フルートは武器じゃない・・・・ですよね?
「このあたりでいい?」
「うん、ここでいいと思うよ」
「それじゃあ、食おうか」
黒川君はそう言うと、その場に座り込み、僕にお弁当を渡してくれた。僕もその近くに座ると、息を吐いた。
やっと落ち着ける場所に来れたと言う安堵と、それと同時に思い出した空腹で、なんだか力が抜けちゃったんだ。
「うーん、クリスマスだと言うのに、俺達何やってんだろう?」
「どっ、どうかしたの?」
「いや、ふと思っただけさ」
黒川君はそう言いながら、なんでもなさそうな顔をするけど、なんだか少し寂しそうに見える。もしかしたら、黒川君もクリスマスに何か嫌な思い出でも・・・・。
「別に、嫌な思い出なんかないよ。ただ、いい思い出もないから、空しくなっただけ」
「・・・・そうなんだ」
「でもまぁ・・・・なんなんだろうな・・・・」
そこで言葉を切ると、お弁当を持ったまま立ち上がって、屋上の柵の方に歩いて行ったから、僕も慌てて追いかける。
「こうやって楽しそうににぎわっている町を見下ろしてると、なぜだかわからないけど、心が空っぽになって虚しくなる。悲しい訳でもないのに、気持ちが沈むんだ。変な気分だよ、本当」
僕は、何も言えないまま、黒川君の方をじっと見ていた。僕には、黒川君の気持ちがわからない。だから、何も言えなかった。きっと、黒川君の気持ちは、悲しい訳でも辛い訳でもないんだと思う。それなのに空しいと感じることは、とても僕には理解しがたいことで、全くもってわからなかった。
お互い、何も言わずに町を見下ろしながらお弁当を食べていた。とても静かで、耳がキーンとなりそうなほど静かだった。
この場の空気が冬の冷たさに凍り付いてしまっているような感覚がする。
「・・・・さて、飯も食い終わったことだし、そろそろ巡回に戻ろうか」
「・・・・あっ、はい」
やっと我にかえって、慌ててうなずく。いつの間にかボーっとしていたらしくて、お弁当箱を見ると、空っぽになっていた。
「随分とボーっとしてたみたいだけど、大丈夫?」
「うっ、うん。ちょっと色々考えてて・・・・」
「なんだか悪かったね。俺の言葉を聞いて変な気持ちになっちゃったんでしょ?」
「そっ、そんなことないよ?」
「大丈夫。気をつかわなくていい。じゃあ、帰ろうか。こんなところでボーっとしてたら、おかしくなっちゃうし」
「そうだね、結構寒くなって来たからね」
今にも雪が降りそうな空を見上げながら、手を擦り合わせる。手袋をしてくるのを忘れたから、かなり冷たくなってきて、指先の感覚がなくなっている。
それは黒川君も同じようで、急ぎ足で校舎の中に入って行った。僕も後をついて行くけど、あまり変わらなかった。校舎自体がとても寒いのだ。
「そう言えば、黒川君ってどうして高徳中に通ってるの?」
「ん?そりゃ、何か悪いことをしでかしたからさ」
「えっ・・・・?」
黒川君のあまりにも曖昧な受け答えに、僕は思わず聞き返してしまった。もしかしたら、僕に教えたくないような内容なのかな?
「まぁ、俺も酷いことをしたから、ここに来たんだ」
「そうなんだ・・・・」
僕は、この話をこれ以上続けてはいけないような気がして、話を変えることにした。自分から聞いておいて悪いけど、なんだか聞いてはいけないような雰囲気だったんだ。
「そっ、そう言えば、佐川君と随分仲がいいみたいだけど、長い付き合いなの?」
「俺達、まだそんなに生きてないけど、きっと、そのうちの半分以上は一緒にいたと思うよ」
「そっか、だから、あんなに仲がいいんだね」
「まぁね。似た者同士だったからこそ、ここまで長い付き合いになったんだと思う」
「似た者同士って・・・・」
「おい、遊!」
僕が似た者同士って部分を聞こうと思った時、向こうの方から、さっき黒川君と仲良く話していた男の子達が走って来て、僕の言葉を遮った。
その子達は相当焦ってたらしく、僕らの目の前に来たはいいけれど、息が上がり過ぎて、中々言葉が話せないみたいだ。
「何かあった?」
「あっ、ああ・・・・。さっき、C組の奴らが・・・・」
「もしかして、また、喧嘩に行ったとか?」
「いや、人質にとられた生徒を助けに行ったんだ。でも、みんなボコボコにやられて・・・・」
「相手はどこ?」
「烏丸だ」
「・・・・烏丸」
黒川君は、呟くように言うと、ため息をついた。僕は、その烏丸とか言うところを知らないけど、黒川君の様子を見ると、なんだかめんどくさそうなところなのかなと思った。
「わかった。場所はどこ?」
「この近くの倉庫だ」
「なるほどね。で、向こうはどんな条件を出して来てる?」
「番長を連れて来いって・・・・」
「恭介か・・・・。まぁ、とりあえずわかった。陽介達はとりあえず、一年生にその場所に行くなと伝えておいてくれ」
「なっ、俺達は行っちゃいけないのか?」
陽介と呼ばれた男の子が言うと、黒川君は、ため息をついた後にヘッドホンを外した。
「そう。行くって言うなら、気絶させるぞ?」
「・・・・」
陽介君達は、少し怯えたような表情でうなずくと、黒川君は満足そうにうなずいた。
「と言うことで、俺はちょっと話し合いに行って来るよ」
「えっ、あっ、僕は?」
「ついて来たいの?」
「えっ、あっ、うん・・・・ダメだよね?」
ダメもとで聞いてみた。どうしてそんなことを聞いたかと言うと、黒川君だけじゃ、少し心配だったんだ。一応僕は妖怪と互角に戦えるから、そう言う奴らにも勝てると思うし、もしもの時は助けたいと思ったんだ。
「嫌だって言うと思ったけど、来たいなら来てもいいよ」
「えっ!?」
「そう言うこと。じゃ、行くから」
黒川君は僕のことを置いてさっさと走っていくから、僕は慌てて追いかけた。
「ねぇ、なんであの子達はダメって言ったのに、僕はOKだったの?」
「ん?意味なんかないよ。ただ、桜木君の方が強いと思ったからね」
「そっ、そうなんだ・・・・」
なんだか少しだけがっかりした気持ちにもなったけど、今はそんなことを考えてる暇もなさそうなので、忘れることにした。
「あっ、そうそう、忘れるところだった」
黒川君はそう呟くと、なぜか、楽器店の中に入って行ってしまった。僕は、なぜそうなったのかわからずに、その場に立ち尽くしていたけれど、黒川君は直ぐに楽器店から出て来た。その手には、なぜかフルートを持っていて、僕はさらに困惑することになった。
そんな僕の気持ちを察したのか、黒川君は面白そうに笑いながら言った。
「訳わかんないって顔してるけど、もうしばらくすればわかるから、とりあえずは行こう?」
「あっ、うん」
フルートをどんなことに使うのか全くわからないけれど、なぜだか、黒川君は絶対負けないだろうなと言う気持ちになった。