天使と悪魔とでは、どちらが勝つでしょう?
「なんかあったのか?あいつ、心の中がからっぽだったぞ?」
「あっ、うん・・・・」
僕は、自然と竜君から目を逸らす。何も話さなくてもわかるかなと思ったんだ。僕の思ったとおり、竜君はため息をつくと、テーブルを指差した。多分、座れって意味だと思う。
僕が椅子に座ると、竜君はキッチンに行って、ケーキを持って来てくれた。
「まぁ、これでも食べて元気だせよ」
「あっ、ありがとう・・・・」
僕は、出されたケーキをちょこちょこ食べ始めた。さすがに、いつもみたいにバクバク食べる気持ちになれなかったんだ。
「そう言えばまだ、スケボーの件の説明してなかったよな?」
「うん、教えてくれると嬉しいな」
「まぁ率直に言うと、あれは、俺の力って言うより、物本来の力だな」
「えっ?」
「物って言うのは、本来自分で動くことが出来るんだ。いつも動かないのは、人間達に意思があると言うことを気づかせない為なんだ。だから俺は、物達に頼んで、浮いてもらったって訳だ。まぁ、普通なら聞き入れてもらえないんだが、俺の場合は、こっちも向こうの要求を呑んでいるから、別みたいだな」
僕は、フォークを皿の上に置くと、ため息をついた。
・・・・ほとんど意味がわからなかった・・・・。
「まぁ、意味がわからないのもわかるけど、俺も上手く説明出来ねぇんだ。こればっかりは勘弁してくれよ・・・・」
「あっ、ごめんね。別にそう言うつもりで言った訳じゃないんだけど・・・・」
「ああ、わかってるって。で、後、聞きたいことは?」
「あっ、そうそう!」
そう言って、ケーキをごくりと飲み込んだけど、大きい塊を飲み込みすぎてしまったのか、喉に詰まったような感じがした。だから、少しの間話すことが出来なかったけど、竜君は水を持って来てくれて、僕が話すまで待っててくれた。
「大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫。いつもあんまりケーキなんてもの食べないからさ、ちょっと嬉しくてね」
「それなら、もう一個食うか?」
「えっ、別にそう言うで言った訳じゃないんだけど・・・・」
「遠慮することねぇよ。俺達は、ケーキなんかいつでも食えるから、ほとんで減ってねぇんだ。だから、残りの全部食ってもいいぐらいだ」
「そっ、そう!?それなら・・・・」
僕は、そう言って慌てて口を塞いだけど、竜君は面白そうに笑いながらキッチンの方に歩いて行った。
さっきは、つい本音が出てしまったんだ。ここは一応人の家だから、遠慮しなくちゃいけないところなんだけど、僕は竜君の提案が嬉し過ぎて、遠慮と言うことを忘れちゃったみたいだ。
「遠慮しなくていいって言ってるだろ?食いたい時は食いたいだけ食えばいい。ほら」
竜君はそう言うと、ケーキの蓋を開けて、僕の方に差し出して来た。そこには、まだ切られた形跡のないホール型のケーキが入っていた。
「あれ?ケーキはみんなに分けたんじゃなかったの?」
「ああ、それは、また別のケーキだ。その様子だと、結構食いたそうだったしな、それ、全部食っていいぞ」
「ほんと!?・・・・あっ、いや・・・・うーーーん」
本当は、目の前にあるケーキを食べたかった。全部食べたかった。だって、一ホール食べられるなんて夢のようで、この機会を逃したら二度と食べられない気がしたんだ。
でも、そんな僕を抑えているのは、もう一人の自分。もう一人の自分の方は、「人の家のものなんだし、遠慮するなと言われても、遠慮するのが常識」と言ってる。所謂、天使と悪魔ってやつ?
僕の中の天使と悪魔の言い争いが始まる。
『今しか、こんな機会二度とないから、食べとこう!』
『でも、一応人の家だし、それに、そんなのバレたら、亜修羅に締められちゃうよ?』
『大丈夫だよ、その時は、言い訳でもすればいいんだから』
『でも・・・・それに、いくらケーキが好きって言っても、ホール一個も食べられるの?もし手をつけて残しちゃう方が失礼なんじゃない?』
『そんなの大丈夫だよ。全部食べればいいんだから』
この様子だと、悪魔の方が勝ちそうだ。僕は、机の下に手を入れると、左腕で右腕を押さえつけた。
「・・・・なぁ、そんなに我慢してると、体に悪いぞ?」
「だっ、大丈夫だもん!別に、ケーキを食べなくても平気だもん!」
僕がそう言うと、竜君は怪しい笑みを浮かべると、ケーキの箱を閉じて、僕の手の届かないところに持って行こうとした。
「じゃ、これは持ってくぞ」
「やっ、やっぱダメ!食べさせてください!」
僕が両手を合わせてお願いをすると、竜君は笑いながらケーキをテーブルの上に戻した。僕はもう、今度は躊躇うこともなくケーキの蓋を開けると、食べ始めた。
「全く、素直じゃねぇんだからよ」
「だって、僕の中でも色々な葛藤があったんだよ!」
「知ってるぜ、悪魔と天使だろ?」
そう言われて、僕は手を止めた。そうだ。ケーキのことで頭が一杯になってたけど、竜君は、人の心が読めるんだ・・・・。と言うことは、僕の今までの葛藤も全部理解していて、それでいて、ケーキを持って行こうとしたんだ・・・・。
「・・・・いじわる」
「いじわるじゃねぇよ。遊んだんだもん」
「・・・・何さ、その言葉遣い、僕の真似かい?」
「まぁ、そう怒るなって。ケーキ食ってるだろ?」
「うん、まぁ・・・・」
竜君にそう言われると、僕はもう、これ以上何も言えなくなって、黙り込むしかなかった。