魔界の国宝 冥道編 亜修羅捜索
全力で走って、十時前に佐々並森についたけど、心境は穏やかではなかった。きっと、僕が話した話を偶々聞いていた妖怪が冥道霊閃を欲しがって行ったことだと思う。僕が、そんなことを話さなかったら、亜修羅がそんなに危険な目に遭うことはなかったと思う。
ギュッと拳を握り締めて、唇もギュッと噛む。その時、後ろからついて来ていたはずの桜木君がいないことに気がついた。すると、上から白い紙がヒラヒラと降って来た。
それの内容は、ほとんど亜修羅の時と変わらなかった。ただ、人質の名前が桜木君に変わったところと、指定場所が違うだけ。その他のところは、全く一緒だった。時刻も、交換する代物も。そして、来なかった時の代償も。
十時になるまで、ほとんど時間がない。どっちを優先する?いや、それじゃ無理だ。どちらを助ける?どちらを・・・・コロス?
僕は、もうどうにも出来なくなって、ただ、捕まった二人に謝ることしか出来ないと思っていた。
その時、昔慕っていたお兄さんが言っていた言葉を思い出した。
「凛。もし、お前の大事なものが、一気に二つともなくなりそうな危機に陥っていたら、おまえはどうする?しかも、どちらも、引き換えの条件は同じで、時刻も同じ。違うのは場所ぐらい。わかりやすく言うと、どちらかを選ばなくちゃいけない時だったら、どちらを選ぶ?」
「うーーん、わからない。大切な物って何もないし、その大切なものの意味すらわからない。それなのに、どれを選ぶって言われても・・・・」
幼い僕は、首をかしげてお兄さんの意見を促す。すると、お兄さんは笑ってこう答えた。
「多分、今はわからないかもしれない。でも、いつかは大切な人や、仲間が出て来る。もしも、そんな大切な人が危険にさらされている時は、『みんなを助ける』んだ」
「でも、同じ時刻で条件は同じなんでしょ?どうやって二人を助けるの?」
「それは・・・・」
あれ、それは・・・・なんだったけな?大事なところで忘れちゃってるよ。うわぁーーー、僕のバカ!!とか言ってる場合じゃない。お兄さんのおかげで、大分気分が軽くなった。
しかし、答えはわからないままだ。えっと・・・・なんだろう?どうすれば二人とも同時に助けられるんだろう?
僕が偶々ポケットに手を入れた時に、何かが手に当った。それは、昨日桜木君がくれたビー玉だった。
もう片方のポケットに手を入れてみると、また何かが手に当った。取り出してみると、消しゴムだった。それは、前に亜修羅が勉強を教えてくれた時に返しそびれたものだった。と言うか、あげるって言われたから返さなくていいのか・・・・。
その時、消しゴムを包んでいた紙の下に、黒いマジックペンで何かが書いてあるのがわかった。それを剥がしてみると、消しゴムめいいっぱいに、「バカ」と書いてあった。その裏は、「アホ」
「何これ?」と思って、一瞬目を疑ったけど、亜修羅のジョークだなと思って笑った。
その時に、やっと閃いた。お兄さんが言った言葉。よく分からなかったけど、今ならよく分かる。
僕は両手の中の物をギュッと握ると、バッと開いた。さっきとそんなに大差はないけど、この二つの物に感謝を送ったつもりだ。
もし、大切な仲間が危機に陥っている時、どちらかを選ばなくてはならない時。その時は、命を懸けてでも仲間を守る。そして、仲間を信じることが大切なんだ。
そうお兄さんは言っていた。小さい時の僕は、大切な人の為とは言え、自分が一番大切な人だったから、他人のために命を懸けるなんておかしいと思ってた。
あっ、ナルシストじゃないからね!ただ単に、大切なものって何もなかったから想像つかなかったんだ。でも、今ならお兄さんの言いたかったことがよく分かる。
「待っててよ!今から行くから!!」
佐々並森中に響き渡るくらいの大声で二人に言葉を送った後、急いで佐々並森を出て行った。
そして、桜木君が捕まってるところへ行った。なぜなら、亜修羅なら大丈夫だろうと言う気がしてならなかったんだ。これは、信じる気持ちって言うんだよね。何だか、不思議な気持ちだよ。信じるって・・・・。
心から信頼するって、ここまで気持ちが楽になるんだね。
僕は、いつの間にか、亜修羅を信頼し切っていたようだ。だからこんな時も、か弱い桜木君の方を助けようと思えたんだ。ありがとう、亜修羅。そして、桜木君を信頼していない訳じゃないんだよ!
