無償で人助けをする・・・・それが彼のモットーです
家の中に入ると、竜さんは急ぎ足で手を洗うと、手をパンと叩いた。その音があまりにも大きかったから、僕は一瞬とても驚いたけれど、なんとか心を落ち着ける。
「驚かせて悪いな。でも、こうしないと、みんなが話を聞いてくれないからよ」
「みんな・・・・ですか?」
僕は、首をかしげながら辺りを見渡す。そこには誰もいなくて、この家には、多分、僕と竜さん、そして、水樹君のお兄さんしかいないと思う。しかも、そのお兄さんは部屋にいるから、ここにいるのは僕だけってことになるけど・・・・。
「ああ。まぁ、とりあえず、俺がやることを見てればわかるぜ。まぁ、明日夏は、椅子にでも座って待ってりゃいいからよ」
「はい・・・・」
僕が、言われた通りに椅子に座ると、竜さんは誰かに向かって話し出した。
「いつもは自分で作ってんだけどよ、今日は、久々に力を借りてもいいか?早急にハンバーグを作りたいんだ。・・・・そうか、そう言ってくれると助かるぜ。えっ?またそれか?この間やったばっかりじゃんかよ。まぁ、手伝ってもらうんだしな、別にいいぜ。じゃあ、頼んだぞ」
竜さんがそう言って手をもう一回叩くと、信じられないことが起こった。だって、物が勝手に動いてるんだもん!
「竜さん!これ・・・・」
「ん?ああ、そう言えば、まだ見てなかったよな。一回見せたと思うけど・・・・まぁ、いいか。今はな、物達に頼んで、ハンバーグを作ってもらってるんだ」
「えっ?そうなんですか?」
「ああ、こっち来てみな」
竜さんに手招きされて、僕は、キッチンの入り口に立ち、物が宙に浮いたり動いたりしているのを見ている。確かに、竜さんの言うとおり、ハンバーグを作っている。まるで、沢山の透明人間が動いてるみたいだ。
「すげーだろ?」
「はい、凄いです・・・・驚きました」
「まぁ、こんなことも出来るって訳だな。まぁ、こうやってみんなにやってもらった代償は、大きいけどよ・・・・」
「みんなって、やっぱり、物達のことを言ってるんですか?」
「まあな。あいつらだって、ちゃんと心を持ってるんだ。まぁ、普通の奴は気づかないだけだけどな。後は、あいつらが全部やってくれるからよ、俺達は休もう・・・・」
竜さんがそこまで言った時、突然インターホンが鳴って、竜さんが出て行く。僕も、自然とのその後をついて行ってしまった。この家では、竜さんがインターホンに出る係みたいだけど、修さんの家では、僕がその係なんだ。だから、ついくせでね・・・・。
竜さんがドアを開けると、そこには、小学生ぐらいの男の子が子犬を抱いて立っていた。その顔がとても困っていて、今にも泣きそうだから、何か大変なことがあったんだと自然とわかった。
「お兄ちゃん、どうしよう?コロが、ずっと具合が悪そうなんだ!」
「おし、とりあえず上がれよ」
竜さんはそう言うと、その男の子から子犬を受け取り、家の奥に入って行く。僕はと言うと、竜さんがかけわすれた鍵を閉めて、早足でリビングに向かう。
リビングに行くと、竜さんは男の子を椅子に座らせて、自分は、立ったままぐったりしている子犬の顔をじっと見ている。
僕は、不安そうな顔をしている男の子が心配だから、音を立てないように前の席に座ると、小声で話しかけた。
「どうして、竜さんに頼んだの?」
「お医者さんなんかより、竜さんの方が頼りになるから・・・・それに、お金も取られないし」
「そうなんだ・・・・」
「お医者さんにわからないことでも、竜さんならわかるから・・・・」
そう言って、男の子は、ジーッと子犬の顔を見て目を逸らさない竜さんを見ている。竜さんにかかえられている子犬も、竜さんのことをジーッと見ている。僕は、その光景が少しだけ面白いなと思った。
でも、笑っちゃいけないと思い、何とか口を押さえて、笑いそうになる自分を堪える。
「うーん、こいつ、病気じゃねぇなぁ」
「え?」
「まぁ、しばらく心を読んでみるとわかったんだが、お前、最近こいつに構ってやってないだろ?」
「・・・・うん、確かに、最近は友達と遊んでばっかりで、散歩もいってないかな・・・・」
「寂しくて、お前の気を引こうとして、具合悪い素振りを見せてるみたいだな」
「そうなんですか?」
「ああ。ほら、自分で立ちな」
竜さんがそう言いながら子犬を地面に下ろすと、その子犬は申し訳なさそうな顔をしながら四本足で立った。
「あれ?さっきまでフラフラの状態だったのに・・・・あれも演技だったの?」
「まぁ、子犬のこいつなりに一生懸命考えたんだろうな。前に、風邪をひいた時に優しくしてくれたことを思い出して、病気になったふりをしてたらしい」
「そうなんだ・・・・ごめんね、コロ。これからは、前みたいに沢山遊ぼうね!」
男の子が言うと、コロは嬉しそうに尻尾を振ると、大きな声で吠えた。そして、今までぐったりしていたのが嘘かのように、部屋の中を走り回り始めた。
「おっ、丁度ハンバーグも出来上がったみたいだ。どうせなら、お前も食ってくか?」
「えっ?いいんですか?」
「ああ、二人で食うのも悲しいもんだし、な?明日夏?」
「はっ、はい!そうですね!」
「でも、まだ、コロの分のご飯あげてないし・・・・」
「そう言うことは気にすんなよ。子犬用の餌もあるしよ」
そう竜君が言った時は驚いたけど、きっと、こう言うことがよくあるんだろうなと思って、勝手に納得する。
「それじゃあ明日夏、洗面所のところに、子犬用の餌と容器が置いてあるから、持って来てくれないか?」
「了解です!」
僕は、こうやって無償で人助けをする竜さんのことを、少し誇りに思いながら、洗面所にあると言う子犬の餌と容器を取りに行った。