何とか乗り越えました
「二、三年はかなり危険だから、ここからは、静かに教室を覗いて行こう。こっそりと覗いて、異常があったら入って行く。そんな感じでやってくよ。さすがの俺も、無駄に戦いたくないし。めんどくさいから」
「わっ、わかった・・・・」
僕は、小声でうなずくと、出来るだけ音を立てないように歩き始めた。
教室の中では、大勢の生徒達がいるようで、色んな声が聞こえる。外から聞いた感じでは、楽しそうにやってるように聞こえる。でも、中を確認しなくちゃわからないよね・・・・。
音を立てないように、教室の扉を少しだけ開けて中を覗いてみる。すると、驚いたことに、未成年なのに、お酒を飲んでる人や、煙草を吸ってる人が見える。
僕が、何も言わずに黒川君の方を向くと、黒川君は首を振って、教室の扉を閉めた。
「あれは、あの人達にとっては普通。法律なんて気にしない。まぁ、早死にするのはあの人達なんだ。別にいいんだよ」
「でも、なんか罰せられたりしないの?」
「したさ。だけど、やめないんだよ」
「・・・・そうなんだ」
僕は、ため息をつきながら歩いた。何だか、あまりいい気分じゃない。法律も守れないなんて・・・・。
そんなことを思いながら廊下を歩いていると、ある教室から凄い音が聞こえて来た。ガタガタッと机のぶつかる音や、ワーワーと言う声が聞こえて来て、僕は思わずそちらの教室の方を向いた。
黒川君も同じように、その教室の方を向いていて、僕に合図をする。僕がうなずくと、ゆっくりとその教室の方に歩いて行った。
僕も怖かったけど、後をついて教室の中を覗いた。すると、案の定、二年生か三年生かわからないけど、取っ組み合いの喧嘩をしていた。でも、周りのみんなは楽しそうだ。
「・・・・止めなくていいの?」
「まぁ、喧嘩ぐらいで止めてたらキリがないからね。一方的に殴られてる訳でもないし、それに、凶器などを使ってなければいいんだ」
何だか、僕が思っている以上に、この学校はおかしいらしい。普通、凶器を使っていない状態でも喧嘩を止めるのが普通・・・・いや、凶器を使うこと自体おかしいけど。それなのに、凶器を使っていなければ止めないなんて・・・・危ないったらないよ。
僕がそんなことを思っている時、ある一人の生徒がナイフを取り出した。僕は、それを見て息を飲んだけど、黒川君はそれを見た瞬間、教室の扉を勢いよく開けた。
おかげで僕は、扉と言う支えを失って、床に転んでしまうことになったけど、その音で驚いたのか、みんなの動きが一瞬止まったのがよかった。
「何やってるんですか、先輩。刃物の持ち込みは禁止ですよ」
僕は、黒川君の声にかなり驚いた。だって、今まであまり感情のこもっていないしゃべり方しかしてなかったのに、今の声は、かなり怖かったんだ。それに、表情が笑ってる。今まで笑ってる顔を見たことないから、少し怖い。
先輩達も、黒川君の表情を見てなんとも言えない表情を浮かべてる。
「うるせぇな。お前には関係ないだろ?」
「わかりました。では、失礼します」
黒川君はそう言ったかと思うと、今まで首にかけていたヘッドホンを耳に当てた。何が起こってるのか僕には全くわからないけど、さっき黒川君に反発した生徒以外は、みんなが怯えた表情をして、その生徒に謝れと言い出した。
「もう遅いです。少しだけ、違う世界へ行ってて下さい」
黒川君がそう言って笑うと、そこの教室にいた生徒全員がひざまずいて、苦しみ出した。僕は、別に苦しむことはなく、黒川君にいたっては、まるで、音楽を聴いているかのように鼻歌まで歌っている。
しばらくそれが続くと、そこにいた生徒全員が気絶してしまった。
僕は、何が起こったのかわからなくて、黒川君の方を向くと、黒川君も、ヘッドホンを外して、僕の方を向いた。
「何やってたの?みんな、気絶しちゃったの?」
「そうだよ。気絶させた。こうでもしないと、大変なことになるからね」
「でも、どうやって?」
「うーん、特殊な音を聞かせて、まずは精神攻撃。それだけ」
「・・・・どう言う意味なの?」
僕は、黒川君の言っている意味が全くわからなくて、首をかしげるばっかりだった。特殊な音を聞かせる?うーん、わからない。
「俺が操れるのは、『音』なんだ。だから、特殊な周波数の音を特定の人物に聞かせる事が出来たりする。説明するのは中々難しいんだよ。だから、感じてみる?」
「えっ、あっ、いいよ!」
「大丈夫。悪い風にはしないよ」
そう言ったかと思うと、黒川君は、自分がしていたヘッドホンを、渡してくれた。僕は、恐る恐るそれを耳に当ててみた。聞こえて来た音楽は、とても穏やかな曲で、心が安らいで来た。
「わかった?」
「今のは?」
「俺が考えて即興で流した曲。ああ、もちろん、音楽プレイヤーとかにはつなげてないからね。ほら」
黒川君が指差す先は、音楽プレイヤーなどにつながれていなかった。と言うことは、黒川君は、ヘッドホンさえあれば、音楽プレイヤーなどなしで音楽を聴く、聴かせることが出来るのかな?
「そうそう、正解正解。じゃ、次行こうか」
「えっ、でも、この人達は気絶したままだけどいいの?」
「大丈夫。何時間か経ったら起きるでしょ。さ、行こう」
「えっ・・・・」
僕は、黒川君の言葉に驚きを隠せなかったけど、さっさと歩いて行ってしまう黒川君の後を、慌てて追った。気絶しているとは言え、あんなに怖い人達と一緒にいるのは嫌だもん。
「ああ、そうだった。回収回収」
黒川君は、思い出したかのようにナイフを取ると、気絶している生徒全員のポケットなどを確認して、他に危険なものを持ってないことを確認してから歩き出した。
「こうでもしないと、奪い返すのに大変だからね」
「そっ、そうなんだ・・・・」
僕は、苦笑いを浮かべながら、黒川君の後を追って校舎中を見回った。校舎を全て見回った後には、精神が物凄く磨り減って、疲れてしまった。
「そろそろ昼飯食べる?」
「あっ、そうだね。まだ、もらったお弁当食べてないし・・・・」
「そうだった。じゃあ、屋上で食おうか」
やっと休憩出来ると思って、僕はとても嬉しくなった。校舎を見回ってる途中で、朝ご飯としてもらったお弁当をまだ食べてないことを思い出したんだ。だから、食べたいなと思ってたけど、そんなこと言える雰囲気じゃなかったから、言えなかったんだ。だから、そんな話になって嬉しかった。
「そんなに嬉しい?」
「えっ?」
「まぁ確かに、朝から何も食ってないし、それに、あんなに気を張り詰めてたら疲れちゃうだろうしね」
「あっ、うん」
「悪かったね、強引に連れて来て。昼飯食い終わったら帰ろうか。今日は何事もなく終わりそうだし」
「わかった!」
僕は、出来るだけ嬉しそうなことをバラさないように言ったけど、嬉しそうなのがバレてしまったようで、黒川君は苦笑いを浮かべていた。
「ごっ、ごめんね・・・・」
「気にしないでよ。行こう」
何だか申し訳ない気持ちになって謝ったけど、黒川君は怒ってないみたいだからよかった。
僕は、安堵のため息をつきながら、黒川君の後を追った。