僕は、全速力を超えたスピードで走りながら、指定場所まで走り、残り三十秒と言うギリギリのところで指定場所にたどり着いた。
「遅かったな、犬神。国宝と仲間、どちらをとったのだ?」
「もちろん、仲間に決まっている」
「じゃあ、冥道霊閃をこちらに渡してもらおうか」
「いや、その前に、人質の安全を保障してくれ」
「ああ、人質なら生きている。こっちへ来い」
妖怪が手招きをすると、向こうのほうから体中をロープでグルグル巻きにされて、猿轡を噛まされている桜木君が仲間の妖怪に連れられてやって来た。何かを懸命に叫ぼうとしているけど、猿轡が邪魔で、まともに話せないらしい。
「人質のロープ等を全て外せ」
「・・・・よし、外せ」
そいつは僕の目を見てから、僕が本気だと悟ったようで、桜木君のロープや猿轡を外した。
「凛君、冥道霊閃を渡してはいけません。僕の命は何とかなります。しかし、冥道霊閃は・・・・その莫大な妖力を全て放出すれば、地球の半分は破滅するほどです。ですから・・・・」
「これが、冥道霊閃だ」
桜木君の言葉を無視し、冥道霊閃を渡すと、妖怪達は桜木君をこちらに押して寄越した。そして、気が変わらないうちにとでも思ったのか、さっさと退散して行った。
「凛君、君は世界滅亡を手伝った人にされちゃいますよ!いいんですか!!」
まくし立てる桜木君とは裏腹に、僕は穏やかな顔をしていた。
「世界が滅亡しようが、宇宙が消え去ろうが、仲間一人助ける為ならなんだってやる。だって、仲間を犠牲にして地球や宇宙を救っても、楽しくないでしょ?」
笑顔で問いかけられて、言葉につまる桜木君。顔が真っ赤になっている。
「すみませんでした。僕も少し言い過ぎたようです。両親の形見を渡すなんて、相当な覚悟がない限り、僕では出来ません」
「多分、両親は生きていると思うよ」
「でも、魔界の国宝を、得体の知れない人に渡すなんて、相当の決意が必要だと思います。それも、たった一人の仲間のために、凛君は、その重荷を一人で背負ってるんですから。実はあの時、とっさに『渡しちゃいけない』と言ったけれど、凛君が本当に渡さなかったら僕はどうなっていただろうかと思ってゾッとしてたんです。しかし、凛君は渡してくれました。僕と言うちっぽけな存在の為に、数多くのものを犠牲にして下さったんです。ありがとうございました」
桜木君に深々とお辞儀をされて恥ずかしくなったけど、その感情も、地球の壊滅とか、宇宙が消えるとか言う膨大な言葉に圧倒されて、すぐに無くなった。
「どうして急に佐々並森に来ようと思ったんですか?」
「実は、桜木君とは他の奴で、冥道霊閃を欲しがってた奴がいるんだ。でも、そいつとの取引はパーにしちゃった。だって、冥道霊閃を失っちゃったんだもん。そこに、亜修羅がいるって手紙に書いてあった。来なかったら殺すとも言ってた」
「じゃあ、何で僕のところに・・・・」
不思議そうな桜木君が僕の方を見ているけど、何だかあまり言葉が浮かばない。
「信じてたから・・・・」
しかし、なぜかそうつぶやいた後、勝手に言葉を話し出した。
「信じてたから、桜木君のところに来れたんだよ。あっ、これ、桜木君を信用していないとか、そう言う変な意味に結び付けないでね?全く違うから。桜木君のことだって、ちゃんと信頼してるよ?ただ、亜修羅の方が妖狐だから、安全かなと思っただけのことだから」
慌てて言葉を訂正する僕。桜木君は、ちょっと笑ってから前を向いた。その顔つきは、いつになく真剣だ。
