魔界の国宝 冥道編 悲劇
冥道の道は、歩いてみるとギリギリの幅だったけど、何とか落ちはしなかった。
きっと、ここから落ちても命はないだろう。しかし、こんなところで無残に死んだら、何の為に心を決めて来たのかわからない。だから、気を抜くことなんか出来ない。
綱渡りをするように、両腕でバランスを取って歩いて行く。すると、足元で大量の殺気を感じた。
僕はとっさに身構える。
それは、ドンドン近づいて来て、ついに行く手を塞いだ。そいつらが道に乗ると、なぜか冥道の道は広がった。これで、何とか戦えるって訳だ。
行く手を塞いだのは、ゾンビだ。妖怪も、人間も混じっている。きっと、僕から肉体を奪おうとしているんだ。このゾンビ達は、魂は生きていても、肉体が滅びているから冥道から出られないんだから。きっとそうだ。
僕は、これからある戦いに備えて、妖力は一切使わないことにし、全て体術で凌いだ。ゾンビは、一発殴ったら倒れたけど、やはりゾンビ。結果的に、道から下に落とさなくてはならないらしい。そうしないと、何度でも蘇って来る。
苦戦をしながらも、何とか半分のゾンビを振り落とした。でも、まだ残りが半分もいる。ゾンビってこんなにしつこいんだって、今日初めて知ったよ。でも、もう遅いんだ。死んでしまう日にそんなことがわかっても、あんまり嬉しくない。自分がゾンビになったら悲しくなるもん。
「ゾンビも大変だよね、成仏できずに冥道を彷徨っている。冥界と人間界の間を彷徨って、入って来た者を食らうなんてさ」
独り言のようにつぶやく。そして、ふと自分がゾンビに同情していることがわかり、慌ててその考えを消す。でも、僕の中でそう思う自分の気持ちが膨らんで来るのがわかった。「同情なんてしたら、自分が死んでしまうんだ!」と言い聞かせてみても、やっぱり無理だ。
僕の様子に気がついたゾンビが、襲うのをやめて、そろそろと後ろに下がって行く。その様子がやけに可哀想に見える。ゾンビはただ、自分が死んでしまったのを理解できずに、元の世界に戻りたいが為に、入って来た者の肉体を借りようとしていたみたいだ。きっと、理性があるに違いない。でないと、僕の様子に気がついて攻撃を止めるはずがない。
その時、頭の隅に、昔聞いたことのある懐かしい曲が流れて来た。どこかで聞いたことのあるような曲だけど、思い出せない。でも、体が勝手に踊りのような、何と言うか、不思議な動きをしだしたんだ。これも、どこかで見たことがある。
すると、ゾンビ達の動きに変化が現れた。ゾンビ達の顔が次第に快さそうな顔になって行ったんだ。そして最後には、白い光に包まれて、消えちゃった・・・・。
僕は、唖然としてゾンビが消えて行く光景を眺めていた。何だか、この、踊りのようなものを踊ったら、ゾンビ達が成仏して行ったようだから、不思議でたまらなくなったんだ。
全てのゾンビが成仏した時に、僕はふと、この曲と踊りをどこで見たのか思い出した。お兄さんだ。僕が昔慕っていたお兄さんが、笛の音に合わせながら踊ってたのを、見てて覚えちゃったんだ。
しばらくの間、不思議な気持ちに浸っていたけど、今はそれどれどころではないことを思い出して、急いで細い冥道の道を走った。
すると、途中で大きな洞窟を見つけた。しかし、近づいてよく見てみると、それは大昔に死んだ、巨大な何かの頭蓋骨だった。その口の中に、何か不思議なものを感じる。
「全く、こんなところにも入らなくちゃいけないのかなぁ?やっぱりダメだよね。でも、冥道でこんな洞窟があるなんて知らないけどさ、変な気配を感じるから、やっぱり行ったほうがいいよね?」
誰かに聞くように自問自答する。そして、意を決して頭蓋骨の口の中に入った。
中は、本物の洞窟と同じように歩く音が響いて、ジメジメしていて、どこかで水が垂れる音が聞こえる。壁には、何色かわからないけど、苔ビッシリと生えている。
「うえぇ、気持ち悪いっ!ぬるぬるしてる」
僕の声が向こう側にまで聞こえそうな程響く。苔を触った手が、ぬるぬるしているから思わず叫んじゃったんだけど、その声に驚いたようで、中に沢山いたらしいコウモリがバサバサと飛んで行った。冥道の洞窟と言っても、普通の洞窟とはさほど違いがないようだ。
しかし、コウモリがバサバサと飛んで行ったのは、僕の声が原因じゃなかったんだ。
突然、後ろから頭をつかまれて、そのまま壁に殴りつけられた。
「つっ・・・・」
顔をしかめた瞬間に、頭上で空を切る音が聞こえた為、僕は、ギリギリのところでしゃがんで避けると、大きい何者かの足を思い切り蹴り、バランスが崩れたところに、腹部に回し蹴りを入れて相手を壁に激突させた。
「ほう、多少やるようだな。しかし、途中の関門でお前は倒されるだろう」
「うるさいな、僕は冥道に入って来る時に、あんなかっこいいこと言っちゃったんだよ!邪魔しないで!!」
「しかし、お前はここで倒されるのだ。俺にな」
「わかったって、もういいよ。そう言う展開っていつも見てるから!」
僕は、この程度の敵なら簡単だろうと思っていたけど、僕が力を抜いていたように、向こうも力を抜いているのを知った。
僕がそう言った途端、僕の顔すれすれに刀が飛び、後ろの壁に突き刺さる。正確に言うと、僕の頬は切れた。そんなに傷は深くないけど。
でも、これでわかった。向こうはかなり強い。そう確信した。だから、僕も本気を出すことにする。でないと負けてしまう。それだけはダメだ。
