嫌な予感程当たるものです
「ここかな?」
「・・・・そうだね」
黒川君は、目の前にある大きな倉庫の扉をじっと見たまま動かない。僕は、そんな黒川君をじっと見ていた。何を考えているのかわからないけど、話しかけられるような雰囲気じゃないんだ。
「どうしたの?」
「えっ?」
「いやさ、なんだか俺の顔をじーっと見て黙り込んでるからさ。もしかして、緊張してる?」
「うっ、ううん。そんなことないよ」
「そうだ。もしもの時の為に、これ、渡しとくよ」
そう言って黒川君から渡されたのは、携帯電話と体育の先生とかが使っているような笛を渡された。それを受け取った時は、思わず首を傾げてしまった。
「携帯は、恭介にかける時に。その笛は、もしかしたらってこと」
「よっ、よくわからないんだけどな・・・・」
「まぁ、一応だからさ、そこまで心配しなくて大丈夫だと思うけど、もしもの時は、恭介に電話をかけて。『なんの用だ?』って言われたら、『黒船がやって来た』って言ってくれればいいから。そうしたら、絶対来てくれるから」
「うっ、うん」
「よろしく」
僕が戸惑いながらうなずくと、黒川君は少し複雑そうな笑みを浮かべた。その中には、色んな感情が含まれていて、それを全て読み取るのは不可能に近かった。でも、一つだけわかるのは、なんだか寂しそうなんだ。今にも崩れてしまいそうに・・・・。
「・・・・大丈夫?」
「えっ?」
「いや、さっきも似たようなやりとりしたけどさ、なんだかボーっとしてるよ?」
「気にしないでよ。うん、ごめん」
「・・・・やっぱり、ついて来ない方がいいかもよ。そんなぼーっとしてるんじゃ危ないし」
「大丈夫だよ」
「・・・・じゃあ、影に隠れてなよ」
「うん」
確かに、自分でもよくボーっとしてるなとは思ってた。自然と黒川君の心を読もうとしてるみたいだ。でも、どうしてそうするのかがわからない。
今まで色んな人と話して来たけど、こんな風に心を読もうとしてしまう人は初めてだ。だから、自分でもびっくりしてた。
黒川君の言う通り、こんな状態じゃ、僕は足手まといになるだけだ。だから、影に隠れて待機していると言う案については大賛成だった。
「じゃあ、もしものことがあったら、頼むね」
「・・・・うん」
黒川君は最後の確認のように言うと、倉庫の扉を開けて中に入って行く。僕は、黒川君の後ろに隠れるように進んで行くと、埃まみれになったダンボールが山積みにされている場所を選んで隠れた。
そこからだと、黒川君の様子や、烏丸とか言う学校の悪い人達のことも全部見えたから、黒川君の言う「もしも」と言うことがわかり易いと思ったんだ。
「やっと来たか・・・・随分と遅かったじゃねぇか。もう来ないと思ってたぜ?」
倉庫の奥にいた烏丸の生徒が、まるで黒川君を馬鹿にしているかのような態度で言う。しかし、黒川君はそれには動じず、凄く静かな声で言った。
「そんなことはどうでもいいです。それよりも、うちの生徒を返して下さい」
「なんだ?その敬語は?俺達、知り合いのはずだろ?」
「・・・・俺は、貴方なんか知りません。それよりも、生徒を返して下さい」
「そんなに自分の学校の生徒が大事かよ?」
「まぁ・・・・貴方よりは、自分の学校の生徒を大事に思っていますよ」
「ふんっ、それで、番長はどうしたよ?」
「恭介は忙しいので、副番長である俺が代わりに来ました。貴方ごときで恭介を頼るのは、俺が怒られますんで」
「・・・・くっ、言うじゃねぇか。生徒がどうなってもいいって言うのか?」
「何回貴方とやりあったと思ってるんですか・・・・。俺には見通しがついてます。どうせ、既に生徒達は無事ではないんでしょう?お仲間も一緒に出て来て下さいよ、こそこそしてないで」
黒川君がそう言った途端、それが合図だったかのように、倉庫の影から、数十人ほどの人達が出て来て、リーダーのところに集った。
その中の数人が、高徳中の制服の生徒を摑んで出て来たのが見えたけど、その子達は既に殴られており、気絶している状態だった。
「さすが、弟を倒しただけの実力はあるな」
「・・・・さっさとかかって来て下さいよ、こうやってすごしている時間がもったいない・・・・」
黒川君のその呟きに、今まで微笑みすら浮かべていたリーダーが歯を食いしばって黒川君をにらみつけた。その睨みは、普通の人では動けなくなるぐらい鋭くて怖いものだったけれど、黒川君は、全くそんな素振りを見せてなかった。
「俺を怒らせたお前が悪いんだからな・・・・いけ!!」
リーダーがそう言った途端、その仲間である人達が一斉に黒川君に襲いかかった。黒川君はそれを確認すると、フルートを左手に持ち替えて、今までずっと首にかけていたヘッドホンを耳に当てた。そして、軽快なステップで攻撃を避けて行く。
その鮮やかな動きは、普段の黒川君からは想像も出来ないほどのもので、妖怪相手でも通用するんじゃないかと思うほどだった。
「これで思い知りましたか?自分の弱さを」
「・・・・」
いつの間にか、立っているのは黒川君とリーダーだけとなっていたけれど、その間、黒川君は一度もフルートを使わなかった。ただ持っているだけで、フルートで殴ることも、吹くこともなかった。
「まさか、こんなに強かったとはな・・・想定外だったぞ」
「でしょうね。想定内であるなら、まず喧嘩を売らないでしょう。猿以下の馬鹿でない限りは」
「ああ、そうだな。でも、お前が強気でいられるのもここまでだ」
リーダーはそう言ったかと思うと、突然黒川君の後ろに回り込み、持っていたフルートを強引に奪った。
「どうして、武器として使えないフルートを持ってたのかは知らんが、これに何か秘密があるようだからな」
リーダーの思っていることが当たっているのか、黒川君は、今までの冷静さを失った。
「返せ!!」
「その様子だと、俺の想像は当たってたんだな・・・・。なら、絶対返すかよ!」
「返せ!お前自身が危ない目にあうだけだ!」
僕は、黒川君のその言葉が引っかかった。なんでフルートを奪われると、リーダーの身が危ないのかがわからないけれど、なんだか、とてつもなく嫌な予感がして来た。
自然と、黒川君からもらったケータイを握る力が強くなる。喉がカラカラに渇いて来て、心臓が激しく脈を打った。
そして、僕の悪い予感は当たった・・・・。