最高の花火
「あのぉ・・・・」
「なんだ?」
桜木の手を引っ張って廊下を突き進む俺に、戸惑いがちに聞いて来る桜木。
「花火の置いてある場所って、どこでしょうか・・・・」
最もな質問に、思わず足が止まった。そうだ。凛は、花火が置いてある場所を一言も言わなかった。手伝わせたくせに・・・・。
「あいつ・・・・」
「あっ、放送室に戻っても、もう遅いですよ。ここの学校の校則では、放送三分前から鍵を閉めることになってるんです。それから立ち入りも禁止なので」
「あいつがそんな校則なんか守る奴だと思うか?」
「はい」
・・・・凛に対しての印象は大分違うようだが、とにかく、放送室の鍵は開いてるだろうと思い、階段を上って行ったのだが・・・・。
「やっぱり、閉まってますね」
「あいつ、本当に嫌味な奴だな」
「とっ、とにかく急ぎましょ」
桜木に言われて急いで探すが、見つからない。そして最悪なことに、呑気な凛の声が学校中に響き渡った。
「楽しかった文化祭も、そろそろ終わりの時間です。あっと言う間だったかと思いますが、楽しんで頂けたでしょうか?最後は、盛大にバコーンと行きますんで、花火班、よろしく!」
最後の方は、俺らに向けられた言葉だと思った。しかし、その大事な花火の場所を教えないで、どうしろって言うんだ。
「何が花火班だ!花火の場所も教えないくせに!」
「あっ、修さん。大声を出さないで下さい!」
俺が大声で凛に言ってやると、桜木が慌てて止めて来た。これぐらい、やったっていいんだ。花火の場所を教えないで、準備をしておけと言う奴がバカなのだ。
気が焦っていて気がつかなかったが、周りを妖気に囲まれていたことに、今気がついた。
「けんしょ・・・・」
時間が時間だから、躊躇わずに妖狐の姿に戻り、四方八方に並ぶ妖怪を次々と消して行った。
その時、自分の方で手一杯だったので、忘れている存在に気がついた。桜木だ。妖怪もそれに気がつき、そちらの方向に向かう。
それからは、スローモーションのようだった。人間よりも、十倍以上は強いはずの妖怪の攻撃を俊敏な動きでかわしていくのは見事だった。
「おい、桜木、お前も・・・・?」
「いいえ。ただ、特殊能力があるだけなんです。きっと、宗介君が言いたかったのはこのことだと思います。それより、さっさとやっちゃいましょう。こんな奴等」
こいつ、さっきまでおとなしかったのに、スイッチが入った途端、急に喧嘩っ早くなったな。でも、こいつはかなりいけるかもしれない。
「それでは、カウントを始めます。十、九、八・・・・」
いつの間にか、カウントに入っている。しかし、妖怪は大勢過ぎて、拉致があかない。
「七、六、五、四、三・・・・」
「僕が、三、二、一、に合わせて打ちますから、ゼロで何とかして下さい」
そう言うなり、桜木はどこから取り出したのか、銃を取り出すと、空に向かって発砲した。
バンッと言う表現が一番似ている音がして、白い光が花火のように上って行く。それから、二の声に合わせてもう一発。
「一、ゼロ!」
一で桜木が撃った球の後に、俺が真上に向かって炎を打ち上げた。それは、空で華麗に弾けると、下にいる妖怪に白い光と共に降り注いだ。
「ぐわぁぁぁ、焼ける・・・・」
「眩しい、眩しい・・・・」
炎に当った妖怪は、しばらく苦しんだ後にパラパラと灰になって消え、光が直撃した妖怪は、当った瞬間に消えた。
そうして、降り注ぐ炎と光に苛まれ、妖怪達は全滅した。
「お前、一体何者だ?」
「人間ですよ。ただ、少しだけ他の人とは違うだけです」
「そうじゃなくて、普通の人間が、なぜ妖怪と互角に戦えるのかってことだ」
「それは・・・・」
「桜木君は、妖怪だからだよ」
声のした方向を向くと、凛が制服をちゃんと着て立っていた。その顔には、「自分が言いたかったのに!」とでも言いたげな表情が浮かんでいる。
「人間なんだろう?」
「あれ、そうだっけ?」
「はい。人間ですけど、妖怪退治屋って知ってますか?それの養成学校に行ってたんです。ですが、それも卒業したので、人間界に帰って普通の生活をしていました。そしたら、宗介君に会って。それから、修さんにも会ったんです。でも、びっくりでした。修さんが妖怪だなんて・・・・。ずっと近くにいたのに気がつきませんでした」
「それを言うなら、こいつも妖怪だぞ?悪趣味妖怪」
「本当ですか?」
「まぁ、ね。妖怪なんだ。でも、何で言っちゃうのさ!こう言うのは、僕みたいなガラスの心を持った男の子には恥ずかしいことなのに・・・・」