「でも、どうしましょう?修さんは捕まったままなんですよね?」
「・・・・修のことだから、何とかなる!そう思ってる」
「えっ・・・・?」
指定された時間も代物もないけど、一応佐々並森に戻った。すると、いた。結構強い。中の上くらいの強さかもしれない。
「貴様、なぜ来なかった。それに、冥道霊閃はどうした?」
「それよりも、人質の方が先だ」
「人質なら、ここにいる。だから、さっさと冥道霊閃を渡せ」
「人質が動かないぞ。それは、本当に亜修羅なのか?」
僕の問いに、妖怪の表情が一瞬強張ったが、また余裕の笑みを浮かべだした。策があるのかな?
「そうだ、本物だぞ」
「じゃあ、触らせてくれ」
「それはよせ!」
妖怪の反応を見てわかった。こいつは、亜修羅なんか捕まえていない。きっと、幻術使いで、幻術で亜修羅を出しているんだろう。
「嘘ついたな?」
「・・・・」
「嘘言ったよな?」
「・・・・」
「正直に言えば、冥界送りは我慢するよ。どうなのさ?」
「はい、嘘をつきました」
「正直に言ったから、まだましなところに送るよ」
「冥界送りは我慢するって・・・・!」
「あんただって嘘言ったんだ。僕だって嘘を言ったんだよ!!」
嫌がる妖怪の前に冥道を開き、その妖怪を吸い込んだ。これで、邪魔者は一匹消えた。でも、そうしたら、亜修羅はどこに行ったんだろう?全く検討がつかない。
「でも、こいつが嘘をついてたんなら、本物の亜修羅はどこへ行っちゃったんだろうね?」
「どうでしょう?何だか、僕らはまずい状況に立たされていると言うことは、言わずと知れてますよね?国宝・・・・。それを凛君が持っているんですから、周りにいる人間にも被害が出ることでしょう。出来ることなら、人間との接触は避けた方がいいと思います」
「桜木君は?」
「僕はいいですよ。普通の人間じゃないんで」
「あのさ、桜木君。大変言いづらいことなんだけど・・・・」
「なんですか?」
僕の神妙なムードに圧倒されて、桜木君も、神妙なムードに染まる。
「・・・・『桜っち』って呼んでもいい?」
「・・・・なんでですか?」
僕の言葉を聞いた桜木君は、一分ぐらい黙っていたけど、やっとそれだけ言った。
「だって、何時までも桜木君じゃ固いから、『桜っちって呼んでもいい?』って聞いてるんだけど・・・・」
「言いづらい話と言うのは、そっち方面での言いづらいだったんですか?」
「うん」
僕の答えに、少し疲れた表情をする桜木君(本当は、もう桜っちって呼びたいけど、まだ承諾も得てないからさ)を、僕はせがむような目で見た。
「僕は構いませんが・・・・」
「やった!」
「それよりも、早く修さんを探す方が先決ではないかと思うんですけど・・・・」
「そうだよね。桜っちはどう思う?」
「僕の意見はと言いますと、修さんはどんなことを言っても、放心状態になるまでショックを受けることはないと思います。だから、あの放心状態の修さんは、さっきの妖怪が作り出した幻術だと考えたのですが・・・・」
「桜っち!凄いよ。頭冴えてるね!!」
桜っちのありがたい助言に、僕は激しく共感した。でも、そうすると、いつから亜修羅は偽者と摩り替わったんだろう?僕らが離れたのは、亜修羅がフられてから家に帰るまでの間。その間に、亜修羅に何かがあったんだ。
「桜っちの考えをどうぞ」
