これは、一種のいじめです
俺が、足早に会場を出ると、それを見計らったかのように、もう一人男が出て来て、俺に話しかけて来る。
「もしもし」
「ん?」
話しかけられる声に聞き覚えがあった。しかし、あまりよく覚えていない。不思議に思いながらも振り返ると、さっき、グループであいつのことを話していた顔がいい奴だった。
「もしかして、覚えてないのか?」
「・・・・!?」
俺は、そう言われて、やっと思い出した。そんな俺の表情を見て、そいつは満足げに微笑み、どこからか白いハットを取り出して被った。その途端、ボンッと言う音が聞こえたかと思ったら、奴からモクモクと煙が出て来て、俺は咳き込んだ。
そして、忌々しげに奴を見据える。そこに立っていたのは、今朝学校で出会った怪盗だった。
「覚えててくれるなんて光栄だね」
「・・・・なんの用だ?そもそも、お前、聖夜に招かれたのかよ?」
「いいや。招かれていない。だけど、僕が必要だと思ったからさ」
「・・・・は?」
「聖夜君、誘拐されたんだろう?ダークエンジェルと名乗る者に」
「なんでお前が知ってるんだ?」
「まぁ、話すと色々長くなるんだけど・・・・まぁ、とりあえず、ここじゃ僕の正体を見られかねないし、屋上へでも行こうか」
「ああ・・・・」
こいつの正体がバレると、俺も色々と面倒な為、その意見には賛成する。
薄暗い廊下を歩き、電気のついていないフロアまで来ると、エレベーターの最上階のボタンを押して屋上まで上る。
屋上の鍵は、当然のことに閉まっていたが、なぜか、水斗がドアノブを捻ると、鍵がかかっていたことが嘘だったかのように簡単に開いた。
「・・・・お前、魔法使いなのか?」
「そんなことある訳ないじゃないか」
「じゃあ、能力を持ってる者なのか?」
「まぁ・・・・確かに。でも、今鍵を開けたのは、能力じゃないよ」
水斗はそう言いながら、白いマントをなびかせて屋上の柵に近付いて行く。俺は、何をするのかわからないが、とりあえず、屋上の扉を閉めてから水斗の方を向いた。
しかし、その時に見えた光景に、俺は思わず目を疑った。何を考えているのかわからないが、器用に柵の上に立っているのだ。少しでも足を滑らしたら、下に落ちてしまうと言うのに・・・・。
「お前っ!?そんなところから飛び降ちたら死ぬぞ!?」
切迫した俺の言葉とは裏腹に、水斗は楽しそうにすら感じる様子で笑っている。
「ああ、大丈夫だよ、心配しなくても。僕は死なないから」
「馬鹿!ここは、三十階なんだぞ!?いくら俺達妖怪だろうが、死ぬ!」
「まあまあ、そんなに慌てない、慌てない」
「とりあえず、ここから下りろ!」
「・・・・まぁ、君がそんな様子じゃ、まともに話も聞いてもらえないだろうし、それが正しいだろうね」
水斗はそう言うと、華麗な身のこなしで柵から飛び降りた。それを見て、俺は、やっと落ち着くことが出来た。
「全く、突然あんなことされたら、誰でも驚くに決まってるだろ?」
「それはそうだけどね、君なら理解出来ると思ったんだ」
「は?俺には、こんな柵から飛び降りようとする奴の気持ちなんかわからないけどな」
「じゃあ、お見せしよう」
水斗はそう言ったかと思うと、再び柵の上に立ち、今度は俺が止める間もなく飛び降りた。俺は、慌てて柵に駆け寄って助けようとしたが、その必要はなかったみたいだ。
なぜなら、水斗は落下することもなく、空中を自由に歩いていたのだ・・・・。