文化祭
とうとう、嫌な予感がした文化祭当日。俺はあまり眠れなくて大変だったと言うのに、凛はと言うと、呑気に枕を抱えて寝ている。
その幸せそうな顔を見ていると、邪魔してやりたくなるが、ぐっと堪える。いくら飛んだり跳ねたりしたって、こいつは起きるはずがない。そして、下にいる住人に文句を言われるだけだ。
九時から文化祭が始まるらしい。生徒は、七時に行って、最終準備を行うらしいが・・・・。六時の現在。凛は未だに深い眠りについている。本当に、こいつは文化祭に間に合うのだろうか?
しかし、起こさなくていいって言ったのは自分だしな。
と言うのは昨日・・・・。
「七時に行くことになってるんだけど、僕のことは起こさなくていいからね」
「何でだ?」
「いいの。絶対七時五分前には起きるから」
・・・・と言うことがあったのだ。だから、凛を起こさずに、観葉植物のように、ずっと見ている。しかし、凛は起きるどころか、寝返りすらしない熟睡よう。これじゃ起きないだろう。最悪は起こしてやろうか。
その時、六時五十五分になった。すると、今まで熟睡していた凛が起き上がった。
「ほらね?」
「ああ、そうだな。じゃあ、いつもそうやって起きてくれ。俺も毎朝起こして大変なんだ」
「ダメだよ、これは相当感情が高ぶってないと出来ないんだから」
「ほら、さっさと行って来いよ。後五分だぞ」
「何言ってんのさ。亜修羅も来るんだよ」
「・・・・そう言うことか」
「あっ、バレてました?」
「とっくの昔だ。でも、今更断っても遅いよって言われそうだったから言わなかっただけの話だ」
「やった!人数が足りなくて」
「それで、凛のクラスはどんな出し物をするんだ?」
俺が聞くと、凛は思い切り顔をしかめた。この表情、しっかり心構えをしておかないと。変なことを言い出す時にする表情だ。
「メイド喫茶」
「何てマニアックな・・・・」
「しかも、男女、係反対なんだよね・・・・」
「・・・・まさか」
俺がゆっくりと凛の方を振り返ると、凛は目を逸らした。俺の考えがイエスってことを表している。そんなの、いくら手伝いとは言え、俺は死んでも嫌だぞ!
「俺は行かない。一人で行って来い」
「そんな、見捨てないで!!お願いだからついて来て!本当にお願い!!」
「俺は、そんなことをするぐらいなら、死んだ方がマシだ。むしろ、積極的にそっちを望むぞ!」
「もう、わがまま言ったり、いびったりしないから!」
自分がわがまま言っていたり、からかったりいびっていたりしていたことはわかってたみたいだ。まだわからないよりはマシだが、わかっていてやるのも気分が悪い。そして、そんな凛に振り回されている自分も腹立たしい。
「どんなことがあっても行くか!例え、永遠の命が手に入ると言われようが、一生遊んで暮らせる分の金をあげると言われても、死んでも嫌だ!!」
「でも、僕が地獄の底まで追いかけてやるから・・・・」
そう言われて、不意に悪寒が走った。
「・・・・わかった。じゃあ、行くから、それ以外の仕事させろよな。させた時は、即刻クビとは言わず、首だ」
「わかった。じゃあ、行こう♪」
凛に手を引かれ、嫌々ついて行く俺。前を歩く凛は、鼻歌まで歌っている。これは、完璧にさせられるだろう。
「僕の学校は、ここだよ」
そこは、明らかに、今日は文化祭をやるとわかった。なぜなら、校門の上に大きなアーチがあって、それが校内に続いていて、その一番最初に文化祭って書いてあるんだ。これを見てわからない奴は、子供以下だ。
「そうか。見れば、誰だってわかるはずだ」
凛は、細かく学校の場所の説明をし、最後に自分の教室に入った。中は電気がついていて、人の熱気が凄い。みな、感情が高ぶって、興奮しているからだろう。
「おーい、みんな、注目!!昨日、僕が手伝いに来てくれる人がいるって言った、その人」
「その人って言い方ないだろう、無理やりつれて来たくせに」
「ここから少し遠いところにある高校に通ってる、僕のお兄ちゃん。修って言うんだ」
「おい、勝手に人を兄に・・・・」
隣にいる凛に愚痴を言っていると、今まで沈黙を流し続けていた凛のクラスメートがうわぁと一気に叫びだした。
