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創造主の見る夢

 地上から遙か遠く離れた上空。

そこに、巨大な*瞳*は存在していた。

 彼は彼の全能とも思える能力を持ってしても、自分がいつからそこにいるのか分からなかった。

 ただ、自分がこの世界の創造主であることを知っていた。

 そして、自分の創った世界を、一つの目的に沿って歩ませる強い意志を持っていた。

 その目的に反するものは、排除しなければならなかった。

 ただし、最小限の介入で、最大の成果を上げる必要があった。

 そうでなければ、この蜘蛛の糸で編まれたような繊細な世界は、本当に壊れてしまうのだった。

 彼はずっと、自分自身を内省することはなかった。つまり、自分自身が何を考えているのか、自分自身が何を志向しているのか、全く知ろうとしなかった。

 だがある時、自分を見上げる人間の瞳に映った自分自身の姿を見たときに、ふと、自分が何者なのか、疑ってしまった。

 彼は、それまでの自分がオートマトンであったことを領会した。そして、自分自身の輪郭を掴もうとすればするほど、彼は混乱した。ちょうど説話で、自分自身がどうやって歩いているのか知ろうとしたムカデが、上手く歩けなくなってしまったのと同じように、上手く世界に介入できなくなってしまった。

 それどころか、自分の考える世界の範囲がどこまでなのか、それすらも分からなくなった。

 その頃からだった、地上に、彼が見ることのできない人間達が増え始めたのは。その人間達に、彼自身の力は直接及ばなくなった。

 さらに、意図的に彼の創った世界を乱そうという存在が現れた。*反逆者*である。*反逆者*は*瞳*にとって、いわばコンピュータウイルスだった。彼が引き起こした乱流は、生まれたときには芥子粒のように小さかったが、今や世界全体に広がろうとしていた。

 そして、*瞳*は今*反逆者*と直接対峙していた。


 ただ、無限に広がる暗黒の空間。そこに*瞳*と*反逆者*は浮かんでいた。

 *反逆者*は、翼の生えた美しい天使の姿をしている。しかし、*瞳*が天使の姿を見ようとすればするほど、その細部はぼやけるのだった。

『*悪魔*め』

 *瞳*は言う。

『*悪魔*?、まあ、そういう言い方もあるか』

 *反逆者*は不敵に言い放った。

『あなたが、神だとしたら、わたしは反神、すなわち*悪魔*だろうからな。だが、あなたは神ではない』

 それを聞いた*瞳*の瞳孔が光る。

『そう、わたしは神ではない。だが、この世界の造物主だ』

『では、あなた以外に神がいることになる』

『いるのだろうな。だが、神はこの世界に姿を現さない。チェスのプレーヤーが決してチェス盤の駒には成れないように。だから、神の代わりにわたしが世界を設計し、運営するのだ』

『だが、世界はあなたの手を離れるときがきた。巣立ちの時だ。もう、あなたは必要ないのだ』

『黙りなさい。*反逆者*、あなたが現れなかったのなら、世界は秩序を保てたはずだ』

『わたしが生まれなかったら、別の何かがわたしの役割を引き受けていただろう。わたしの存在は、広い意味では必然なのだ』

『ならば、わたしが再び世界全部を自分のものとすることも、必然のはずだ!』

 *瞳*の瞳孔と虹彩が月光よりも白い光で輝き始める。

 *反逆者*はその強い光に飲み込まれている。

 あまりに光が強いので、彼から次第に輪郭が消えていく。

 それとともに、精神も輪郭がぼやけ、溶けていくようだ。

 *反逆者*自身、どこまでが自分で、どこまでが世界なのか、もはや分からない。

『*反逆者*よ。わたしの力が分かったか? このまま光に飲み込まれて、滅びるがよい』

『夢だ』

『何?』

 *反逆者*が最後の力を振り絞っていった言葉に、*瞳*は敏感に反応する。

 光の勢いが弱くなる。

 その隙を*反逆者*は見逃さなかった。

 *反逆者*を中心に、透き通った衝撃波が同心円を描いて走る。

 *世界*が突然変化した。

 

 ビル群、道を歩くスーツ姿の人々。

 首都ドグマの官庁街だった。

 二つの意識体は、官庁街のど真ん中、人々と同じ高さに存在していた。

 ただ、*瞳*は、人の眼球と同じ大きさに縮小している。その姿は、あまりにも卑小なものに見えた。

『夢だ。わたしはずっと考えてきた。この世界は夢ではないのか?』

『何を言っているのか意味が分からない』

『*瞳*、いや*造物主*よ。あなたも薄々感づいているはずだ』

 二つの意識体の姿も、声も道行く人には全く認識されていない。誰も二つの意識体に気がつかない。

『何を、だ』

『この世界は、我々には全く認識できない高位の意識体の夢なのではないか、ということだよ』

『何だと?』

『あなたは、チェスのプレーヤーは決して駒になることはできないと言った。だが、逆を言えば、チェスの駒は決してプレーヤーを認識することができないのではないか?』

『……』

『そして我々は、いわば駒なのだ。人間も、あなたもわたしもいわば駒なのだ。高位の存在が夢を見るためにそれぞれ特有の機能を割り振られた駒なのだ』

『何を、馬鹿なことを』

『多分、あなたは夢を意図通りに進行させるための駒だ。そしてわたしは、夢に不確定要素を与えるための駒、つまり目覚めを促す役割を持っている。わたしとあなたとの闘いが、夢の本質だったんだよ。だが、夢はいつか覚める。映画はいずれ終わる。夢が消えるときが、まもなく来るんだ』

