優しさは、時に、人のすさんだ心さえ変えることが出来る
「叔父さん、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だとは思うが、もしものことがあれば、助けに行く。だから、安心してくれ」
「はい、そう言ってもらえると、安心します」
俺達が話している間、優羅は森の奥へ歩いて行く。すると、突然、目の前に目的の人物らしき人影が現れて、優羅が立ち止まる。
「あなた・・・・誰?」
「私の名前は、優羅と言います」
「この森に何の用?私、ある女を消したら元の世界に帰ろうとしてるところなんだけど・・・・」
「その女性とは・・・・?」
「私の恋人を取った憎い女よ!どちらかが死んでも、一生愛し続けようって約束したのに、あの女が現れたせいで、彼の心は・・・・」
「なるほど・・・・とてもお辛い経験をなされたのですね」
優羅の優しい言葉に、今まで険しかった女の表情が、少しだけ緩んだ。多分、同情されて、少しは気持ちが楽になったのかもしれない。
しかし、俺にはそれが理解出来なかった。同情されても、なんにも嬉しくない。ただ、ふがいない気持ちになるだけだと思うのだが・・・・。
「お前は、同情されたら嬉しいか?」
「同情・・・・ですか?」
「まぁ、気持ちをわかってくれるってことだな」
「そうですね、気持ちをわかってもらえると言うことは嬉しいことです。亜修羅さんは、嬉しくないんですか?」
「嬉しくないことはないが、そこまで嬉しいとは思わないな」
「そうですか・・・・。あの、それは、『同情』と思ってるからじゃないですか?同情と思わないで、ただ、気持ちをわかってくれているんだと思えば、きっと嬉しいと思いますよ?」
朱音の言葉に、思わず黙り込む。確かに、言われてみればそうだ。同情と思うから嫌な気分になるだけで、気持ちを理解してくれていると思えば、嫌な気持ちにはならないだろう。
「確かにそうだな、言われるまで気づかなかった」
「あっ、すっ、すみません、偉そうなことを言ってしまって・・・・。そんなに偉そうなことを言えるような者でもないのに・・・・」
「いや、いいんだ。あんたのおかげで気づかせてもらった。ありがたく思ってる」
俺は、礼だけを言うと、再び優羅達の方に視線を向けた。この分だと、案外早く、女の気持ちをどうにか出来るかもしれないと思った。やっぱり、優羅に任せてよかったと思う。多分、俺があの女を説得しようとしても、中々上手くはいかなかっただろう。
「貴方も、この気持ちわかる?」
「ええ、私も以前、似たような経験をしました。その時はとても辛くて、私から大事な人を奪った奴をとても憎く思いました」
「そうよね?憎んで当然よね?」
女は確かめるように言って、自分でうなずくと、今まで宙に浮いていたのだが、地面に降りて来た。きっと、気を緩めたらしい。だが、俺達はまだ、気を緩めてはいけない。少しでも動いて物音を立ててしまったら、今まで優羅が説得したことが無意味になってしまう。
「ええ、憎んで当然だと思います。そんなことをされて、相手を憎まないのは、仏様ぐらいでしょう。普通の方なら、憎んで当然です」
俺は、その言葉を聞いて、思わず立ち上がりそうになった。まさか、優羅自身が、朱音を憎めと言ってるも同然じゃないか。
しかし、なんとか思いとどまると、優羅の次の言葉を待ち続ける。
「そうよね!」
「でも・・・・殺してしまうのはやり過ぎだと思います」
「えっ・・・・?」
「相手は憎い相手ですが、殺すと言う行為は、相手の命を絶ってしまうと言うことです。それは、どんな罪があっても、やってはいけないことなんです」
「どうして!?」
「なぜ・・・・ですか。そう言われると難しいのですが・・・・、貴方が苦しむと思うからです」
「えっ?私が?」
「ええ、気持ちが落ち着くのは、その殺した瞬間だけです。その後には、想像も出来ない苦しみに苛まれるんです。愚かですよね、我々人間と言う生き物は。一瞬の感情の高ぶりで、同じ生き物を殺してしまう。後に残るのは、どう足掻いても拭いきれない苦しみだけなのに・・・・」
「そんな苦しみ、私が感じる訳ないじゃない。そこまで出来た人間じゃないわよ、私」
そう言って笑う女の顔は引きつっていた。無理に笑おうとしているみたいだ。
「私は、そうは思いませんね。貴方と私では、力に差があり過ぎる。殺すなんて簡単なことでしょう。それなのに、貴方は私を殺さずに話し合いをしている。それが出来る人間は、人を殺してもなんとも思わないような人じゃなく、普通に苦しめる人なんですよ」
俺は、その言葉の意味があまりよくわからなかった。道理が通ってるのか通っていないのかすらわからない。ただ、妙に納得するような部分があった。矛盾していることでも、正しい事は、普通に思えてしまう。それと同じようなことなのかもしれない。
「だから、私は、もう、これ以上貴方に苦しんでほしくない。これ以上苦しんだら、貴方は壊れてしまいます。だから、殺すなんて野蛮なことはやめましょう?」
「・・・・」
女は、うつむいたままブルブルと震えている。それだけでは、怒っているのか悲しんでいるのかがわからなかった。ただ、女の発している霊気に、複雑な感情が混ざっているのはわかった。
その時、突然優羅が動いた。俺は、優羅が何をするのか全く健闘もつかなかったが、突然、その女のことを抱きしめた時には、思わず下を向いてしまった。横にいる朱音も、不意を突かれたようで、真っ赤になってうつむいている。
「憎むのをやめろとは言いません。ただ、殺すと言うことだけはやめて下さい。貴方が苦しむのは嫌です。だから・・・・」
優羅はそう言うと、女から離れた。その時にはもう、女の震えは止まっていた。あの時の震えは、怒りではなく、怯えだったのだとわかった。しかし、優羅は、それをわかっていて抱きついたりしたのだろうか?もしわかっていなかったら、随分と賭けに出たと思う。怒っていたのだとしたら、殺されかねないからな。
「ごっ、ごめんなさい・・・・」
女は、弱々しげにそう言うと、座り込んだ。なぜ謝るのか俺には理解出来なかったが、これ以上会話を聞くことは出来なかった。なぜなら、俺達の後ろから、警察と思われる大勢の足音が聞こえたからだ。