そのうるささには、凛まで耳を塞いでいる。俺も、もちろん耳をしっかりとガード。
すると、抑えていたその腕を誰かが取り、俺をどこかに連れて行った。
「おい、どこに連れてく気だ?」
「宗介から聞いてないんですか?うちの出し物は、男女逆転のメイド喫茶だって」
「・・・・」
「その着替えに行くんですよ。教室の中にはほとんど男子がいなかったでしょう?それは、衣装合わせをする為。最後の衣装合わせを」
「・・・・」
「どうしたんですか?」
「どうもこうも、無理やり手伝わされて、何で女装なんかしなくちゃならない!」
「えっと・・・・」
俺がそいつにまくし立てていると、廊下の方から足音が聞こえる。凛の足音だ。大体それぐらいはわかる。
「修、僕もやるから。お願い!あっ、英助は向こうに戻ってていいから。修には僕が頼み通す」
「わかった」
二人は勝手に会話を交わし、連れてこうとした男の方は帰って行った。残るは、俺と凛だけ。
「本当にお願い、どうしても・・・・」
「どんなことすんだ?」
「内容は比較的簡単だよ。ただ、洋服を来てオーダーに答えるだけ。女の子が後ろで作るから、僕らが被害者に・・・・」
「凛もやるんだよな?」
「当然。人手が足りないんだから」
「わかった。でも、なんでそんなことをすることになったんだ?進んでやる訳ないだろ?」
俺の言葉に、凛がため息をついて説明をしてくれたのだが、あまりにも長いから、俺が短縮して説明をすると、実は、隣のクラスと喧嘩をしたらしく、その時に、クラスメートの一人が、「お前等なんか、俺達が女装したって勝てるな!」って言ったのが始まりらしく、本人たちは冗談のつもりが、隣のクラスの奴等が校長に言って、可哀相なことに、こんなことをする羽目になったらしい。
それにしても、校長も、よくこんな訳のわからないことを承諾したと思うだろう。校長いわく、「面白ければ何でもいい」らしい。それに巻き込まれるこっちの気持ちにもなってくれ・・・・。
「何で俺が巻き込まれるんだよ?学校の問題に、俺は関係ないだろ?」
「いいって言った時点で、契約されてるんだよ」
「じゃあ、終わったら遊ばせろよ?それぐらいの権利は俺にもあるよな?」
「もちろん!でも、残念だけど、今日は遊ぶこと出来ないからね。その代わり、二日目は思い切り遊ぶことが出来るよ!まぁ、二日目に遊んだ方がラッキーだから。我慢して!」
「・・・・ああ」
もう投げやりに答えた。何を言っても避けられない。そうわかっているからだ。なら、明日、沢山遊べばいい。俺にしては珍しいプラス思考で行くことにした。
「おお、宗介!!と、隣にいんのは誰だ?」
「僕のお兄ちゃん!」
「随分顔が違うな」
「まぁね」
「再び聞くが、何で、俺がお前の兄貴になってるんだ?思い切り違和感を感じるんだが」
「そう?僕は別に普通だけど」
平然と凛は言い切るが、俺は全くそんな風に流せない。
と言うか、クラスの奴等も、どうして、兄がこんなことをするのを止めないのだろうか?凛と思考が似ていて、道連れにしようとしているのだろうか?
そんな俺の気持ちには全く気づかずに、凛は、先に教室の様子を伺うと、手招きをして来た。教室の中は、さっきの熱気とは明らかに違い、冷たい空気が流れていた。みな、自分の女装姿に呆然としていると言った方が相応しいのかもしれない。
「はい、修」
「・・・・」
それは、やはりメイド喫茶だからだろうが、メイド服。それを見ると、明らかに気分が不快になる。しかし、凛はと言うと、普通な態度だ。こいつ、そう言う一面もあるのか?
もし、こいつがあるとしても、俺はそう言う一面はないのだ。巻き込まれる俺は、悲劇としかいいようがない。
「ああ、言っとくけど、僕が普通なのは、こう言うのに慣れてるからってことで、決してそう言う意図は無いんでね。頼んだよ」
凛は、いつも俺の考えを見透かす。心の声まで聞かれるのかと思うほどだが、違うようだ。何となくの勘らしい。
それにしても、慣れてるって、どう言う意味だろうか?そう言う一面がないのなら、どうして慣れる必要がある?
