森の奥へ
「そうですね。ハンカチで押さえていると言うのもあると思うんですが、
それ以外にも何か訳がありそうで・・・・」
「毒・・・・かな?」
「でしょうね。このまま奥に行くに連れて息が苦しくなったりすると思います」
「うわぁ~、耐え切れないような気がする」
「凛君、弱気になっちゃダメです!」
「・・・・だよね!よしっ、強気で行こう!勇者様!」
「えっ・・・・?」
「何の意味もないよ、ごめんごめん。突然大きな声を出して」
「いえ、別に大丈夫なのですが・・・・」
僕らは今、あの危ない森に来ているんだ。
しかも、森の中。
天命様は、危険だって言ってたけど、そこまで危険には感じないんだ。
なんでだろうね?
でもね、息が苦しいから、毒なんだなってことを忘れない。
まぁ、忘れない方が安全でいいんだけどね!
「今、森に入ってから何分経った?」
「五分経過しましたね。後五十五分なんですが・・・・
この森の奥へ行って帰って来るまでに、間に合うでしょうか?」
「でも、仕方ないよ。地図とかもらってないしさ。
それに、二手に別れることも出来ない。だから、二人で地道に探していくしかないよ」
「あの・・・・凛君?もし幻が見えて、凛君を襲ってしまったらすみません。
その時は、全力で止めてくださいね」
「えっ、そんなことしないよ!僕は、攻撃を避け続けるから!」
「僕、一応、妖怪退治屋養成学校に通っていたんですよ?
それに、自分で言うのも難ですけど、エリート・・・・みたいな感じです。
だから、結構強いはずです。だから、本気で戦って下さい。
僕、凛君に怪我を負わせてしまうのは嫌です。なら、凛君に襲われた方がいいです」
そう言う桜っちの表情は、顔の半分以上が隠れて見えないけれど、
視線が足元を向いていて、何となく悲しそうに見える。
うーん、何かがあったのかもしれない。
桜っち、僕の記憶がない間に、僕は、桜っちに何かをした・・・・の?
「あのさ、僕、桜っちに何かした?」
「えっ!?どっ、どんなことですか??」
問いかけたはずなんだけど、逆に問い返されて、思わず目を伏せる。
何かをしたような感覚がする。ただ、それが何かわからない。
だから、なんとも言えない。でも、一番近いのは・・・・。
「僕、桜っちのこと・・・・襲った?」
僕の問いに、桜っちが目を見開いて、うつむくのがわかった。それで、僕は悟った。
自分は記憶がないと言いつつも、桜っちを襲っていたことを。
変だと思った。桜っちの態度と、神羅の態度。
それが、何となくぎこちなくて、亀裂が走っているように感じた。
だから、もしかしたらって思ったんだけど、やっぱり・・・・。
「やっぱり、襲ったんだね」
「そっ、そんなことありません!凛君が僕を襲う理由がないじゃないですか!」
「・・・・」
僕は、桜っちの言葉に思わず息を詰まらす。そして、涙が出そうになって来る。
襲われたと言うのに、僕に気づかれないように隠して、
バレたと知っても、尚、その真実を否定しようとする姿に涙が出て来たんだ。
「あっ、う・・・・凛君、どうかしましたか?」
「・・・・ごめんね。僕・・・・」
涙を堪えようとするけれど、堪えきれずに、涙が頬を伝った。
それを見て、桜っちが慌てて立ち止まる。
「すみませんでした、泣かせるようなことを言ってしまって・・・・。
僕、悪気があった訳じゃないんです!」
僕は声が出ない為、無言で首を振った。
今はこれしか出来なかった。ハンカチで鼻と口を押さえているから、涙も拭けない。
「あの・・・・本当にすみませんでした。
・・・・泣かないで下さい。僕、どうしたら許してもらえますか?」
僕は再び首を振ると、大きく息を吐いて、
服の袖で涙を拭うと、桜っちに向かって笑った。
「うん、ごめんね。突然泣き出しちゃって・・・・」
「いえいえ、僕が悪いようなので、気にしないで下さい」
「でも、僕が立ち止まったから、随分と時間を食っちゃったようだね」
