告白
俺が仕事から帰って来た時には、二人は何とか眠っていた。しかし、俺の場所がない。
桜木は、遠慮するように縮こまっているんだが、凛は全く気にしていなくて、部屋のど真ん中で眠っている。
そんな風に入り口で観察していると、桜木の方が起き上がった。
「あっ、すみません。退きますね」
「いや、退いて欲しいのはこいつだ。容赦なくど真ん中を陣取っているんだからな」
「今まで何をしていたんですか?」
「依頼を片付けて来たんだ。内容は、色々だ」
「ああ、そうだったんですか。えっと・・・・メガネ、メガネ・・・・」
桜木は、漫画とかでよく見る、手で辺りを伺ってメガネを探す動作をしている。しかし、今は真夜中で真っ暗なところにあるメガネを探すのだから、仕方ないのだろう。
「あっ、あった、あった」
「凛につぶされてなかったか?」
「はい、大丈夫です」
「不登校ってことは、ずっとこの家にいるのか?」
「いえ、明日から一緒に学校行こうって。僕がついてるから大丈夫だって、凛君に言われたので行ってみようと思います」
「そうか」
「あっ、じゃあ、そろそろ帰ります。随分お世話になっちゃいましたけど」
立ち上がって、出て行こうとするが、何かに足を引っ掛けたようで、思い切り転んだ。バンッと言う音と、カタンとメガネがどこかにぶつかった音がした後、桜木は何とか立ち上がった。
「待て、その家は壊して来た」
「えっ!じゃあ・・・・」
「そのついでに、大家に金を渡して来たから、隣の部屋を使え。じゃあな」
まだ呆然としている桜木を追い出すと、ドアを閉めて、ついでに鍵も閉めた。
それから、仕方なく隅の方で丸まって眠った。
朝方目が覚めたから、隣の部屋に行ってみた。すると、ドアの鍵が開いていた。
「物騒だな」と思いつつも、ドアを開け放つ。中では、桜木がちゃんと寝ていたが、何もかけてさえいないから、布団をかけてやった。
出来るだけ小さな音を立てて扉を閉じるけれど、凛は起きてしまったようだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。それより、何でドアの音がすると目が覚めるんだ?」
「知ーらない♪」
「変な体質だな」
「別に、亜修羅には関係ないじゃん」
凛はそう言ってむくれると、驚異的な速さで眠りについた。その間、一秒もかかっていないだろう。
「バカな奴だ」
「バカじゃないもん!!」
俺の声が聞こえたように、凛は怒鳴ったが、寝言だったらしい。
こいつ、本当に眠ってても意識があるんじゃないか?
ふとそう思って、ゆっくり凛に近づく。そして、チョンと凛に触ってみた。しかし、起きない。こいつ、地獄耳って奴なのか?
凛の傍にいると、何をされるのかわからないので、取りあえず部屋の隅で予習をしていた。
六時頃、人の足音が聞こえたから覗いて見ると、桜木だ。
「あの、おはようございます。布団ありがとうございました。凛君は?」
俺は、無言で眠っている凛を指差す。桜木はうなずくと、部屋に帰って行った。
「ああ、全然眠れない。寝不足だよ」
「起きたか。さっき桜木が、凛をたずねに来たぞ」
「ああ、本当?制服のことかな?」
凛は、その悪趣味なパジャマのまま、寝ぼけ眼で部屋を出て行った。今日は、凛を起こすと言う大仕事をしないで済み、よかったと思った。毎朝死ぬ気で凛を起こさなくちゃならないのは、さすがにしんどいからな。
凛が出て行っている間に制服に着替え、学校に行く準備をした。いつもは朝食を作るところだが、昨日、凛に散々甘い物を食べさせられて、気持ち悪い。二日酔いと同じような感じだから、食べる気がしない。だから、あいつらの分もいいか。
そんなことを思いながら欠伸をしていると、ドアを凛が壊して飛び込んで来た。その後ろに、桜木もくっついて来ている。
「どうしよう!」
「どうした?」
どっちかと言うと低血圧だから、ボーッとしているところに、勢いよく飛び込んで来た凛をジトッとした目で見る。
「ボタンが一個付いてないよ」
「別に、ボタン一個ぐらいでそんなに騒ぐなよ。ボタンよりも、ドアが外れたことの方が一大事だろう」
玄関に立っている二人を部屋の中に追いやり、ドアを何とかくっつける。
「そうですよ、凛君。ボタンが一個ないぐらい大丈夫です」
「そっか。じゃあ、行こう」
