理解
あれから、俺は眠ることが出来なかった。明らかに起きているとしか言いようのない凛の動きによって・・・・。
「あれぇ、どうしたの?寝不足?」
「ああ。誰かさんのせいでな」
「誰かさんって、誰?」
「ここの家には、俺を除いてお前しかいないだろう!」
「だって、僕、何にもしてないもん」
さっきからそう言い張る凛に、俺は真夜中の出来事を話して聞かせた。しかし、凛が食いついたのは、全く違う場所だった。
「酷い!何で僕を窓から放り出すのさ。ここ、二階だよ?死んじゃうよ?いいの?僕が死んじゃっても!!」
「だから、夢だって言っているだろう。何回言えばいいんだ!」
「夢だからってさ、引き止めるくらいしてくれたっていいじゃないか・・・・」
「だから、そんな夢のことで泣くな!バカだな」
「バカじゃないもん。酷い・・・・」
夢で、凛を引き止めなかったからと言っただけで、凛は泣き出した。まるで、子供が泣くようにうるさい。何度も夢だって言ってるのに、全然聞く耳を持たない。
「だから、夢だって言ってるだろう。夢だからそうやって追い出したんだろう」
「現実だったら?」
「・・・・」
そう言われて、思わず黙り込んで下を向く。「絶対しない」と言い切れないからだ。
「やっぱり、追い出すんじゃないか!!」
「実際では追い出す訳ないだろう、凛がいなくなったら、それなりに寂しくなるし」
「・・・・本当?」
「ああ、きっとそうだ」
「でも、前にも、家に入れてくれなかったじゃないか」
一度止まった涙も、また流れている。ああ、こいつは本当にめんどくさいな。俺に恥ずかしいことを言わせたいのか?あれ以上の言葉、言えないぞ・・・・。恥ずかしくて。
「じゃあ、何て言えば泣き止むんだよ」
「もっと慰めて」
「は?」
「だから、もう少し優しく慰めてよ。親が子供を慰めるみたいに」
「無理だ。俺自身、親に優しくされたことすらないんだ。親が子供を慰めるって言うのが知らない」
「いいの!」
凛は、まだ泣いている。子供だな、体格のでかい子供。それ以上に言いようのない奴だ。
しばらくは、どんなことをすればいいのか迷って、耳が痛くなるのを我慢していたが、一向に泣き止まない。
「おい、文化祭に間に合わなくなるぞ」
「いいもん、文化祭なんて行かないもん」
凛は、すねて向こうの隅っこに歩いて行き、体育座りで座った。仕方ないから、とりあえず、適当に慰めようと思う。
「いい加減泣き止め」
出来るだけ優しい声で言った。言葉は全く変わっていないから、ダメなんじゃないかと思ったが、なんとか泣き止んだ。
やっとうるさい声から開放されて、自然とため息が漏れた。これでよかったらしい。
「・・・・おい、あんなんでよかったのか?」
「うん。優しさを感じた」
「どうして急に泣き出したりしたんだ?」
「知らないよ。なぜか無償に悲しくなったり時々する。その時は、何だか我慢が出来ないんだ」
「わがままな奴だな」
「わがままじゃないよ!亜修羅は慈悲の心を持ってないの?」
「慈悲の意味すら知らない。それよりも、さっさと文化祭に行くぞ。昨日は散々だったんだ。今日は遊ばせてもらうからな」
「あったりまえじゃん♪」
いつもの通りに戻った凛。こいつも、こいつなりに大変なんだろうかと思った。
「二日目はどんなことをやるんだ?」
「覚えてないよ。とりあえず、回っておけばいいよ」
「こんな気楽な考えの奴が、大変なんだろうか?」と、今さっきまで思っていたことを考えている途中も、凛に腕を引っ張られて外に引きずり出された。
こいつは体は華奢なくせに、物凄い怪力を持っている。きっと、本気で俺の腕を握ったら、俺の骨は折れるだろう。それぐらい脅威的だ。しかも、性格も面倒だから、こいつを敵に回して得なことは一つもないな・・・・。
そう感じていた時、背後で視線を感じた。とっさに振り向くと、老婆がいた。しかし、老婆の目は只者の目ではなく、明らかに妖怪であった。しかし、俺を狙う者の目じゃない。
すると、老婆は手招きをすると、クルリと後ろを向くと、そのまま歩いて行った。何だか、不思議な老婆だが、ついて行かないといけない気がした。
「おい凛、先に行っててくれ」
「・・・・わかった」
凛が学校に向かったのを確かめた後、その老婆の傍まで走って行った。そして、横に並ぶ。
「お主、凛の友達か?」
「友達って程の者じゃない。ただの知り合いだ」
「そうか。お主には言っておかなくちゃならんことがある。時間はあるか?」
「出来るだけ手短にしろ」
「そうか。じゃあ、まずは私のことを話そう。私は、見ての通りの妖怪だ。そして、犬神凛の祖母にあたる者じゃ。これから話すことは、凛のことなんじゃが、いいか?」
「手早くしてくれよ」
俺は、凛の婆さんにそう言うと、その場で立ち止まって、コンクリートに寄りかかって腕を組む。
