さよならは、いつも直ぐ近くにある
血だらけの優羅を背負い、歩き出そうとした時だった。意識を取り戻したのか、優羅がうっすらと目を明けた。
「やっと来たんですか・・・・遅かったですね」
「ああ、悪かったな。まだ、神羅は来ていないようだな」
「警官はどうしたんですか・・・・?」
「あいつらは、俺が全て消した。問題ない。だから、少し黙ってろ。うるさい」
「私は運ばなくていいですよ・・・・」
「・・・・」
俺は、無言で前を見据えた。そのまま、優羅が続ける。
「もう直ぐ神羅さんが来るはずです。そうすると、凛君、優河さん、朱音さんをそれぞれ運んでください。私は、ここで待ってます」
「・・・・それは、あつらを先に病院に連れて行って、お前は後回しにしろって言ってるのか?」
「ええ、そう言うことです」
「・・・・ここで、『待ってるんだな?』ここで、『死ぬ』んじゃないんだな?」
俺の発言に、優羅が黙り込む。それが、優羅の考えを物語っていた。
「お前は、ここで待つんじゃない。ここで死ぬつもりなんだ。そんなの、許す訳ないだろ?」
「しかし、二人を同時に運ぶのは、無理じゃないんですか?」
「・・・・無理でも、やるんだ」
俺は、目の前に倒れている朱音を左手で抱えると、何とか立ち上がる。後ろでは、桜木が、頑張って凛を運んでいる。
「・・・・神羅さんは、まだ来ないと思いますよ?」
「さっきは、直ぐに来るって言っただろ?嘘ついたのか?」
「ええ、そうですね。貴方が無茶をしないようにね。さすがに、三人を運ぶのは無理でしょう?」
「・・・・」
俺は、ため息をついた。どうして、こいつはこんなに・・・・。
「お前は、そんなに一人でここにいたいのか?」
「違いますよ、優先して助ける命を考えたんです。朱音さんは、まだ若いから死ぬには早過ぎる。優河さんも、朱音さんにとっては大事な人です。だから、死んではいけないんです」
「・・・・その言い方だと、自分は必要ないとでも言いたげだな」
「そうですよ。私は必要ありません。約束もろくに果たせないような奴が、どの面を下げて生きていけばいいんですか。必ず助けると言って助けられなかったのに、生きているのは・・・・」
「・・・・お前らの約束を、俺は知らない。だが、これだけはわかるぞ。朱音が必要としてるのは、優河だけじゃない。お前も必要としてるんだ。唯一血のつながりのあるお前をな。あいつは、相当な傷を負って来た。それなのに、お前まで失ったら、あいつは更に傷を負うことになる。もし、朱音のことを傷つけたくないと思うのならば、絶対に生きろ。そして、あいつの心を支えてやれ。それだけでも、あいつの心は大分楽になるはずだ。朱音を支える為に生きろ。生きている意味がわからないなら、そう思えばいい」
俺の言葉を、優羅は黙って聞いていたが、やがて、微笑みを浮かべると、大きく息を吐いた。
「そうですね、私もそうしてあげたいと思います。でも、それも、無理みたいです・・・・」
俺は、その声を聞いて、とっさに振り返る。今までのしゃべり方とは違い、ほとんど聞こえないほどの小さな声だったのだ。
「おいっ、死ぬな!お前が死んだら、こいつはどうなるんだよ!お前だけなんだぞ!」
「すみません・・・・でも、なんだか、とても体がダルいんですよ・・・・。まぶたも自然と落ちて来て、痛みも何も感じません・・・・。とても眠くて仕方がないんです」
優羅はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。俺は、慌てて優羅に声をかける。
「目を開けろ!俺の背中で寝るんじゃない!」
「・・・・すみません、でも、もう、動けないんです。こうやって口を動かす事が精一杯で、もう、体が動かないんです」
「そんなこと言うな!お前は・・・・」
「私を下ろして下さい、そして、優河さんを背負って、この森から出て下さい、そうしたら、みんな助かります」
「・・・・お前はどうするんだよ?」
「私は、もう・・・・死んでしまいますからね、病院に行っても助かりません。だから、私は置いていっていただいて構わないんですよ」
「だが・・・・」
「これは、私の最期の望みです。貴方は、死に際の人間の最期の望みを聞かないと言うんですか?」
「・・・・わかった」
俺は、そうつぶやくと、優羅を地面に下ろした。そして、優河を背負うと、顔を伏せた。
「そうです、それでいいんですよ」
「・・・・」
「どうしたんですか?歩いていかないんですか?」
そう不思議そうに問うて来る優羅の言葉に、俺は首を振った。
「一人でこの世界からいなくなるのは、とても寂しいことだろ?だから、せめて俺は、お前が生きている間は、お前の前に居続ける。寂しくないようにな」
俺がそう言うと、優羅は力なく笑ったが、直ぐに真顔に戻った。
「・・・・ありがとうございます。最初は、一人でこの世界から旅立とうとしましたが、心の片隅では、やっぱり寂しかったのかもしれませんね。こうして、貴方が傍にいてくれるだけでもありがたいんですから」
「お前は、本当に馬鹿だな。本当に・・・・」
「・・・・ええ、私は馬鹿でした。強がって嘘までついて、結果、死ぬことになるんですから。でも、貴方には、見透かされてしまうんですね。私の心が。おかげで、私は寂しくありません・・・・」
「もうしゃべるな。静かにしてろ」
「・・・・わかりました。そう言うなら、これだけ言わせて下さい」
優羅はそう言うと、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・・ありがとう」
俺は、無言でその言葉を聞いていたが、優羅がそれ以上しゃべらないのを確認して、近くにあった優羅の白衣を上から被せると、顔を伏せて歩き出した。どうか天国へ行けますようにと思いながら。