試練ってやつですか?
僕達がバスに乗った途端、みんなが僕達を避けるように道を譲り出したから、ちょっと驚きだ。多分、黒川君が高徳中の制服を着ているからかもしれない。みんなが僕らのことを見て、ボソボソと何かを言っている。
それが嫌で、僕はつり革に摑まったまま、目を瞑っていた。すると、黒川君が突然僕の肩をポンポンと叩いたと思ったら、風船ガムをくれた。
「いいの?」
「沢山持ってるし。周りの奴らの目なんか気にしちゃいけないよ」
「あっ、うん」
「まぁ、そう言っても、俺が近くにいるから桜木君もそう言う目で見られてるんだけどね。なんか・・・・ごめん」
「あっ、気にしないで。別に気にしてないし。それに、こう言うのは慣れてるからさ」
僕はそう言うと、差し出されたガムを食べるけれど、バスの中は飲食禁止かな?と思って、一回吐き出そうとしたけど、それも汚いなと思って、やっぱり食べる事にした。
「町中がクリスマスだね」
「そうだね」
「・・・・全く、やんなっちゃうよ」
「えっ?」
「ああ、気にしないでよ。独り言だから。あっ、降りるよ」
「うん」
うなずいた後、急いでバスを降りたけど、黒川君の言葉が引っかかった。クリスマスが嫌って、どうしてなんだろう?何か嫌な思い出でもあるのかな?
僕の場合、クリスマスと言う日を何をする訳でもなしに過ごしてたことが多いから、嫌な思い出と言うものはない。強いて言うなら、夜中に歩いてて、轢かれそうになったことぐらいかな?
僕が、チラチラと黒川君の方を見ながら歩いていると、その視線が気になったのか、黒川君がこちらを見返して来た。
「何?」
「あっ、ううん。気にしないでよ」
「そっか。ならいいんだけど・・・・もしかして、まだ着かないかな?って思ってた?」
「えっ、あっ、うっ、うん・・・・」
僕は、思ってもなかったことを指摘されて、一回首を振ろうとしたけど、そこでうなずいた方が都合のいいことに気づいて、急いでうなずいた。
「なんだ、それだったら言ってくれればよかったのに」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。確かに、うちの中学遠いからね。でもほら、もう見えて来た」
黒川君が指差した先には、確かに、建物らしきものが立っていた。・・・・でも、中学校には見えない。校門の壁には色んな落書きが書かれていて、校門も無理矢理こじ開けられたみたいにグニャグニャ。校舎自体も大分古びれていて、まるで、何かが出そうな感じの学校だ。
「・・・・怖そうだね」
「まぁ、みんなそう言うよ。俺はあんまりそう思わないけど」
「そっ、そりゃそうだよね、自分の通ってる学校だし」
僕は、さっさと校門を通り抜けて行く黒川君の後を早足になりながら追いかける。今から引き返せるものなら、本当は引き返したくてたまらない。でも、もう、ここに踏み込んでしまった時点で、僕は逃げられないんだなと自然と自覚した。もう、遅いんだって・・・・。
「あっ、一応これに履き替えて。みんな履き替えてないけど」
そう言って差し出されたのは上履きだけど、黒川君の言うとおり、上履きで歩いたとは思えないほど廊下は汚い。これを見る限り、ちゃんと上履きで歩いてるのは、本当に限られた人数の人だけだと思う。
「これから何するの?」
「とりあえず、あれだよ。見回り」
「・・・・えっ?」
「人が倒れてないかとか、喧嘩をしてないかとかを見回るんだ」
「今日はクリスマスだよ?学校には誰もいないんじゃないかな?」
僕がそう言うと、黒川君が深いため息をついた。それだけでわかる。みんな、なぜか登校して来てるんだね・・・・。
「登校と言うよりは、学校が居場所みたいなものかな?結構沢山来てるんだ。俺にはどうしてかわからないけどね。だから、とりあえず、見回りをするんだ」
黒川君はそう言いながら、近くにあった教室から見回りを始めた。僕は、何をしていいかわからないから、とりあえず、その後をついて歩いた。
