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噛み合えない人々

作者: エンゲブラ
掲載日:2026/11/03

自分を中心軸にすると、客観的判断が難しくなるもの ―― 「考え方の違い」。何を話していても、平行線または脱線を起こす関係性には、いったいどのような差異があるのか。


ずっと話の噛み合わない者同士の会話を眺めていると気付くこと。それは「読書分野の違い」である。自らのイデオロギーを形成する際に読まれた分野が持つ「互換性」が、彼らを噛み合わせたり、食い違わせたり。


永遠に話が噛み合わない者たちは、他とは互換性を持たない、先鋭化した思想に触れて育った可能性が高い。「社会性」とは本来、互換性を持たない他者とも「共通点」を見出すことを磨く作業とも言える(一神教的思考と多神教的包括性の違い)。


最近、どうにも「範囲の狭い人間」が増え続けている気がする。相手にいっさい合わせる気のない個人主義。これが社会というものを崩壊に向かわせている。アメリカ・ファーストにせよ、都民ファーストにせよ、何かに順位を付けると、分断は加速し、互換性を失う。


剛と柔。社会は、急激に剛へと傾いている。そんな時代だからこそ、柔の姿勢が重要である。しかし、人々が硬くなる原因もまた、剛の社会によるストレスであるため、ウロボロス的悪循環を起こしている。


普段、触れることのない分野の思想に触れる。それが学びというものであるが、時代は文学的な学びを軽視する。―― 文学部の廃止案なども含め、すでに臨界点に達している。次にまた文学が大衆性を獲得するのは「次の大戦の後」となるのかもしれない。

今の社会が持つ集団的ヒステリーのガス抜きの手段。戦争以外には何があるのだろうか?

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― 新着の感想 ―
政治社会問題を語るよりも、性慈煮快悶態を騙り給えよ(にっこり)
文学的な学びって、人間にある程度の余裕がないと難しい、わりと高度な分野のものだと思います。 誰にでも楽しむことはできますが、主体的に関わり、時間や余力を意図的に費やさなければ、その面白さにはなかなか…
イキりがちょっと(笑)文章がえらそー。おもんないもんは消えていく定め。古くてもいいもの生きてるは残るし。美術館にでも立てこもって死んだものでも愛でて高尚な自分に酔いしれててください。
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