頭の中が疑問で一杯な俺を無視して、凛が再び話し始める。
「あっ、それと、着替えが終わった人は、第一理科室に行って。そっちに女子がいるから。そこでメイクしてもらって」
「おい、聞いてないぞ。メイクまでするのか?」
「当然。それとも、素の顔でやりたいの?知り合いが来た時、バレたら恥ずかしいどころじゃないでしょ?」
「ああ、それもそうだな」
凛の肩に置いていた手の力を抜くと、改めてメイド服とにらめっこをする。しかし、いくらにらんでも、服には効果が現れるはずもなく、仕方なく着替えることにした。
いつもなら、魔法とかは信じない俺だが、今だけは、魔法が使えたらよかったと思った。自分の姿を消して、この場から去れるから。
しかし、そんなことが出来るはずもない。そんなことを考える自分が哀れに思えて、ため息をついた。
何が悲しくて、朝っぱらから女装なんかさせられるのか。そして、なぜ一日中着ていなくちゃいけないのか。
「なぁ、凛のクラス、人数少ないな」
「ああ、本当は倍くらいいるんだけど、隣のクラスに吸収されちゃって」
「どう言う意味だ?」
「向こうもこっちと同じ喫茶点なんだけど、違う点は『メイド』じゃなくて『イケメン』」
・・・・あんまり変わってないような気がする。内容的にはかなり変わっているが、全体を見ると、変な方向に傾いてるぞ、この学年。
「断然、女装よりも男のままがいいと言う人がいてさ。みんなそっちに行っちゃった。この学校はね、文化祭で一番の売り上げを記録したところには賞品がもらえるんだ。それを目当てに頑張ってるんだけどね。隣のクラスが強敵で・・・・」
「俺も、女装をするくらいなら、向こうに行きたいと思うぞ」
「ダメだよ。だって、もう遅いもん」
「・・・・はぁ」
俺は、凛の話を聞きながら着替えていた。そして、呆然とした。違和感が無いのだ。髪が短いのが少し変だが、それ以外は一切無し。それに、呆然としてしまった。
実を言うと、勝負とかが大好きな俺は、そこで話をやめた凛に続きを話してもらいたくて、簡易の試着室のような場所から出て来た。
「それで、どうなるんだ?」
「えっと・・・・毎回向こうの・・・・」
動きが一時停止したように止まった。少しの沈黙の後、凛は戸惑いながらも話を再開させた。しかし、目線は俺の上下をずっと往復し続けているのだが・・・・。
その視線が何を言いたいのか、とてもよくわかる。しかし、言ったら無傷じゃ済まさないぞ。
「クラスが勝っちゃうから、今年は最後の文化祭だし。さらに気合を入れて行こうってことで」
「なら、何でメイドなんかにしたんだ?向こうと同じ『いけめん』とかにすればいいだろう?そっちの方が平等だ」
「もしかして、亜修羅。勝負とか賭け事、大好き?」
「ああ」
「それに加えて、女装が大嫌い?」
「誰でもそうだろう」
「別に、そこまで嫌がることはないと思うんだけどな・・・・」
その発言を聞いて、やはりこいつはそう言う一面があるのだと確信した。普通の男なら、俺ぐらい嫌がるのが普通だ。しかし、こいつは平然としている。決まりだ。
「まぁ、仕方ないからやるさ」
俺の答えに安心したように、凛が自分も簡易の試着室のようなものに入って着替える。
俺はその間、目の前にある等身大を映す鏡で自分の姿を確認していた。
ああ、俺の顔は女に似てるから違和感がないってことなのか?悲しすぎるぞ、そんな事実。
鏡を見ながら心でそんなことをつぶやいていると、肩をポンッと叩かれた。
「じゃっ、行く?」
早々と着替えて来た凛も様になっていた。元から少し髪が長いところもあって、これじゃあ女に間違われるのが当たり前かもしれない。
第一理科室では、男が椅子に座って、女が化粧をしていると言う妙な組み合わせが沢山あった。
「誰か、空いてる人いるかな?二人」
誰からとも無く視線がこちらへ向けられる。その目は・・・・何とも言いたくはなかった。自分が自分じゃなくなるような気もするしな。それに、大体想像がつくだろ?
「えっと、こっちが・・・・」
向こうの端っこの方で、声と指が見えた。
「あっちだってさ」
「見ればわかる」
「そんなに怒んないで。これから、修の大好きな勝負が始まるよ」
手が挙がった方向に向かい、空いている席に座る。たまたま、凛も隣だった。
十分後、俺は完全に女になってしまった。もう、服を着替えて、化粧を落とさない限り、男である証拠を示せる物はない。俺は、このまま男としての自覚を失ってしまうんじゃないか・・・・。
そう思うくらい、女になりきっていた。
「あっと、もうこんな時間だ。最終チェックをして来なくちゃ。修も来て!」
「ああ」
凛も、俺と大差ないのが不幸中の幸いだったから、まだよかった。しかし、そんなものでまぎれるほど、俺の心の傷は浅くはない。きっと、一生深く刻まれるだろう。
凛だったら、「これも、一種の思い出だと思って!」と言うだろうが、俺はそこまで器用な奴じゃないんだ。
「準備OK。もう直ぐ勝負が始まるよ?大丈夫?」
「ああ、勝負はやるからには勝つ。それが俺のモットーだ」
俺は、精一杯頑張ることを決めた。こんな姿になってまでやるんだ。これで負けたら、俺の心は一生回復しないだろう。だから、心の傷を少しでも浅くする為、勝利を掴み取るんだ!