どちらがいいでしょう?
「伊織君の用事ってなんなのかな?」
「えっ!?」
「どうしたの・・・・?」
「あっ、なんでもないです。あの、気にしちゃダメですよ!」
私は、なんだか様子のおかしい桜木君の方を見てため息をついた。
桜木君は多分、どうして伊織君が忙しいのか知ってると思う。だけど、私には隠してるんだ。それがなんだか嫌で、ため息が出てしまったのだ。
「大丈夫ですか?どこか具合が悪いとかないですか?」
「えっ?あっ、うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」
「いえいえ、修さんに石村さんのことを任されたんですから、石村さんにもし何かがあったら、大変なことになっちゃうので。修さん、結構冷たく当たってますけど、石村さんのことはきっと嫌いじゃないですよ」
「えっ!?」
私はそう言われて、驚いた気持ちと、それと同時に納得する気持ちがあった。説明が難しいんだけど、そうとしか表現のしようがないから、出来れば許して欲しいな。
「だって、伊織君、私のことうざがってるみたいだし・・・・」
「そんなことないですよ!修さんは、とっても不器用な方なんです、ツンデレさんなんです!だから、そんな風に思わないで下さい」
「うっ、うん。ツンデレ・・・・ね?」
「そうです。僕達がここの会場に戻って来たのも、きっと石村さんのことが心配だったからに違いありません」
「えっ?なんで??」
私がそう言うと、桜木君はそこで黙り込んで、私の姿をマジマジと見つめてくる。最初はなんとも思わなかったんだけど、あまりにも長い間ジロジロと見られるから、ついには恥ずかしくなって来てしまった。
「どっ、どうしたの?そんなに見て・・・・ちょっと恥ずかしいんだけどな・・・・」
「あっ、すみません。いつもと凄く違う雰囲気でとても綺麗なので、思わずまじまじと見てしまって・・・・」
綺麗と言われて、自然と心が舞い上がるのを感じた。うん、私って単純!だけど、そうでもないと、辛くなっちゃうもんね、気にしない気にしない。
「そっ、そう?」
「はい、それはもうとびきり!こう言っちゃ失礼ですけど、最初、修さんに連れられて来た時は、誰かとわからなかったですもん」
「そっ、そっか!」
「修さんも褒めてくれましたよね?」
「うーん、それが、急に顔真っ赤にしちゃって・・・・熱でもあるかと思って水を取りに行ったから、その続きの言葉、聞けてないかも・・・・なんて言いたかったのかな?」
「うーん、なんとなく僕は修さんの言いたいことはわかりますけど、本人の言葉からの方が嬉しいですもんね?」
「えっ?どう言うこと??」
「すみません、ちょっといいですか?」
私がそう問いかけた時、急に声をかけられて、私と桜木君は声をかけて来た主の方向を見た。その人は、さっき声をかけて来た男の子のグループの中にいた一人で、どこかで見たような顔だ。
「どうかしたんですか?」
私がその人に問いかけると、その人はとても優しい笑顔を浮かべると、徐に膝をつき、私の手にキスをした。
そんな急なことに、私は急いで手を引っ込めると、顔を真っ赤にしてうつむいた。自然と心臓がドキドキして来て、まともにその人の顔を見られない。
「驚かせてしまったのならすみません。あまりにも美しかったもので、つい・・・・」
その言葉に、さらに私は顔を下に向ける。その人は、とてもかっこよかったんだ。伊織君といい勝負。今まで私は、伊織君ぐらいかっこいい人に出会ったことがないから、とても驚いたんだ。
「ちょっ、水斗さん、何やってるんですか!?」
桜木君のその言葉に、私は驚いて顔をあげる。まさか、桜木君の知り合いだとは思わなかったからだ。
「桜木君、言っちゃダメだろ?それに俺は、水斗じゃない。瑞人だ」
そう言われて、やっと思い出したのだ。今、目の前で膝をついている人は、私と同じクラスの有澤瑞人君だって。
「あっ・・・・バレた?」
「そっ、そりゃ、同じクラスだもん!でも、なんで瑞人君が聖夜君の誕生日パーティーに来てるの?それにさっき、水斗って言ってたけど・・・・?」
「それより石村さん、随分綺麗になったんだな、つい本気になっちゃったぜ」