「俺が、デリカシーがないと言いたいのか?」
「そう言うこと」
「ふざけるな」
凛を叩く。桜木は、それを不思議そうな顔で見ていた。
「僕は、妖怪退治屋の養成学校で、『妖怪はみんな、自分勝手でわがままで、お互い仲が悪い』と教わったんですが・・・・」
「自分勝手でわがままなのはこいつだ。それに、俺は凛に迷惑している。決して仲がよくなんかない」
「嘘つき!実は僕がいなかったら寂しかったりするくせにさ!」
「うるさい!お前なんか、ビービー泣く子供じゃないか。でかい体して」
「僕、亜修羅より大きくないから。誤解しないでよね」
「お二人の本当の名前は、亜修羅さんと、凛さんなんですね」
喧嘩する俺達を、冷静に観察する桜木。はたから見れば、変な連中だと思われるだろうが、それでもいいだろう。
「実は、話って言うのが・・・・」
凛が話し出した話は、とても最悪なことだった。そして、凛の神経を疑いたくなるようなものだった。
「おい、よく凛と普通に話せるな」
「ええ、まあ。家を燃やされたくらいで怒ったら、自分の命が危機に迫っている時も冷静でいられないだろうから、怒るなって教わったんです」
「だが、俺だったら、こいつを灰にするぞ」
「いいんです。何回も謝ってくれたので。それに、家は何とか直したんで。ちょっと住みにくいんですけど」
「おい、本当にこいつの家を燃やしたのか?」
「・・・・うん。だって、狭くて、ライターをいじくってたら燃えちゃってさ。だから、亜修羅・・・・」
凛がすがるような目でこちらを見て来る。凛がこんな顔をする時は、ろくなことを言い出さない時だと、俺は学んだ。きっと、まずいことを言われると思って、逃げようとしたところを、凛に必死で掴まれる。
「離せ、俺の家だって狭いんだ。俺が寝ている時に、何回蹴られ、殴られたと思う?もう一人増えるなんて無理だ!」
「だって、桜木君。不幸な子なんだよ?両親は交通事故で死んじゃうし、育ててくれたおばさんはバスに轢かれちゃって死んじゃって。そう来ると、桜木君を預かりたくないって。自分が死ぬのが嫌だからって、預かってくれる人がいなくて、その上、家が燃えちゃって。・・・・小さかったけどさ」
「最後の家を燃やしたのはお前だろう。それに、俺がこいつを預かるってことは、俺に死ねって言うのか?」
「交通事故や、バスに轢かれるくらいじゃ亜修羅は死なないでしょ?」
「大怪我するぞ」
「お願い!」
「・・・・」
無言で桜木の方を向く。そして、しつこくせがんで来る凛を見る。それからため息。
「俺の家は狭いんだぞ。どうやって寝るんだ?」
「だから、こうやって・・・・」
凛はしゃがむと、近くにあった木の棒で絵を描く。言いたいことはわかった。しかし、こいつは自分の寝相の悪さを把握していない。
「自分がこんなにおとなしくしてられると思ってるのか?こんなに離れてても転がって来るんだぞ」
「あの、いいです。その、家がありますから」
「直した家か?」
「はい。貧乏臭いんであまり見せたくないんですけど」
「そうだ!桜木君ね、犬小屋に住んでるんだよ!」
俺は、ゆっくりと桜木の方を振り返り、一言だけ言った。
「・・・・家に来るか?」
「いえ、大丈夫です。何とか生きていられますから」
余りにも桜木が哀れに見えて、何とかしてあげたいと思った。これじゃあ、中学生でホームレスじゃないか。
「いや、犬小屋よりは狭くてボロイ家の方がマシだろう。最悪は、隣の部屋も借りればいい。金さえ払えばいいんだからな」
「いえ、本当に慣れてますから。大丈夫です」
「犬小屋で寝泊りしてる奴をほっとく方が悪い」
多少強引ながらも、桜木を承諾させた。せめて、ボロボロの家に住んでいるんならいいが、犬小屋ではあまりにも可哀想だ。それに、凛が燃やしてしまってもわかる。
「ちょっと、まだ帰れないよ?文化祭の片付けがあるんだから」
「それを、俺も手伝えって言うのか?」
「うん」
凛の図々しさは百も承知だが、ここまで来ると、怒る気すら失せる。人の家に転がり込んで来たかと思えば、他人の家を燃やし、新しい住人を増やした挙句、文化祭の後片付けまで手伝えと言うのだ。
「俺は忙しいんだ。今日中にやっておかないといけない仕事が沢山あるんだからな。先に帰らせてもらう」
「僕が手伝います。それじゃあダメですか?」
「ありがとう!じゃあ、亜修羅、よろしく!!」
とことん凛のわがままに振り回されて、俺はどうなるんだろうと帰り道にしみじみと思った。