トランプは、みんなでやるのが一番です
「ほら、そっちの番」
「・・・・」
俺は、無言でカードを床に置き、ため息をついた。今は聖夜の部屋にいて、なぜか、こいつの遊びにつき合わされている。
今までの経緯を手短に話してみると、こうなる。まずは、聖夜の迎えに爺さんが来たが、聖夜は素直に帰ろうとせず、あろうことか、爺さんは俺がついて来れば帰るからついて来いと言って来た。最初は断っていたが、しつこく頼み込まれた為、仕方なくついて来てやったと言うことだ。
「お前、もう直ぐ十二時になるぞ?そろそろ子供は寝た方がいいんじゃないか?」
「子供扱いするな!僕は、二十四時間だって起きてられるんだぞ!」
「そう言う問題じゃない。俺は家に帰りたいんだ。本当は、さっさと帰るつもりだったのに・・・・」
「人の家まで来たんだ。ただで返されると思うなよ?」
「・・・・二時間もトランプやってて楽しいか?」
「たまには息抜きも必要だからな」
俺の考えとは違った返答に、思わず苛立つ。普通なら、肯定か否定のどちらかのはずだ。そして俺は、そのどちらを選ばれても怒るつもりはない。なぜいらだったのか。それは、楽しいとも楽しくないとも言わず、なおかつ、息抜き程度だと言われたからだ。
「楽しくないなら、俺は帰るぞ。あの爺さんにでも相手してもらえばいいだろ?」
「ダメだ。みんな弱過ぎて、話にならない」
「・・・・俺だってそこまで強くないぞ」
「でも、強い。僕をここまで唸らせるのは、普通では不可能だから」
それが本当か嘘かは別として、どうやら俺は、勘が働くからトランプも結構強いらしい。新たな発見だ。・・・・と言うことは、その他のものも強いのか?
「・・・・・どうした?」
「ババ抜きするぞ」
「は?何を突然言い出すんだ?」
「やらないなら帰る」
「・・・・自己中な奴だな」
聖夜の呟きに、思わず「お前こそな」と返しそうになったが、なんとかその言葉を飲み込むと、聖夜の正面に座った。そう言えば今思ったが、こうやってじっくりとトランプをするのは十年ぶりだ。何だか不思議な気分だ。
「ほら、特別に先にひかせてやる」
「・・・・いや、公平にじゃんけんだ。後で何か文句を言われるのは面倒だからな」
「しかたない・・・・」
聖夜は少しブスッとした顔をしたが、直ぐに真顔に戻った。じゃんけんの結果、俺が勝った。やっぱり、こう言う勝負は向いているらしい。
「どっちみち、そっちが勝ったじゃないか」
「これで公平だ。さぁ、始めよう」
聖夜は少し呆れたような顔をしたが、直ぐに真剣な顔になって、カードを引いた。
それから十分後、勝負はついた。やはり、俺の勝ちだった。ここまで何回かトランプをやって来たが、その全てに勝ってきた。その結果が腑が落ちないのか、聖夜はとても不満そうだ。
「・・・・いかさましてるだろ?」
「そんなことする訳ないだろ?さぁ、俺が勝ったんだから、帰らせてもらうぞ」
「なっ、ずるいぞ!勝ち逃げするつもりか!!それに、この勝負に勝っても帰っていいとは言ってないぞ!」
「俺が決めたんだ。じゃあな」
トランプをしまって聖夜に投げ渡すと、部屋を出ようとドアを開けた。しかし、目の前には、さっきの爺さんが立っており、俺の行く手を阻んでいる。
「伊織様、どうかお坊ちゃまのお相手をしてあげて下さい」
「はぁ?俺は家に帰るんだよ。ここに泊まってけって言うのか?」
これは、ほんのジョークで言ったつもりだった。それなのに、目の前に立っている爺さんは真顔でうなずくから、俺は言葉が出なかった。
「伊織様のお部屋の準備が出来たので、それをお知らせに来たんです」
なんなんだ・・・・。俺の知らないところでどんどん話が進んでいる。こうなったら、ここの家に泊まると言う選択肢しかないじゃないか。