「・・・・」
人の家のドアを吹き飛ばしたのに、どうでもいいことだったらしい。蝶番を何とか溶かしてくっつけたが、また、この調子で飛び込んで来られたら、このドアは使い物にならなくなるだろう。
最後にドアを閉めた俺は、出来るだけ優しく閉めた。
いつも通りに教室に入ると、自分の席に一直線に向かう。ここで、いつもなら女がうるさく付きまとって来るのだが、今日はやけに静かにジッとこっちを見るだけだった。
そして、一時間目が始まったのだが、最悪なことを思い出した。一時間目は数学だと言うことだ。
明らかに顔をしかめて教科書を出す。しかし、入って来たのは浅積とは正反対の奴だった。ハゲで、デブで腹が出てるってところは同じだ。しかし、顔つきが全然違い、浅積は素の変態顔をしていたが、こいつはお人よし顔。
まぁ、変態顔の教師に教わるよりはマシか。
「浅積先生の代わりとして、数学の教師をすることになりました。福森です」
女は何も言わなかったが、心の中では絶対に喜んでいるはずだ。あの変態の浅積が消えたんだから、俺も万々歳だ。
福森はしばらく自分の自己紹介をした後、数学の授業を始めた。それは、浅積と違い、かなりのローペースだが、誰にひいきすることも、いじわるすることもなく、わからなかったら丁寧に教えていた。
それから、チャイムが鳴るまでの空いた時間は、自分の笑い話をしていたが、俺は面白いとは思わなかった。
しかし、こいつは気に入ったことは間違いない。
二時間目は美術、大嫌いの大嫌い。何が嫌いって、全てが嫌いだ。教師も、絵も。全て何を含めても嫌いだった。
俺が嫌ながら、懸命に描いている絵を、あざ笑い、バカにした。美術の教師を殺したいと何回思ったことか。しかし、何とか堪えてここまで来たんだ。
しかし、今日だけは足を引っ掛けてやった。そうしたら、思い切りヒットして、盛大に美術の教師はこけ、その上に色とりどりの絵の具が降り注ぎ、パレットが上から降って来た。
みんな、美術の教師も嫌いなようで、その有様を見て、誰からともなく笑い出した。
「誰がやった!!」
「知りませ~ん♪」
「先生、ちゃんと足元を見ないとダメですよ」
「クックックック・・・・」
生徒に笑われ、真っ赤になる美術の教師。いつも生徒の絵を見て笑っている罰だ。その恥ずかしさを一生忘れるな。
美術の教師は奇声を発した後、美術室から続く準備室に入って行った。
「足引っ掛けた奴、ナイス」
「鬱憤を晴らしてくれて、ありがとう!」
「うわぁぁ~!!」
歓声があがる。誰が引っ掛けたのかともわからないのに、ひっかけた奴に対して喜んでいる。もちろん、俺は名乗り出るつもりはないが。
それからは、もう一人の美術の教師が教えたが、さっきの教師が戻って来ることはなかった。
めんどくさい美術の時間が終わり、休み時間になった。俺は、出来るだけ人目に付かないように階段を上って行った。
今日はかなり早く来たから、女もいないだろうと思っていた。しかし、女はいた。こいつ、いつも何時からここに上って来てるんだ?
「ねぇ、伊織君てさ、彼女がいるの?」
「・・・・」
「やっぱり、いるんだ」
「何でそう思った?」
「だって、桜道中学の文化祭に可愛い子と来てたから」
俺は、そこで納得した。桜道中とは、凛達が通っている中学のことだ。それに、女装をした桜木と一緒にいたから、こいつは何かを勘違いしているようだ。
「あいつは彼女じゃない。それに、女ですらない。ただ、知り合いに嫌が応でも着せられただけだ。勘違いするな」
「じゃあ、彼女じゃないんだね!」
「ああ」
めんどくさそうに聞こえるように言うと、立ち上がり、教室に戻ろうとした。こいつと二人きりでいるよりは、場所を移動した方がいい。
「わかった・・・・」
女は、口を結んでいた。俺は、これ以上こんな雰囲気に触れていたくなかったから、さっさと下りようとした時、女が決意をしたように、俺を呼び止めた。
「あのさ・・・・」
「・・・・」
「私、ずっと伊織君のことが好きだったの。私と付き合ってくれない?」
背後で言われているから、女がどんな表情をしているのか分からない。
「・・・・」
「返事はまた今度でいいからさ」
女が絶えかねたように言うなり、逃げるように屋上から去った。
俺は、しばらく屋上に立っていた。