普段なら、あまり関係ないような話を聞くようなことはないが、何か訳がありそうな話だったからだ。
「凛は幼い頃に両親を亡くした。それからは、私が育てて来たのだが、凛はいつも一人ぼっちだった。理由は、冥道を開くことが出来るから。冥道を開くことが出来る者は、大人になったら同じ種族の仲間に恐れられ、やがて殺される。凛の両親は、共に冥道を開くことが出来た。だから、恐れられ、殺されたのだ。幸い、凛はその事実を知らんのだが、冥道を開くことが出来るせいで、話すことも出来なかった。凛は、今まで人と話したり、一緒にいたりとしたことがほとんどなかったんだ。私も、冥道を開ける凛を恐れておった。それがわかっていたのか、私にも懐かなかった」
「そうか」
「しかし、凛はお主に出会った。お主だけは、自分を嫌わず、ずっと一緒にいてくれる。そう思ったようだな。だから、お主に甘えることがあるだろう。その時は、甘えさせてやってくれないか?子供みたいに、泣き出したりすることがあるかもしれん。その時は、優しく慰めてやってくれ。凛は、今まで誰にも甘えることなく生きて来たんじゃ。しかし、そろそろそれも限界のようでな。それだけだ」
俺は、閉じていた目を開くと、凛の婆さんに言った。
「随分長い話だったな。俺は、『手短に』って言ったぞ?」
「これが手短じゃ。そこら辺を理解してくれ」
「ふん、あいつの事なんか。これっぽっちも理解したくはないな」
そう言って、凛の婆さんの前から走って、凛の学校に行った。
本当に理解したくない訳ではない。しかし、何となく恥ずかしいじゃないか。理解したいと思うなんて、俺らしくない。
文化祭で大盛り上がりの校内に入ると、俺を見つけた凛が走り寄って来る。
「あっ、あしゅ・・・・修!」
「そんなにごちゃごちゃ持って走ってると、ずっこけた時・・・・」
俺が言い終わる前に、凛は石につまずいて転んだ。見てるこっちが痛くなって来るような転び方だった。
「うわぁっ、服がドロドロだ」
凛の服は酷い有様になっていた。アイスと生クリームと、キャラメルソースと、ドロが混ざって、明らかに変な色になっていた。
「そんなに両手に持ったまま走って来るからだろう」
「だってさ・・・・」
そう言いながら服を見下ろす凛。
子供・・・・か。そのまんまだな。
そう一瞬思ったけれど、直ぐに我に返って、凛を立ち上がらせようとする。
「早く立ち上がれ。邪魔だぞ」
「ああ、うん・・・・。はぐしゅん!」
「なんだ、それ?くしゃみか?」
「そうだよ」
「変なくしゃみすんなよ」
「わかった。まともなのに挑戦してみるよ。・・・・はぐしょん!」
「わかった、もういいから。保健室に行くぞ。そのままじゃ風邪を引くかもしれない」
変なくしゃみをする凛を引っ張って行った。保健室には、ちゃんと保健の先生がいて、苦笑しながら代えの服を渡してくれた。
保健の先生が苦笑する理由がわかる。普通、はしゃいだからって、もう直ぐ高校の奴が、服をドロドロにするだろうか?しないだろうな。だからきっと笑ったんだろう。
「亜修羅、さっき、僕に対して初めて笑ったよね?」
「・・・・笑っていない」
「いや、笑ったって。保健室に促している言葉を言った後、少し表情を緩めたじゃん。あれは、確かに笑ったと思うよ。それに、今だって意表を突かれた表情をしたよ?」
「意表を突かれた表情なんかしていない。それに、あれは、凛がバカだと思ったからだ。決して笑ってはいない」
「そうかな?亜修羅、口にはあまり出さないけど、顔は素直だから」
「とっ、とにかく、俺は笑ってない!」
「はいはい。そんな大声を出さなくても結構ですよ~~」
「そんな口を利いてるから、バカになるんだ」
最後の方は何とか勢いで押した。かなり焦った。実を言うと、かすかにだが、笑ったような気がする。でも、凛には秘密だ。
「それって、関係ないと思うけど?」
「俺が言いたいのは、バカな奴は何をしゃべってもバカだってことだ」
「ふん、バカバカって。バカにばっかりしてると、カバになっちゃうよ」
「俺は、元々狐だ」
「僕だって、元は犬だよ」
凛はそう言って胸を張るが、不意に視線を自分の着ている洋服に移した。
「なんかこの服、ダサいよね?」
「そうか?お前にはぴったりだぞ」
「僕がダサいって言うのかい?」
「いや、アホだって言いたいんだ」
「ふん、もういいよ。亜修羅となんか、回ってあげないから。他の子誘うもん」
凛は一人でいじけて歩いて行ってしまった。たまに甘えるかもしれないと凛の婆さんは言っていたが、ほとんどいつも甘えてるようなもんだぞ、凛は。
「じゃあな!」
「待ってよ、追いかけて来てよ!!」
凛が、止めない俺を慌てて追いかけて来る。いつもなら、うざいと思うところだが、凛の婆さんの話を聞いた後だったからか、少し嫌とは感じたが、ちゃんと理解が出来た。