これからを生きる糧となるもの
「こら、伊織、ボーッとせんで、授業に集中せんか!」
「ああ、すみませんでした」
俺は立ち上がると、悪いとも思っていないのに謝り、席についた。
すると、隣の席の女が話しかけて来る。
その女とは、言わずと知れている、しつこい女だ。
「一週間休んでたけどさ、どこに行ってたの?」
「・・・・別に、大したところに行ってた訳じゃないさ」
「えっ、そうかな?なんだか、一週間休む前よりも、大人っぽくなった気がするよ?」
「・・・・気のせいだ」
俺は、それだけ言うと、机の上の教科書に目を移す。
あれから一週間が経った。
あの後、朱音と優河は病院に連れて行き、無事に一命を取り留めた。
そして、これからどうするのかと聞いたところ、魔界に住むと決めたらしい。
神域にいては、お互い命が危ないからだろう。
凛はと言うと、しばらく寝かせていたら自然と目が覚めた。
なんで気絶したのかと聞いたが、本人はわからないと言っていたから、
それ以上深く聞かないことにした。
しかし、後に、桜木からあの不思議な空間の中にいる時の出来事を説明されて、
なんとなく納得したような気がした。
あいつは元々、人の生死に敏感なところがあるから、
幸明のことで興奮し過ぎて気を失ったんだろう。
そう言えば桜木は、森から外に出られないと言っていたが、普通に出られた。
そのあっけなさに桜木も不思議そうな顔をしていたが、
そのまま急いで病院に向かった為、どうしてそんなことが起こったのかはわからない。
しかし、俺の予想では、森の入り口を塞いでたのがあの女で、
あいつがいなくなったから通れるようになったのだろうと思う。
あくまでも俺の予想だから、正しいかどうかはわからない。
だが、そう思わざるおえなかった。
その後、魔光霊命や天命達の姿を見ることはなかった。
俺達は、気づかないうちに魔界に連れ戻されていて、
神域があれからどうなったのかはわからない。
でも、きっと、種族争いは起こらないと思う。
種族争いの元凶である幸明は罰を受けたし、あの森の霧も発生しなくなったからな。
結局、烈火闘刃の奥義を使わずに事が片付いてしまったので、
何だか複雑な気持ちだが、まぁ、別に、それもいいだろうとは思った。
種族争いの一見から一週間が経ったが、そう言えば、神羅の姿を一回も見ていない。
あれから結局、神羅の姿を見ないまま魔界に連れ戻された為、
あいつがどうなったかは不明だ。
だが、種族争いも終わったのだから、護衛として俺を護ることもない為、
魔界で自由に過ごしているんだろうな。
魔界の様子は俺達が飛ばされた時には、何事もなかったかのように元に戻っていた。
まるで、今までの地獄のような出来事が嘘だったかのように、
昔の面影を取り戻していた。
ただ一つ違うところと言えば、
大勢の妖怪が家族や友人を亡くし、涙しているところだった。
その光景がなくなれば元の魔界に戻り、
種族争いがあったと言う記憶も薄れてしまうだろう。
種族争いは、もうこれ以上起こることはないだろうが、
みんなには、種族争いと言うとても恐ろしい争いがあったことを覚えていて欲しい。
魔界の様子を見ただけでは信じがたいだろうが、
血で血を洗うような争いがあったのだと言うことを、
一つの歴史として覚えていて欲しいのだ。
もう二度と、同じ過ちが繰り返されないように・・・・。
その時、チャイムが鳴って六時間目の授業が終了した。
日直の号令とともに挨拶を済ませると、大きく伸びをする。
最近は妖怪として過ごして来たので、人間としての生活が退屈で仕方が無いのだ。
だが、心の片隅では、それもいいのではないかと言う気持ちになっている。
教科書を鞄にしまい、担任の話を聞いた後、ようやく教室を出ることが出来た。
俺は、さっさと階段を下りて靴を履き替えると、校門を出る。
「やっ!一緒に帰ろう!」
「お疲れ様でした!一緒に帰りましょう?」
「ああ」
二人の誘いに短い返事で答えると、歩を進める。
凛と桜木が、俺を間に挟んで会話をしていた。
それが、数週間前では当たり前のことだったのだが、
あんなことがあった後だから、なんとも言えない気持ちになる。
「・・・・だよねっ!」
「なっ、なんだ?」
「えっ、もしかして、聞いてなかったの?」
「・・・・まぁ、な」
「ちぇっ、なんだよ、全く!
こんな平和な生活を取り戻せるとは思ってなかったから、ボケちゃったのかい?」
凛の馬鹿にしたような言い方に思わずムカッとするが、
深いため息をついて、その言葉を受け流した。
「おっ、珍しいね、いつもなら、僕のことをボカボカ叩いて来るくせにさ」
「まぁ・・・・あんなことが起こった後なんだ。
お前にも優しくしてやろうと思ってな」
「め~ずらしっ!でも、その珍しさがいいよねっ!」
「やっぱり、こう言う平和がいいですよね~。癒されます」
「あっ、そう言えばさ、僕達、約一ヶ月休んでたはずだよね?
