魔界の国宝 冥道編 いざ、冥道へ
「・・・・見つからないね」
「あくまでも、推定ですからね」
「・・・・明日にする?」
「そうですね。さすがに冷えて来ましたよ」
桜っちの言葉に、体の芯から冷え切っていた僕は救われた。
僕のせいで亜修羅が捕まっちゃったのかもしれないけど、さすがに夜まで探すのはキツい。肉体的にも、精神的にも。そりゃ、無茶苦茶探し回った方が見つかるかも知れないけどさ、取りあえず今は、お風呂に入って眠りたい。そんな気分だった。
「ところでさ、桜っち。亜修羅ったらさ、酷いんだよ。これ」
僕が取り出した消しゴムを見て、目を点にする桜っち。僕は、その消しゴムを包んでいる紙を取る。
「これさ、亜修羅が初めて勉強を教えてくれた時にくれたんだけどさ、酷くない?バカとかアホって大きな文字で書いてあるんだよ?しかも、僕に渡す時に態々マジックペンで書いたんだから」
「そうなんですか?」
「うん」
桜っちは、僕の顔を見てから消しゴムを見た。それから、押し殺したような声で「クックックックッ」と笑い出した。
僕もつられて笑う。面白いと思ったからじゃない。ただ、安心したんだ。一人じゃないとわかって。
僕らは笑ってから気分が軽くなって、帰り道は静かじゃなかった。真夜中なのにうるさいって怒鳴られたから、おとなしくしたけどさ、とっても楽しかった。
家に帰ると、僕はお風呂に入りたかった。でも、沸かし方を知らないから、聞いてみると教えてくれた。
何とかセットが終わってお風呂が沸くと体を洗い、湯船に浸かる。
「はぁ」
お風呂の水を手で掬い、それが湯船に落ちる様子を見ていると、自然にため息が出た。
亜修羅は、性格は悪いけど、根っからの極悪人って訳じゃない。それに、からかいがいがあって楽しいんだ。そんな亜修羅がいないから、しみじみと寂しさが込みあがって来る。
暗い気持ちを奮い立たせようと、首を振って前を向くけど、そこで目に入ったシャンプーで、また思い出した。それは、シャンプーを使い過ぎた時、ねちねちした姑のようにしつこく文句を言って来たんだ。
確か、「シャンプー代だって、バカにならないんだ。無駄遣いするな!」だったかな?そう言うことを延々と聞かされて、めんどくさくなったから、話を最後まで聞いてなかったんだよね・・・・。
最初は反省したふりをしてたけど、その言葉に、ついには笑い出してしまった。それから、今度は殴られた。抗議はしたけど、あまり強くは言えない。怒られているところに笑う僕も、悪いと思ったんだ。
そんな寂しさを振り払うように、冥道霊閃のことを考えた。
魔界の国宝と呼ばれるもの。その妖力は膨大で、全てを出し尽くしたら、地球が半分はなくなるほどだ。と言うことは、三つそろえたらとんでもないことになるよね?地球どころか、宇宙まで破壊しきれない。なのに、あんな簡単に冥道霊閃をどこの骨とも知らない奴に渡してしまった。本当に、それでよかったんだろうか?
心の中の靄が晴れなくて、このまま水の中に顔を沈めて眠ってしまおうかと思ったけれど、死んじゃうかもしれないと思って、直ぐにやめた。
「でも、しょうがないよ。友達のためだもん」
そう自分に言い訳してみた。でも、心は何だかモヤモヤしたままだ。亜修羅は捕まってしまうし、冥道霊閃は奪われちゃうし。僕の答えは、本当に合ってるのかな?もし、間違いだとしたら・・・・。
「どうしたんですか?お風呂に入っても、まだくつろげませんか?」
ドアの向こう側から声が聞こえる。僕のため息が聞こえたのだろうか?