「わかったよ。あんたの強さは。でも・・・・、僕も、負ける訳にはいかない!」
相手の刀を壁から抜くと、相手に刀を投げて返した後に、身構える。
「そうか。でも、残念だな。冥道の奥に向かうには、俺を抜いた後三人とも戦わなくちゃならん。そんなこと、お前のわずかな妖力じゃ足りない」
「ざーんねんでした。僕だって、まだ本気なんか出しちゃいない。さぁ、やる?」
「意外と好戦的なんだな、貴様も。さすが犬神だな」
そう言いながらも、向かって来た僕の拳の軌道を変えて、空いている右手の刀を横に振って、斬ろうとする。
とっさに後ろに飛び退こうと思ったけど、腕をガッチリ捕まれていて動けない。とっさにジャンプをして、相手を飛び越えて向こう側に渡る。腕は、回る時にちゃんとひねったから大丈夫。
すると、その動きにもついて来て、クルリと振り向く。その時に、手を握る力が緩んだ。その隙を逃さずに、腕を振り払ってその反動を利用して、頭めがけて足を横に振る。
相手は避け切れなかったらしく、腕でガードをしたけど、そこから鈍い音がした。きっと、骨が折れたんだろう。
それに怯んでいる間に、僕は飛び退いて間を置く。何と言うか、犬神って刀を使ったりするよりも、自分の体で戦う方が得意なんだ。犬神の特徴って言われたら、素早い体術って答えるのが普通だと思うし。
その時、急に足に激痛が走った。とっさにしゃがみこむ。見ると、変な形に足が切れている。まるで、模様を描いたようだ。
「浅はかだったな、犬神。俺の能力がわかりもしないで攻撃をするのがいけないんだ」
「くっ・・・・」
「もう、その右足は使えないだろう。そして、やがて毒が体中に回り、お前を死に至らしめる。・・・・ぐあっ・・・・」
「ふふん、僕が気づかないと思ってた?僕だってバカなことはしない。普段はバカだって言われてるけど、戦闘にまでバカさを持って来ないよ。さっき蹴った時に、とっさに猛毒の粉を振りかけたんだよ。犬神のサブの戦い方、知らないでしょ?なら、教えてあげる。大体は体術として通っているけど、薬草や、毒粉を使ったりもするんだよ。その調合も可能。ちなみに、それは今のところ中の上ぐらいの毒。大したダメージはないと思うけど、早いうちに解毒剤を塗りこまないと、腕を丸ごと切断する羽目になるからね」
お互い違う方の腕と足を押さえながら言う僕等。なんだ、思考が似てるじゃないか。何だか嫌だね、こんな奴と重なっちゃうなんてさ。
動けば毒が早く回ると言うことも知っているけど、僕は、痺れて痛くてしょうがない足を無理に動かすと、歩く。
相手も、僕に毒を塗られた腕を押さえながら近づいて来る。僕は、物凄く足が痛かった。でも、モタモタしている暇はない。
「型をつけるよ!」
「なっ、なぜだ!なぜ動ける!?もう右足は痺れて動かないはずだが・・・・」
「僕は、約束は守るから。自分でケリをつけるって桜っちに言ったからさ。だから、もう型をつけなくちゃいけない。僕の足が無くなったとしても、それは仕方ない。自分が蒔いた種だからね。だけど、そのせいで人が傷つくのを見るのは嫌だ。自分と関係ない人は巻き込んじゃいけない。だから・・・・」
僕は、多分一生使い物にならないかもしれない右足を見下ろした後、最後の一歩を踏み切り、動けない状態でいた相手を殴った。
「ふっ・・・・妖怪でも、そんなことを言う奴がいるとはな・・・・」
最後にそう言うと、そいつはバタッと気絶した。その途端、足から痛みと痺れが消えた。もしかして、あれはこいつの術だったのかな?それだったら、かわいそうなことをしたな。僕の毒薬、解毒剤ないし・・・・。
そう思って見下ろした時、相手が動かないことがわかった。きっと、体全体に毒がいきわたって、息が出来なくなり、死んだのだろう。
それを知って、絶句した。殺すつもりはなかった。毒薬と言っても、ほとんど体に害はない毒で、痺れ薬のようなものだったのに・・・・。
そう悔やんでいる時、思い出した。あの踊りを、どんな時に踊るのか。前に教えてくれたことを思い出したんだ。
僕は、この時だけは焦る気持ちを静め、さっきと同じように動く。これは、「魂を成仏させる為の舞」そう言っていたような気がする。この舞を踊ると、迷っていた魂や、この世に未練がある魂も、すぐに天国へ行けるらしい。だから、この人にも天国に行ってもらいたかった。
最後に、両手を広げて体を包むように斜めに振り下ろすと、白い物が上に上って行くのが見えたような気がした。
「あんたは、元から僕を殺すつもりはなかったらしいね。でも、僕はあんたを死の世界に連れて行ってしまった。だから、せめてもの償いで天国に連れて行きたいと思ったんだ。もし、許せないのなら、いつでも僕を呪っていい。その時は、僕も素直に死ぬよ。でも、それは、世界を救った後だけどね」
そうつぶやくと、魂がなくなった体を洞窟の壁によっかかるように座らせ、更に奥へと進んだ。これ以上同情するのはダメだ。僕が同情しちゃったら、あの人が迷ってしまう。
心の隅では、もう少し謝りたいと言う気持ちもあったけど、そのまま奥に歩き出した。ごめん、殺すつもりはなかったんだ。確かに毒は毒だけど、弱い毒だったんだよ。殺すつもりなんて、僕だって更々なかった。ごめん、本当に・・・・。
涙が出て来そうになって、目をつぶると、無我夢中で走った。