「えっ?」
「まぁまぁ、気にしないでくれよ。ちょっと桜木に用があってさ、と言うことで、いい?」
「はい、いいですけど・・・・」
「お前さ、来る途中、全身黒い洋服に身を包んだ奴に会わなかったか?」
「えーっと、多分、それらしい人なら見ましたけど・・・・」
桜木君が答えると、有澤君は納得したような顔をしながら何回か相槌を打つと、ありがとうと言った。
「いえ、気にしないで下さい」
「二人とも、知り合いなの?」
「まぁ・・・・はい。そんなようなものです。もしかして、お二人も?」
「うん、クラスメー・・・・」
「恋人だよ」
「えっ!お付き合いしてたんですか!?」
「ちっ、違うよ!そんなんじゃないよ!」
「まあね、恋人って言うのは嘘。ただ、そう言いたいほど可愛かったんだから、仕方ないよ」
「それでもです!嘘はダメですよ、ちゃんと石村さんに謝って下さい!」
桜木君に言われると、有澤君は申し訳なさそうな顔をして私に近づいて来た。
「動揺させちゃって悪いな、あまりにも可愛かったもんだからつい・・・・な」
「そっ、そんな風に可愛いって連続で言わないでよ。本当はそう思ってないんでしょ?」
私がそう言うと、有澤君は表情を変えずに肩だけをすくめた。それを見て、嘘なんだなって私は思った。
どうして私がここまで警戒しているのかと言うと、有澤君は、学年でも有名なほどの女の子好きで、毎日女の子と遊んでいるらしいのだ。だから、自然と警戒してしまうんだ。だって・・・・そんな人に可愛いとか言われても、嘘だって思っちゃわない?
「別に嘘じゃないけど、言っても信じてくれそうにないからよ、そう言うことにしとくぜ!」
有澤君はそうやって微笑むと、急に私の耳元に顔を近づけて、小さな声で囁いた。
「でも、恋人にしたいってのは嘘じゃないよ」
「・・・・」
「じゃあ俺、行くから」
有澤君は、私が赤くなってうつむいた顔を見て満足したのか、笑顔で人ごみの中に消えてしまった。私はと言うと、凄くドキドキしていて、思わずため息が出てしまった。
「だっ、大丈夫ですか?」
「うっ、うん。大丈夫」
「でも、凄く顔が真っ赤ですけど・・・・もしかして、今さっき、瑞人さんに何かされたんですか?」
「あ・・・・うーん、まぁ、そんなところかな?」
私が言うと、桜木君は顔を真っ赤にして怒ったけれど、直ぐに我に返って謝って来た。
「別に、気にしなくていいよ。大丈夫だから」
「そうですか・・・・。そう言ってもらえると助かります。それでも、やっぱり後で罰を下さなくちゃいけませんね!」
「そっ、そんなことしなくてもいいよ・・・・それより、聖夜君はどこなのかな?聖夜君の誕生日パーティーなのに、聖夜君の姿をみかけてないけど・・・・」
私の言葉に、桜木君の顔が引きつって、慌てて首を振った。
「あっ、あの・・・・トイレにでも行ってるんじゃないですか?」
「でも・・・・もう何時間も経ってるんだよ?」
「ははは、随分長いトイレですねぇ・・・・」
「もしかして、誘拐されちゃってたりして・・・・」
「そっ、そんなことないはずですよ!ほら、だって、こんなに大勢人がいるのに、そんなことをするような馬鹿な人は・・・・」
「うーん、怪しい」
「そっ、そんなことありません!」
桜木君はそう叫ぶと、自分に集まった全ての視線に謝っている。かなりの大声だったから、かなりの人に聞こえちゃってるかもしれない。
しばらくの間桜木君が謝ると、みんなの視線は、それぞれ別の方向に持っていかれて、自然と私もため息をついた。
「とにかく、そんなことはありませんよ!それに、もしそんなことがあれば、パーティーを仕切ってる人達がこんなに落ち着いてる訳ないじゃないですか!」
「・・・・それもそうだね、うん、ごめんね」
私がそう言うと、桜木君は心底ほっとしたような表情をしたから、きっと、聖夜君は誘拐されちゃったんだろうってことがわかった。
もしかしたら、伊織君達は、そんな聖夜君を探しているのかもしれない。そうわかったけれど、私はきっと、伊織君達の役には立てないと思うから、仕方なく、気づかないふりをしていることにした。