黒川君が教室の扉を開けるたびに、僕の心臓は握りつぶされそうな感覚だったけど、段々慣れて来た。一階全ての教室を覗いたけど、誰もいなかったんだ。だから、慣れて来たんだと思う。
「大丈夫?なんか、顔色悪いけど」
「うん、大丈夫」
よく考えれば、ここの人達は凄い凶暴とは言え、妖怪よりは弱いんだ。だから、僕でもきっと勝てるはずだ。そう考えると、少しは気持ちが楽になった。
何回か深呼吸をしながら歩いていると、向こうの方から、高徳中の生徒らしい人が歩いて来た。その途端、さっきまでの落ち着いていた心が再び荒れ出した。心臓がドキドキしていて、息が苦しくなる。
黒川君はその生徒達に普通に挨拶をしてるけど、僕は、怖くて何も言えなかった。自分には気づかないで欲しいと思いながら通り過ぎようとした。でも、気づかれてしまった。
その生徒達は、ちゃんと制服を着ていなかった。学校にいると言うのに・・・・。それに、髪の毛は染めてあって、ピアスとかしてる。明らかに怖そうな人だ。
「お前、誰だよ?」
「あっ、えっ、えっと・・・・」
僕は、何とかかすれた声を出したけど、向こうには聞こえなかったみたいだ。
「なんだって?」
「あっ、ごっ、ごめんなさい!」
僕は、急いで謝った。もう、自分で何をしてるのかわからない。そんな僕の行動に、その生徒達は困惑した顔になったけど、今度は黒川君に話しかけているから、僕はやっと落ち着きを取り戻した。
「なぁ、こいつ誰だよ?」
「ああ、この子は、桜木明日夏君。桜道中に通う中学三年生だよ」
黒川君がそう言った途端、その生徒達の目つきが変わった。僕は、後ず去ろうとしたけど、一人の男の子に腕を摑まれて、後ろに行けない。
「お前、あの学校に通ってんのかよ?」
「はっ、はい、あの・・・・そっ、それが?」
「じゃあ、あの獣耳の人間のことは知ってんのか?」
僕は、何も言えなかった。嘘を言ったら殴られそうだし、本当のことを言ったら、僕の正体がバレちゃう。だから、何も言えなかったんだ。そんな僕を見越して、黒川君が答えてくれた。
「桜木君は何も知らないよ。ただ、そこの生徒ってだけ。じゃ、俺、そろそろ見回りに戻っていいか?」
「ああ、じゃな」
男の子達は、案外普通に僕らを解放してくれた。今見た感じでは、とても極悪な学校に通ってる生徒とは思えない。・・・・格好は結構、それっぽかったけど・・・・。
「案外普通だなって思ってる?」
「うん、もうちょっと怖いのかなって思ってた」
「多分、桜木君が思ってる人達は、先輩のことだと思うよ」
「えっ?」
「あいつらは、俺と同級生。一番下だから、あんまり暴れてないんだ。でも、二年、三年になったら、結構凄いのいるから、気をつけた方がいいよ?この間も、学校にナイフ持って来た奴いたし」
「えっ!?」
「でまぁ、それ振り回して大乱闘。おかげで何人か重傷負っちゃってさ、教室中血だらけ。まぁ、その時は恭介がいたからなんとかなったけどね」
黒川君の言った言葉は、僕の思っていた以上のことだった。それ、そんなにサラッと言うことじゃないよ!普通、そんな人が学校にいたら、学校なんかにこれないって!
「で、これから、その二年生、三年生のいる場所に行くから、気をつけてね」
「もしかして、今まで静かだったのは、一年生の教室だったから?」
「だね。一年生の教室や、図書室とかのたぐいだったから」
黒川君は平然と言い切るけど、僕は、そんな人の群れの中に飛び込みたくなんかなかった。だって、殺されかねないもん。さすがの僕だって、ナイフで刺されたら死んじゃうもん。
「黒川君は怖くないの?」
「・・・・あんまり考えたことないな。こうやって見回ってるのは、あくまで危険なことをやってないかとか、やってたら止める為だったりするから、怖いなんて考えた事ない」
「そうなんだ・・・・」
僕は大きく息を吐くと、窓の外を眺めた。階段はもう目の前にあって、そこを上ったら、僕はもう外の世界に帰れないような気がしたんだ。
「まぁ、何かあった時は俺が守るから。一応、強引に連れて来た訳だし」
「うっ、うん。お願い」
僕は、絶望的な気持ちで言うと、ゆっくりと階段を上って行った。