名前とは、その人と示す、とても大事なもの
「とりあえず、方法はなくもありません」
「あるのか!?」
「ええ、でも・・・・なんと言いますでしょうか・・・・幻に近いような感じですね」
「・・・・とは?」
「まぁ・・・・色々うやむやな感じなんですよ」
「・・・・それは、お前の言葉も含まれてるんだな」
「そんなつもりはないですよ」
俺はその言葉に、思わずため息が出てしまった。うやむやって、「その効果よりも、お前の言葉の方がうやむやじゃないのか」とツッコみたいところだが、この様子だと、こいつはそれを全く自覚していない為、俺は、これ以上この事について言わないことにした。めんどくさいことになりそうだからだ。
「まぁ、自覚がないのなら、それでもいい。で、幻に近い感じとは、一体どう言う意味なんだ?」
「えーっと、これはこれで、また説明が難しいのですが・・・・本当は、体は縮んでないのです。が、相手に幻を見せることで、縮んだように見せると言うことです」
「・・・・まぁ、なんとなくわかった」
「でも、私は魔法使いではないので、ただ幻を見せると言うことが出来ないのですよ。さっきも言ったように、薬品などを使わないと、幻を見せることが出来ないんです」
「じゃあ、薬品を使えばいいんじゃないか?」
「そう言うことになるんですけど、その薬品をかける物が必要なんですよ。その薬品は、人体に影響のあるものなので、体に直接かけると、大変なことになるので」
「おい・・・・それって、何か変なものじゃないだろうな?」
俺は、ふと、人間界で流れている裏の薬を思い浮かべた。確か、あれも幻覚や幻聴などを起こし、体に害があるはずだ。
「大丈夫です。貴方が考えているものとは違いますよ。あれは、体の中を蝕みますが、私が言っている薬品は、体の外に害が出る感じです。言って見れば、塩酸とかの類ですね。体にかかれば、火傷は必須でしょう」
俺は、笑顔でそんな恐ろしいことを言う優羅から飛び退いた。こいつは、塩酸以上に危ない奴だ。近くにいたら、火傷どころじゃ済まないと思ったのだ。
「・・・・お前、そんな危険な薬品を俺に使わせる気か!?」
「だから、私も落胆したんじゃないですか。貴方を危険な目に合わせたくないので」
「・・・・お前、演技してるつもりだろうが、十分に、現在の感情が顔に表れ出てるぞ。嬉しいんだろ?そんな危険な実験に付き合わせられる実験台がいて」
「何を言ってるんですか。私は、にこりとも微笑んでいませんよ」
俺は、優羅に鏡を突きつけてやりたい衝動を必死で押さえ、これ以上言っても時間の無駄だと思い、さっさと話を促す。
「まぁ、そう言うことなので、その薬品をかけるものを決めて、その薬品をかけたものを離さずに持っていれば、相手に幻を見せ続けることが出来るでしょう」
「そうか。なら、早速そうしてくれ。早くしないと、あいつはまた暴れそうだ」
「それで、ものは、何にするんですか?」
「ああ、かけるものか・・・・」
「出来れば、常に離さないものがいいと思いますが・・・・」
「じゃあ、この刀か?」
俺が常に持っているものと言ったら、烈火闘刃ぐらいだ。これだけは、いつも確実に持っている。
「そうですか。まさか、魔界の国宝を使うと言い出すとは・・・・まぁ、魔界の国宝なら、こんな薬品ぐらいじゃ、傷も付かないでしょうしね」
そう言って、優羅はさっさと懐から危ない色の薬品を取り出すと、とてもワクワクしながら待っている。
俺は、仕方なく烈火闘刃を渡すと、優羅は危ない薬品を普通に烈火闘刃にかけた。その途端、ジュワッと言う音がして、何事かと思って烈火闘刃の方をみるが、傷一つ付いていなくて、俺は大きく息を吐いた。
さっきの音は、油をひいたフライパンに、水を投げ込んだ時のような音だった為、物凄く驚いたのだ。
「大丈夫ですよ、魔界の国宝と言われているほどの刀です。これぐらいで破損することもないでしょう」
「お前・・・・刀の持ち主より、なんで平静でいられるんだよ。それの持ち主は、一応俺なんだぞ?」
「わかってますよ。さぁ、行きましょう」
「おい、どこに行くんだよ?」
「当然、護衛の方のところに行くに決まってるじゃないですか。その為に、ここまでしたんでしょう?」
そう言う優羅の言い分も最もだとは思うが、こいつの場合、言い方が悪いのだ。あんな言い方をされては、素直にうなずけない。
「とりあえず・・・・」
「行くんだろ?神羅のところへ。わかってる。と言うか、お前、人の名前をちゃんと呼べばどうだ?神羅のことも、『護衛の奴』としか言わないし、俺に対しては『貴方』としか言わない。それじゃあ、不自然だ」
「そんなことはないですよ。私は、生まれた時から今まで、人の名前など覚えたこともありませんし、呼んだこともありませんから」
そうサラッと言ってのけるこいつは、まるで、昔の自分のように思えた。
昔の俺も、人の名前を呼ぶなんてことは全くせず、覚えるなんてこともしなかった。ただ、取引相手と思うのと、獲物と思うだけの二つに一つだった。
しかし、人間界に来て、あいつらと出会って、俺は変わった。名前をちゃんと覚えるようになったし、呼ぶようにもなった。ただ、それをあまりにも簡単にやってしまっているから、よく考えたことがなかったのだ。
優羅の態度を見て、昔の自分と似ていると思わない限り、俺は昔、人を名前で呼ばず、獲物としか捉えていなかったと言うことは忘れていただろう。
「ほら、行きますよ。あんまり野放しにしていると、彼はこの地獄監獄の出口を知りませんから、変な方向に行ってしまうはずです」
「・・・お前に原因があると思うのは、俺だけか?」
「そうですね。私は何も悪くないですから」
俺は、優羅の平然とした言い方にため息が漏れ、それと同時に、一気に疲れも出て来た。