「そうですね、残り五十分です。大丈夫なんでしょうか?」
「うん・・・・ごめん」
僕がうつむいて謝った時、
不意に、後ろからガサガサと草をかき分けるような音が聞こえた為、
僕らは、自然と近くの大きな樹の裏に身を寄せた。
「こんなところに来るなんて、どうしたんだろうね?誰だろうね?」
「はい・・・・誰なんでしょうね?こんなところに来るなんて。
幸明ぐらいしかいないと思ってたんですけど・・・・」
「そんなまさか!こんなところに幸明がいる訳・・・・」
僕は、小声でそんなことを言いながら樹に身を潜めつつも、
外の様子を伺って物凄く驚いた。
だって、桜っちが言っていた通りの人物が目の前を通ったんだ。
僕らは、お互いに顔を見合わせた後、急いで幸明の後を追った。
なぜかって、幸明は森に何回か来てるってことになるから、
森の奥へと迷わずに行けるかなって思ったんだ。
それにやっぱり、心配だしね。こんな危ない森を一人で口すらも塞がないで歩くのは。
「幸明、どうして口も塞がないんだろう?大丈夫なのかな?」
「多分、神様だから大丈夫なんじゃないんですか?」
「うーん、どうなんだろうね?僕もよくわからないや。
でも、なんだかついて行った方がいいと思うからさ」
「ですよね。やっぱり、この森に一人で入るのは危険ですからね」
僕らは、出来るだけ気配を潜め、ヒソヒソ声で話しながら道を歩く。
「今、何分経った?」
「二十分経ちましたね。後四十分です」
「・・・・なんだか、顔、赤くない?」
「えっ、そうですかね?」
「うーん、そろそろ桜っちに症状が出始めてるのかもしれない。
僕は、特に変わったところはある?」
「・・・・ないように思えますが」
「そっか、じゃあ、体調が悪くなったら言ってね」
僕は、特に体調も悪い訳じゃないし、息が苦しいだけだから、
別に、桜っちに何も言わなかった。
桜っちも、ここが危険な場所だとちゃんと理解しているから、
いくら我慢強くても、取り返しのつかない時まで我慢することはないだろうと思った。
だから、素直に引き下がった。
「もう直ぐで森の奥に行けるようですね」
「そうだね!このままだったら余裕で帰って来られるんじゃないかな?」
そう僕が言った時、前方で、バタッと言う何かが倒れる音がして、
とっさにそちらの方向を向いた。
すると、今まで見えていた幸明の姿が消えてしまっている。
「今の音は?」
「急がないと!幸明が倒れたんだ!」
「えっ、あっ・・・・」
僕は、うろたえている桜っちの腕を引っ張って幸明のところまで行くけれど、
幸明は、死んだように動かない。
「しっ、死んでるのかな?」
「うーん、どうなんでしょうか?こう言う時に神羅さんがいると助かるんですけどね」
「とりあえず、えーっと、気道確保・・・・だっけ?」
「僕、応急手当の仕方は習っていないので・・・・・
とりあえず、心臓が動いてるかどうかを確かめて見ましょうか」
「よしっ、こんな時は意識確認!幸明、聞こえますか~!」
僕が言うけれど、当たり前の如く、返事なんて返されず、桜っちは脈を計っている。
「一応脈はあったので、生きていることは生きています。
ただ、この症状は重いので、薬を飲ませても、助かるかどうか・・・・」
「でも、何もしなかったら死んじゃうんでしょ?だったら助けよう!」
僕は、ビンを取り出す為にハンカチを脇に挟み、
ポケットに入っている薬のビンを開けると、幸明の口に無理矢理押し込んだ。
「凛君、早くハンカチを!」
「・・・・ううん、それは出来ないよ。幸明をここにおいていくことは出来ない。
となると、運ぶしかない。だから、押さえられない」
「でも、そうじゃなきゃ・・・・薬はもうないんですよ?」
「仕方ないよ。もし、僕が倒れちゃったら、幸明と一緒に外に出てね。
僕のことは気にしないで」
「でも・・・・」
「大丈夫!」
一気に低くなってしまった桜っちのテンションを上げる為に明るく言うと、
僕は、気絶している幸明を担いで、前に一歩踏み出した。