最低?
屋上での出来事の後、しばらくの間は固まっていたが、チャイムでやっと我に返った。
慌てて階段を駆け下りる。そして、教室に滑り込みセーフ。しかし、隣の席があいつで気まずい。最悪の席順だ。早く席替えしてもらいたい。
そんな俺のモヤモヤした気持ちは教師に伝わるはずがなく、ノロノロと訳の分からない英語が聞こえて来るだけだった。
普段なら楽に聞き取れる英語も、あんなことを言われて戸惑っていると、わからないものだ。
ボーッと授業を受けている時に、大勢の足音が廊下をバタバタと走って来る音が聞こえた。最初は気がつかなかった一同だが、音が大きくなって聞こえ始めたようだ。
教室がざわつく。そんなのは無理もない。授業中に廊下をあんなに音を立てて走ってるんだ。しかも、大勢で。そんなバカは、放っておくのが一番だ。
そんなことを考えて、恐ろしい事実に気がついた。その足音は、段々とこちらに近づいて来ている。そして、授業中の廊下をバタバタと大騒ぎで走るバカな奴と言ったら、一人しかいない。
いや、でも、学校に行っているはずだ。そんなことがある訳は・・・・。
俺の嫌な予感は的中し、ざわつく教室に勢いよく沢山の人のなだれが押し寄せた。その先頭は、凛と桜木だ。
あいつはバカじゃないと思ってたが、とんだ勘違いのようだ。
凛達の後ろからは、狂った男達が走って来る。
「た~す~け~て~~!!!」
凛達は、迫って来る男達の群れから逃げるように俺の後ろに隠れる。
おい、俺に身代わりになれって言うのか?何て酷い仕打ちなんだよ、俺は。
「何で一々俺のところに来るんだよ」
「だって、困った時は保護者に言いなさいって言うじゃないか!一番年上だから、保護者なの!!」
「何があったんだよ!?」
もう悩んでいるどころではなく、その時だけは麻痺した脳がフル回転することが出来た。
「実は、ちょっと色々あって、怒らせてしまったみたいで・・・・」
「そうだよ、何だかしらないんだけど、怒らせちゃったみたいで。助けてよ!」」
「俺に何をしろって言うんだよ!事情がわからないままじゃ、俺だってどうしようも出来ない」
口論する俺達を、ぼんやりとした表情で見つめているクラスメートと教師。しかし、追っかけて来た狂った男達は、闘争心むき出しだった。
「おい、お前、俺達の邪魔をするのか?」
「俺に話を振るな!事情なんか知らないんだからな!!」
その他にも、多々の言葉。事情を全く知らない俺を問い詰めて、こいつ等は頭がおかしいらしい。
「おい、お前ら。こいつ等は何にも知らないって言ってるんだ。ただの当てつけで言っているんなら、タダじゃすまないぞ」
「お前は、こいつ等の何者なんだ?」
すると、今まで俺に隠れていた凛が顔を出した。
「保護者です!」
「なら、責任を取ってもらおうか!」
そう言って、にらみつけて来る狂った男達が怖いのか、二人は俺を前に突き出し、自分は隠れる。俺だって、こんな奴等とやり合っていられる程暇じゃない。
「そもそも、お前の方が強いだろうが!」
「でも、めんどくさいもん」
そう言って、嫌がる俺を前に押し出す二人。
ちっ、仕方ない・・・・。
「・・・・お前等、いい加減しつこいぞ。こいつ等が何をしたのかわからないが、そんなにしつこくしていると、お前らの骨を粉々にしてやるぞ」
俺が一歩を踏み出して凄んで見せると、そいつ等は一歩引いた。
「なっ、なんだよ・・・・」
「去れ!さっさとこの場を去れば、俺はお前等のことを許してやる。そうでなければ、名誉毀損の罰で、お前等に刑を下す」
近くにあったロッカーを力一杯ではないが、叩く。その音が物凄く響いて、そいつ等は怯えて逃げて行った。
出来るだけ力を入れないように音を立てることにかなり苦労したが、どっち道壊れてしまった。
「いっ、行った・・・・」
「行きましたね・・・・」
二人は足の力が抜けたらしく、教室のタイルにガンと膝を落とすと、大きくため息をついた。
俺はどうしようもなくなり、とにかく動けないでいる二人を近くの男子トイレまで連れこんだ。そして、入り口の扉を閉める。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございました」
「・・・・怖かったよぉ~~」
そう言って、急に凛が泣き出すものだから、かなりビビッたが、何とか慰める。
「もう、大丈夫だと思うが、一応学校にいろよ。そのかわり、屋上でおとなしくしてるんだぞ」
凛達に言い聞かせるように言った後、少しだけ表情を緩めた。凛は、これを笑っていると言うのだが、俺はそうとは思わない。これは、あくまで微笑だ。
いや、微笑も一応「笑」と言う字を書くから、笑っているんだろうか・・・・?