「ううん。たださ、何だか色々考えちゃって。桜っちの前で言うのはあれなんだけどさ・・・・。あんな奴に、世界の半分を壊せるくらいの国宝を渡しちゃってよかったのかなって思うんだ。僕の考えが間違いなんじゃないかなって」
「・・・・それは、凛君自らが決めたことなんですよね?」
「そうだよ」
そう答えると、しばらく沈黙が続いたけど、やがて声が聞こえた。
「誰でも、自分が決めたことが正しいかなんてわかる人はいないんです。わかるのは神様くらい。でも、自分で決めたことなんだから、自分を信じてみましょうよ。出した答えが、例え間違っていたとしても、それを正すチャンスはきっと来るはずです。そう信じればいいんです。人を信じるよりも何よりも、自分を信じないと何も始まらない。僕はそう思います」
「・・・・桜っち、何だか、正論を言うね?」
「あっ、いえ。正論って言うか・・・・僕が思ったことを言ったまでなので・・・・。凛君の気持ちも考えないで、勝手なことを言ってすみません。聞かなかったことにして下さい。そんなことより、湯船が冷めちゃいますよ。そうなると、風邪をひいてしまいます。急いで出て来てください」
「はいよ!」
亜修羅が聞いたら、「変な返事をするな!」と言われそうだ。でも、そう突っ込む亜修羅もいないんだろうなと思った。
少し寂しい気持ちになったけど、桜っちがいるんだからと思って、元気を出した。
お風呂から上がってパジャマに着替える。
すると、その柄を見ても思い出してしまう。亜修羅は、この柄も色も悪趣味だって言うけどさ、いいじゃないか。可愛いじゃん、ウサギ。それとも、亜修羅は動物が嫌いで、特にウサギに恨みでもあるのかな?
いや、それはないだろうね?うさぎなんて恨みを持つほど憎らしくないし、むしろ可愛い方だし・・・・。
色々考えて、訳がわからなくなって来たから、首を振ると、部屋に戻る。
「出たよ~」
「どうでしたか?」
「気持ちよかったよ、体もポカポカしてるしね。これで、やっと眠れる気がする」
「そうですか、それはよかった」
僕は、しいてあった布団に横になると、一分も経たないうちに眠ってしまった。
「凛君、起きて下さい」
朝の何時かわからない時刻に、僕は桜っちに揺り起こされた。
「・・・・今、何時?」
「朝の八時です」
「なぁんだ。まだ、よい子は寝てる時間だよ」
再び布団をかぶって眠ろうとする僕の肩を抑えて、桜っちが真剣そのものの顔で言った。
「まずいです、天変地異が起こってます」
「本当?」
「いえ、違います。ただの地震です。でも、この地震で北極の氷が壊れたことは事実です。そして、その波は温かい国に向かっているので、その国で氷が溶けて、一気にその国を襲うことがあるかも知れません。それに、この悪天候ですし・・・・」
桜っちの視線に合わせるように窓の外を見る。すると、台風が舞い降りて来たかのような悪天候だった。雷がゴロゴロと鳴り響き、風速は四十メートル以上ありそうだ。屋根が吹っ飛んでいる家も、そう少なくはない。それに、雨の粒は大きな雹のようで、当たっただけでも痛そうだった。
「それに、東北地方の方では、水気の少ない地面から順に、ひび割れが起こっているようですし・・・・。もう、これは天変地異としか言い様がありません。どのくらいの時間でこの地球の半分がなくなるのかわかりませんが、それも時間の問題でしょう」
「・・・・大変だ!」
僕は、やっと事の重大さに気がついて、慌てて起き上がる。その拍子に、布団が吹っ飛ぶ。
「どうすれば助かるかな?」
「多分、冥道霊閃の妖力を出していると言うことは、冥道の一番奥だと思います。そこで、それを操っている人物を倒せば済むと思います。しかし、そいつを倒しても、冥道霊閃の妖力と戦わなければなりません。それは、きっと死と直面するものだと思いますが・・・・」