「・・・・なんでそんなに勝手に決めるんだ?」
「まぁ、そう言うことだ。今日は、僕の気が済むまできっちり相手をしてもらうからな。覚悟しろ!」
聖夜はそう言うと、満足げに爺さんに微笑んだ。そして、なんとなく話が読めて来た。しかし、今更わかってももう遅い。俺は、聖夜のお守りをする羽目になってしまったんだ。
「・・・・何時までやるつもりだ?明日、学校ないのかよ?」
「大丈夫だ。冬休みだからな、学校なんかない。それにさっき、僕の気が済むまでって言ったんだぞ」
最悪に面倒な展開になって来たぞ。この分だと、俺はずっと聖夜につきあわされ、貴重な睡眠時間を奪われ、寝不足で昼を過ごすことになる。
どうしようかと色々と考えた挙句、苦し紛れの言い訳を考え付いた。しかし、こいつが許してくれるかどうか・・・・。
「俺は、明日学校があるんだよ、だから、早く寝なくちゃいけないんだ」
俺が考えた言い訳。それは、学校のことを持ち出すことだった。しかし、こいつが、明日学校があるからと言って早く寝かせてくれるとも限らない。だから、無駄な思い付きだったなと思った。
しかし、それはどうやら間違いのようだ。なんと、今まで絶対にカードを下ろさなかった聖夜が、カードを床に置いたのだ。
「・・・・そうなのか。それなら、仕方ないな」
「あっ、ああ。そう言うことだ。だから、俺はそろそろ・・・・」
「伊織様、こちらでございます」
俺が帰ろうと立ち上がった瞬間、待ち構えていたかのように、さっきの爺さんがやって来て、俺の腕を摑んだ。
・・・・どうやら、なんとしてでも俺をこの屋敷から逃がさないつもりらしい。
ここで一応説明しておくと、聖夜の家はとても広く、屋敷と言うに相応しいほどの広さだった。だから、もしかしたら、今俺の腕を引いているこの爺さんは執事かもしれない。家がこんなにでかいなら、執事くらいいるだろうと思ったのだ。
「ああ、言い忘れていたが・・・・」
突然聖夜の声が聞こえて来て、俺は思わず立ち止まってしまった。聖夜とは別れたはずだから、声が聞こえるはずがないのだ。それなのに、どうして・・・・。
「まぁ、そう言うことは気にしないでくれ。と言う訳で、明日学校に行くなら、僕も連れて行ってくれ」
「は?」
「だから、僕を連れて行ってくれと言ってるんだ。それが出来ないなら、今日は寝かさないぞ」
・・・・なんだって言うんだ、こいつ。言ってることが滅茶苦茶過ぎる。自分を学校に連れて行かなければ、今日は寝かせないだと?と言うことは、学校があるからと言う言い訳を承諾したのは、こう言う考えがあったからなのか・・・・。
「そんな滅茶苦茶が通ると思うなよ?」
「なら、今日は僕に付き合ってもらう」
聖夜がそう言った途端、今まで俺を部屋へと連れて行こうとしていた執事が、今まで来た道を戻り始めた。
「何するんだ!」
「聖夜様のもとにお連れするのです」
「・・・・わかったと言いたいところだが、どうやって教師をごまかすんだ?クリスマスの学校と言ったって、一応教師はいるはずだぞ?」
「そのあたりは気にしなくていい。だから、そっちがいいと言ってくれれば大丈夫なんだ」
俺は、その言葉にため息が漏れたが、仕方なくうなずいた。教師から文句を言われるだろうが、うなずいておかないと、聖夜は俺の睡眠を奪おうとしている。だから、仕方ないことなのだ。
「よしっ、決まりだな。それなら、今日はもう早く寝た方がいい」
「・・・・お前が言うなよな」
「それじゃあ、明日はよろしく頼んだぞ」
聖夜はそれだけ言うと、何度話しかけても何も答えなかった。
・・・・全く、随分と自己中な奴に気に入られてしまったようだ。面倒なことこの上ない。