「そこで思ったんですけど、そうなると、いつ、本物の修さんと偽者の修さんは入れ替わったのかってことになります。そうすると、僕らが屋上から屋根に降りた時から、家に帰るまでの時間なんですよ。だから、その間に何かあったと考えられます。修さんってあんまり、人と話したりしませんか?」
「あんまり話さないと思うよ。あの通り、性格冷たいし」
「だとすると、さっきの妖怪を冥界に送ったのは、逆にめんどくさいことをしてしまったと考えることも出来ます」
「どう言うこと?」
何だか、雰囲気的に名探偵のオーラが出て来た桜っちに答えを望む僕。桜っちはわかるようだけど、僕にはさっぱり。
自分でも、頭悪いな・・・・ってよく思う。特に物を整理して考えるって言うところが最悪にダメ。
「まぁ、他の人と話す、話さないは別として、修さんは普段からあまり人付き合いをしない方ですよね?と言うことは、人とあまり接触しないと言うことです。そうすると、あの妖怪は、修さんの幻術を作り出すために、修さんと少し接触したと思います。なので、修さんと接触した時に、同時に捕まえたと言う考え方も出来なくはないんです。しかし、修さんの性格を考えると、その考えが一番確率が高いと思うんですけど・・・・」
桜っちの、名探偵並みの推理力には驚かされるばかりだったけど、そうなると、謎が一つ増える。それは・・・・。
「じゃあ、亜修羅はどこに隠されているの?と言うかあの時、本物の亜修羅がいたのなら、何で本物の方を出さなかったのさ?」
「居場所のことはまだわからないですけど、本物の修さんを出さなかった理由は明白です。それは、修さんには懸賞金がかけられていることです。だからあの妖怪は、修さんを差し出し、懸賞金を手に入れ、幻術で見せた修さんを囮に冥道霊閃を奪おうとした訳です。結構妖怪も考えてますね。もうちょっと単純な者達だと思っていたんですけど」
「あのさ、場所は?」
僕は、桜っちに全て任せることに決めた。僕が考えると、ここまで到達するのに、楽に一時間はかかるだろうから。
「凛君。君がここにたどり着いた時、十時何分前でしたか?」
「十分くらい前かな?」
「修さんは妖狐なので、月光の光はプラスになりますよね?」
「そうだよ。前にそんなことを言っていたような、言っていないような・・・・」
「断定した場所はわかりませんが、多分、この森からゼロ分から、二十分までに行ける距離にあり、月光が当らないような暗い場所か、地下室のような場所。それから、全然見つからないであろう場所ですね」
「何で、月光を浴びせちゃいけないの?」
僕が問うと、桜っちはニコッと可愛い笑みを浮かべた。
「最初に会った時、妖怪退治屋は、相手の力量を測ることが出来るんです。それを基にすれば、修さんの方が断然強い。だから、月光に当てないようにして、これ以上自分にかかる負担を重くしないようにしているんだと思います」
「秀才、天才、万々歳!!」
「あの・・・・それはなんですか?」
桜っちは、僕の発言に、ポカンと口を開けてこちらを見ている。おかしかったかな?
僕は、考えることが出来ないから、桜っちを精一杯褒めてあげようと思ったから、いい言葉を沢山並べてみたんだけど、ダメだったみたいだ。
「一応、褒めたんだけど・・・・」
「ああ・・・・えっと、ありがとうございます・・・・。試しに、探しに行きませんか?」
「もう十一時近いけど、出歩いて大丈夫?僕は妖怪だから平気だけど」
「はい。凛君がいるので大丈夫です」
「そっか。じゃあ、行こう!」
僕らは、そうして気を取り直して、亜修羅を探すべく、佐々並森から出た。