「・・・・わかってる。自分がどれだけ重大なことをしてしまったのか。だから、その償いとして、命をかけるなら、それも悪くないと思う」
その時、この悪天候にも関わらず、来客が来た。最初は空耳かと思ったが、チャイムがせわしなく鳴っているから、空耳じゃないと確信した。
そう確信したら、早く入れてあげないと、吹き飛ばされるしまうと思ったから、慌ててドアを開けに行く。
僕が扉を開けると同時に、凄い雨と風が吹きつけて来た。そして、人が入って来たのを確認すると、閉め出されるのを嫌がる風を押しのけて、何とかドアを閉めた。
来たのは、亜修羅のクラスメートの子。この間、亜修羅を叩いた子だ。
「どうしたの?こんな悪天候の中で態々来るなんて」
「伊織君は・・・・?」
「修なら帰って来てないよ」
「どうしよう。私のせいだ・・・・」
「そんなことないよ」
必死で女の子を宥める僕に対して、桜っちはテレビを付けた。すると、丁度ニュース番組をやっていて、アナウンサーが次々と入って来る情報をせわしなく読み上げている。みんな、とつぜんの出来事に大慌てをしているようだ。
「どうしましょう?世界の端から崩れて来ています。このままで行くと、日本が無くなるのも時間の問題かもしれません!」
「桜っち、この人は任せたから。僕が蒔いた種なんだ。だから、この手で・・・・。この手で、世界を救ってみせる」
「凛君、ちょっと待って・・・・」
僕は、冥道霊閃がどれだけ強い妖力を持っているかなんて知りたくもないくらいに知っていた。その妖力は、上級の妖怪が百匹以上集まった力だと言われてる。でも、僕は戦うんだ。例え、僕が力尽きても、自分で蒔いた種くらいは始末して置きたい。ほぼ、願いのようなものだけど、そう思ってた。
僕が向かったのは桜公園。ここ周辺では、一番の面積と中心地点なんだ。冥道を開くには、わずか一センチでも、その倍以上の面積を要する。そうすると、人が通れるくらいの面積を作るのは、とてつもなく広い場所を選ばなくてはならない。それに、こう言う現象を起こすには、真ん中を崩した方がいいと言うことも知っている。だから、桜公園なんだ。
予想通り、冥道が開いているのは桜公園だった。普通の人には冥道は見えない。でも、いくら鈍い人でも感じるはずだ。この、死の臭いを。
僕は、開きっぱなしになっている冥道の入り口にたたずむ。向こうには、細い岩で出来た道と、宇宙のような不思議な空間が広がっているだけだった。
冥道。それは、死者が通る道。生きている者は決して渡ってはならない道。もし、渡ったならば、待つのは「死」のみ。
僕は冥道の前で犬神の姿に戻り、深く深呼吸をする。犬神になって、更に冥道の死の臭いが強烈に思えて来る。しかし、深呼吸をやめなかった。
「桜っち。もし、僕が帰って来なかったら、亜修羅のことは任せたよ!信じられるのは、桜っちだけだから。亜修羅・・・・、最後に会うことが出来なくて寂しいとは思うけど、これでよかったんだと思う。でなかったら、こんな風に思えなかったと思うんだ。ありがとう、二人とも」
僕は、誰もいない桜公園の中で小さく呟き、空を見上げた。しかし、生憎の悪天候。僕のことを、さっさと行けと促しているようだ。
体中に雨が痛いほどにぶつかって来て、体中がびしょぬれだ。風も強くて、吹っ飛ばされそうだ。
「わかってるって。行ったら帰って来れないってことがわかってるからさ。何だか勢いがつかなくて。でも、もう行くからさ」
心の声に近いような小さな声で独り言をつぶやくと、無限に続く冥道の道に一歩踏み込んだ。
これで、僕も死人だ。