なのに、初めて教室に行った時に、
『一週間ぶり』って言われた時はびっくりしたな~!」
「お前、その話、ここ一週間ずっとしてるぞ。
お前こそ平和ボケしてるんじゃないか?」
「なっ、失敬な!僕はまだまだピチピチだよ!
・・・・と言いたいところだけど、何だかまだ許せちゃう気分!」
「それがきっと、平和がもたらす力なんですよ」
「そうだね、一件落着、一件落着!」
そんな凛の反応を見て深いため息をつくものの、自然と心は穏やかだった。
「そこのお兄さん方、ちょいと道をお聞きしてもよろしいですかな?」
突然後ろから声をかけられ、俺達は咄嗟に後ろを振り向いた。
そして、みなが驚きの反応を見せる。
そこにいたのは、行方不明だったはずの神羅だったのだ。
「お前・・・・久しぶりだな。今までどこに行ってたんだよ?」
「まぁ、色々とあって、中々族長殿のところに参上出来なかった次第でございます。
申し訳ございません!」
神羅は深々とお辞儀をすると、ゆっくりと顔をあげた。
「それでですね、ちょっとお話がありまして・・・・」
「なんだ?」
「種族争いが終わったので、俺が族長の護衛をする必要はなくなったんですよ。
だから、前期族長が、護衛の任務は終わりだって言うんですけど・・・・」
そこで神羅は言葉を切り、顔を伏せた。
何が言いたいのか、俺には検討がつかなかった。
「・・・・だからなんだ?」
「想像つかない?」
「あっ、わかった!」
「おおっ!じゃあ、俺の変わりに代弁してくれっ!」
「えぇ~~~~、まぁ、いいよ、言ってあげるよ。
多分ね、神羅は、寂しいんだと思うよっ!」
凛はそう言うと得意げな顔を神羅に向けたが、
神羅は全力で首を振っている。きっと、違うようだ。
「違うっ!」
「え~、違うの?」
「まっ、まぁ・・・・全くないとは言えないが・・・・まぁ、いいか。
あのな、俺は族長だからと言って今まで護衛をしてた訳じゃないんだ。
族長と言う人だからこそ、護ろうとした。護りたいと思った。
でも、種族争いが終わったら、俺は族長の護衛をしなくてもいいことになる。
だけど、俺はまだ族長の護衛でいたいんだ!
だから、これからも護衛として族長のことを護らせてくれないか!」
神羅は、そう大声で言って、俺に向かって手を突き出した。
俺は、なんて答えたらいいのかわからず、うろたえていた。
あの発言は、そんな大声で言うものじゃない。
なぜなら、普通の高校生が護衛なんているはずがない。
まぁ、金持ちならいそうだが、多分、執事とかそう言う感じだろう。
きっと、護衛とは言わない。
そう考えると、皆から不審な目を向けられるのではないかと思ったのだ。
俺の予想は大当たりし、下校途中の生徒が一斉に俺達の方を振り返る。
誰もしゃべろうとせず、まるで、俺達の会話に耳を傾けているようだ。
俺は、とにかくこいつらを連れてどこか他の場所へ移動しようと考えた。
まだ、護衛と言う単語くらいなら、上手く誤魔化すことが可能だ。
だが、これ以上核心に迫るような発言をされると、弁解のしようがない。
一刻も早く、こいつらをこの場所から移動させようと口を開く。
「おい、ここじゃ・・・・」
しかし、俺の声を遮るかのように、
凛が、神羅に負けないような大声で話を続ける。
凛のかん高い声と俺の声では、明らかに凛の声が聞こえ易いに決まっている。
悲しいことに、俺の声は、凛の声で、完全にかき消されてしまった。
「それはありがたいことだね。
本人、渋ってるように見えるけど、神羅に護ってもらってとても助かってるからさ、
これからもずっと護ってあげてよ!」
俺は、今だけは本気で凛を殴りたいと思った。
まぁ、確かに、神羅に護衛として護ってもらっていたおかげで死なずに済んだし、
今までよりも神経を使うこともなくなったので、疲れなくなった。
しかし、これとそれとは話が別だ。
今は、さっさと、こいつらを他の場所へ移動させなければ。
「おい、お前ら、この空気を読め。話の続きは家に帰ってからやれ」
俺は、それだけ言うと、三人の言葉も聞かずに腕を引いて帰路についた。
久しぶりに会ったと言うのに、
早速面倒なことを巻き起こして来た神羅を俺は複雑な気持ちで見ていた。
凛がいるだけでも大変なのに、神羅まで加わったらどんなことになるんだろうか・・・・。
そう思うと少し怖くなったが、にぎやかなのは嫌いじゃない為、
それぐらいは我慢出来そうだなと思った。