すると、凛は泣きやんで、俺の方を不思議そうな顔を見ているけれど、つぶやいた。
「だってさ、本当に怖くて・・・・」
「だから、学校にいていいって言っただろう?」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます。もうすぐ高校に入ると言うのに、修さんに頼ってしまって、すみませんでした。自分達で対応出来るようにならないといけませんよね?」
「亜修羅さ、さっき、口調が優しくなったよね?いつもも、そう話してくれればいいのに」
「あれは特別だ。普段あんなフニャフニャなことを言っていたら、すぐにそこを突かれる」
「でも、本当にありがとう。身代わりになってくれて」
「さっさと行け!授業中に飛び込んで来たんだからな」
ありがとうと言われて、顔が少し赤くなる。それを隠すために、凛と桜木の背中を押して、男子トイレから出ると、屋上への階段の前に立たせた。
「俺は授業に戻るからな」
「うん、ありがとう!」
「ありがとうございました!」
二人は、さっきとは全く違う笑顔で手を振ると、屋上に向かって行った。
それからは、何とか適当に話をごまかして、何とか納得してもらえた。
そうして、やっと落ち着いて椅子に座ると、今度は女の言葉が俺の頭を締め付けた。それでわかったことは、俺には「自由」と言うものがないんだなと言うことだ。
そんな時、ふと思った。悩む必要もない。俺は妖怪だ。それをわかってあいつが言っているはずがない。だから、それを理由にすればいいんだ。それに、妖怪は人間と交わってはいけないことになってるしな。
そう決まったら、ウダウダ悩むのはやめて、行動に移すことにしよう。休み時間に言えばいい。それなら、時間もまだある。
しかし、時間と言うものは、嫌なことをすると言う風に思うとドンドン過ぎて行き、楽しいことをすると思えばノロノロと過ぎて行くと言う。全くその通りであった。
あっと言う間に時間が過ぎて、昼休み。
俺が屋上に行くと、女はやっぱりそこにいた。
「さっきの返事が出た」
「あっ・・・・」
女は驚いたような顔をしてから、顔を伏せる。
それを見て、俺はため息が出そうになった。
さっさと言って、早くすっきりしたかった。しかし、中々言葉が出て来ない。
女も、今度は屋上から出ることもなく、じっと地面をみつめて待っていた。
俺には、それが逆に堪える。
しばらくの沈黙の後、俺の口から出た言葉は・・・・。
「俺の正体を知って、そのことを言ってるのか?」
「・・・・うん」
「・・・・悪いが、無理だ。それが答えだ」
「そっか」
長い沈黙が続く。その時、カタッと何かが倒れる音がした。
そこで、俺は大変なことに気がついた。あいつ等を、屋上に行かせたことを忘れていたんだ。きっと、聞いてるに違いない。
「何でダメなのか理由を教えて?」
二人がいるとわかってて、この話を続けていられるほど俺は度胸がない。
「そんなこと、どうでもいいだろう」
そう答えた時、女が近づいて来たと思ったら、頬に衝撃が走った。
「最低!伊織君なんか、大っ嫌い!!」
そう大声で罵ると、女は屋上から出て行った。
言われ慣れているからあまりショックを受けなかった。しかし、なぜか心にモヤモヤが残った。