさは、冥道霊閃と同じくらいの大きさで、形もほとんど同じ。冥道霊閃を真似て作った刀と言っても過言ではないだろう。
そこでわかった。不思議な気配を発していたのはあの人ではなく、この古びた剣だ。その剣に思わず近寄る。と、突然頭の中で何者かの声が響いた。
《人殺しよ、我に触るでない。天に送ったからと言って、自分を許すつもりか?》
「違う、そんなんじゃない。ただ・・・・」
突然聞こえて来た声に動揺しながらも、何とか首を振る。
《お前に殺すつもりがなかったんだとしても、お前はあいつを殺した。それは事実だ。殺そうと思わなかったら、毒なんて仕込まないはずだ。だから、お前は気づかないうちに、あやつを殺そうと思っていたのだ》
「違う!そんなことは思ってない。ただ・・、仲間が・・・・」
《貴様は、いつもそう言って仲間のせいにする。お前にとっての仲間は、自分に言い訳をする為のただの道具か?》
「違う!」
《違わないではないか。いつも人のせいにし、自分の罪を人に擦り付け、今度は自分の過ちで、人が死ぬのが見たくないと言う脆弱な気持ちで、この冥道に足を運んだのだろう。しかし、そう言う奴に待つのは、『死』のみだ。真に勇気を持つものだけが、冥道の奥に行くことが出来る》
話しているのが剣だとわかって、僕は近づこうとしたけど、結界が張ってあるようで、全く近づけない。どう頑張っても無理なんだ。
《脆弱な奴には、『死』のみが与えられる》
剣がそう言った途端、洞窟が凄い揺れを起こし始めた。今にも崩れそうな勢いで揺れている。僕は、とっさに剣の元に走って抜こうと思ったけど、無理。
《バカな奴だ。お前のような脆弱な奴に、我が抜ける訳がない。真の勇気がある者だけが、我を抜くことが出来る》
剣は「まぁ、我を抜いたら自分の死から脱することも出来るだろう」とつけたしたように言った。
「・・・・僕は、脆弱でバカで惨めで、一人ぼっちの妖怪だ。子供のうちから可愛がってくれる両親はいなくなって、一人だった。それに、僕が冥道を開くことが出来ると言うことだけで、村人からは偏見の眼差しで見られた。でも、それさえも我慢した。何とか我慢した。でも、これだけは許せなかった。村人が、両親を殺したんだってわかった時は、一瞬気が狂いそうになった。今まで、ずっと普通に接していたのに、冥道が開けると言うそれだけの理由で、仲の良かった妖怪を殺したんだから。
僕は、それから人を信じなくなった。ずっと信頼していたお兄さんも、少し前に村から出て行ってしまってたし、祖母も信用できない。だから、一人でずっと恐怖と戦いながら、仇のことをずっと考えていた。そして、僕が十歳の時、育った村を壊した。村人も、全員殺した。でも、すっきりしなかった。人を殺すことで、余計罪を重く感じたんだ。それから僕の人生は滅茶苦茶だった。もう、絶対人を信用しない。仲間も作らない。そう決心してた。でも、いつの間にか、信頼する仲間が出来ちゃった。
嬉しかったよ、信頼出来る仲間が出来て。でも、反対に、前に殺してしまった村人達のことを思うと、なんてバカなことをしたんだと思う。殺したって、二人が帰って来る訳でもないのに。だから、僕は、もう仲間を失いたくない。信頼している人を失いたくない。今までずっと孤独で生きて来た氷の心を溶かしてくれる仲間にやっと会えたんだ。だから、その二人が生きる人間界を、僕のせいで壊したくない。僕が死んだっていい。自分が今までやって来たことの罪があるから、いつでも死ぬ覚悟は出来てる。
でも、あの二人だけはダメだ!僕が死んじゃっても、あの二人には生きていてもらいたい。死んでから天国にいけなくても望むこと。二人が助かるなら、進んで地獄に行く。それくらい大事な仲間なんだ。だから、僕がここで立ち止まって、人間界が壊れていくのをジッと待っている訳にはいかないんだ。所詮、僕は弱い。こんなことを言ってたって、大事な人を失いたくないだけだ。でも、これだけには、強くなれる」
僕は、いつの間にか泣いていた。必死に剣に語りかけるように話していた。僕は弱い。いくら心の底を見えないように隠しても、どこかできっとボロがでるはずだ。でも、これだけは、心の底から強くなれる。絶対に。
《・・・・本当か?》
「・・・・はっきり言って、自分が強いとか弱いとかどうこうなんて考えもしなかった。でも、よく考えてみると、僕は弱くて臆病だ。一人になるのが怖くて、仲間に死ぬなと言ってる。だけど、僕にはそれしかわからない。だから、それだけで頑張る。頑張って行く。これが、真の勇気と違うか同じなのかはわからないけど、僕はそう思ってる」
僕はそう言うと、その場に座り込んだ。そして、ゴゴゴゴッと音を立てて崩れて行く洞窟をじっと見ていた。何だか、これから死ぬって言うのに心が穏やかだ。
「ありがとう。やっぱり僕は弱い。だから、ここで死ぬしかないんだよ」
剣は、もう黙ってしまった。僕はゆっくりと息を吐くと、刻々と迫りつつある死の時間を、穏やかな気持ちで待っていた。