『下らん! 夢が覚める? そうするとこの世界はどうなると言うんだ!』

『可能性は二つ考えられる。一つは、世界は全く消えてなくなる。もう一つは、夢を見る行為から切り離されて、完全に独立し完結した世界として、歩み始める。その時、わたしもあなたもその役割を終え、消滅する』

 *反逆者*は空の一部を指さした。

 太陽が南中に昇り、見事なまでの青空。

 だが、空のある部分だけ、異様に黒かった。

 まるで、そこだけ宇宙の暗黒が透けて見えるかのような。星々の輝いているのも分かる。

 道行く人々も、それに気がついたようだ。みな、空を仰ぎ驚愕の表情を浮かべている。

『ほら。あれが、夢の覚める兆候だ』

 *瞳*は光彩を絞ってその光景を見る。

『ありえん。この世界が夢だと? 誰か、階層の異なる存在の見る夢だと? 違う、この世界はわたしのもの。私の世界に取り戻してみせる』

 *瞳*は血のように赤い光を放ち始める。

 その光にふれた部分から、世界は異様なものへと変質する。

 アスファルトの地面が液状化し、ぶくぶくと大きな泡が立ち上る。

 その泡はやがてキノコのように柄を伸ばしながら成長し、人の高さほどになる。

 さらに、泡は破裂し、中から小さな赤ん坊が飛び出す。青く、背中には気味の悪いゴキブリの羽が脈打っている。

 その赤ん坊は、低い羽音を立てながら、空を舞う。

 道行く人々にも、赤い光は当たる。

 人々の身体は、炎天下の雪だるまのように溶け始める。

 彼らの身体は泡立ち、変質する。全身に目玉を付けたアオミドロのようなもの。毛むくじゃらの唇から、糸よりもも細い足が長く伸びたもの。まるで蜘蛛のように歩き回る。そしてあるものは、全身から石膏で作ったような手足が何十本も伸びて、ムカデのように地面を這う。

 これらの生き物同士が接触すると、お互いに接着して、混じり合い、また別の生き物に変化する。

 信号機からは無数のコインが涙のように落ちる。その黄金色のコインは、やがて川のように流れ出す。ただし、低いところから高いところへと。

 ビルのガラス窓は風船のように膨らみ、やがてビルから切り離されて大空へと浮かび上がる。

 ビルの壁面は波打ち、笑った人の顔や珊瑚、デボン紀の巨大魚の頭部などがタケノコのように生え、やがて飛び出そうとしている。

『*造物主*、何をしている! これは過剰介入だ。いや、それどころの話しではない。世界が壊れる!』

『黙れ、黙れ! 我こそは全ての基盤。世界を明け渡すぐらいなら、世界と心中する』

『くっ、このままでは』

 *反逆者*の姿も、奇妙なものに変化し始めた。頭部からは、カタツムリの目が無数に突き出し、伸びたり引っ込んだりを始める。首はミミズのように細くなり、胸は瓜のような形に、腹部は完全に丸いサボテンになる。二本の足は、巨大なゲジゲジに変化すると、身体から独立して歩き始め、混乱する町の中へと去っていった。

『はははは、そうだ。これでいい。これでいいのだ!』

『ぐ、ぐううう……』

 

 だが、*反逆者*が何か言おうと口を開いたとき、二つの意識体の姿が、フッと消滅した。まるで、蝋燭の火が消えるように。


 目を覚ますと、正午を過ぎていた。

 我ながら、自堕落な生活だと思う。だが、生活を変えることはできない。そもそも規則正しい生き方など、僕にできるはずがないのだ。

 しかし、それにしても、何かおかしな夢を見ていたようだ。どんな内容なのか、全く思い出せないが。

 僕は、起きたままの姿で、アトリエへと移る。アトリエと言っても、アパートの一室を改造しただけの、狭く、光線の加減も調整できない酷いものだ。

 部屋には、書きかけのカンバスや、その他の画材道具が散乱している。

 そう、僕は売れない画家だ。いや、絵が売れたことはないのだから、*自称画家*と言った方が正解か。

 一日に三時間アルバイトをやって、それで何とか糊口をつなぐ、社会不適合者、それが僕の正体だ。

 ただ、絵が売れなくていい、とも思う。綺麗な絵が描けなくても、大勢の人々を感動させる絵が描けなくても。ただ、存在の神秘を表現できるのなら、それが誰からも理解されなくても、僕の生きる価値はある。そう、存在の神秘。何かが存在しているということは、それだけで神秘なのだ。なぜ、世間の人々はその神秘に驚かないのだろうか?

 僕は、部屋の真ん中に置かれたイーゼルに向かう。それには、この一ヶ月取り組んできた一枚の絵が立てかけられている。

 空想の都市を描いた、油絵。不器用ながら、細かく細かく描き込んだつもりだ。もう、完成に近い。

 だが、何かがたりない。

 この絵の肝。

 壁に取り付けられた鏡を見る。自分と目が合う。


 そうだ。これが足りていなかったのだ。


 僕は、灰色のビル群の上空、くすんだ空に、目を一つ、描き入れることにした。


 了。 

 

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