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「ネルの実がなってる頃だな」
「そうだね、そろそろとりに行こうかな」
「今から森に行くか」
「うん!」
ネルの実はリナの好きな木の実だ。小さな紫色をしていて、食べると少しすっぱいけれど、甘くておいしい。
あまり大きくならない木なので、リナの背丈でも摘み取ることができる。
毎年森へ行って、とってきてはそのまま食べたり、多くとれた時はジャムにしたりしている。
リナは支度をして、オルグと一緒に家を出た。
森の中には木々の香りが満ち、鳥たちのさえずりがあちこちから聞こえてくる。
ネルの実がなっている場所まで、少し遠い。
「俺の背中に乗るか」
「重いでしょ、自分で歩くよ」
「そのほうが早く着く」
「いいの?」
「ああ。待ってろ」
そう言ってオルグは茂みの中に入っていった。そして、着ていた服をくわえて、黒い大きな狼の姿で戻ってくる。
「ありがとう」
リナは、腕に下げた木の実を入れるかごと、兄がくわえていた服を持ち、その背にまたがった。体を寄せて、首元の毛並みにそっとつかまる。
オルグの耳がぴくっと揺れた。歩みを進め、そしてゆっくり走り出す。
陽の匂いと草木の香りに混じって、どこか安心する兄の匂いがした。
子供の頃、狼になった父の背中に乗せてもらったことがある。その時兄は、自分が乗せると言って聞かなかった。けれど、まだ幼かった兄の狼の体は人を乗せるには小さく、「体を痛めては強くなれないよ」と両親に止められていた。そのことを思い出し、リナは自然と笑みがこぼれた。兄の体が大きくなってからは、時々こうして背中に乗せてくれる。
「すごい、たくさんあるね」
「今年はよく実ってるな」
「これならまたジャムが作れそう」
人の姿に戻ったオルグと一緒に、リナはネルの実を集めた。
いっぱいに実が入ったかごを持ってくれた兄と村へ帰る途中、
「湖で休憩しよう」
そうオルグが言った。
たまに訪れる湖は、ゆっくり過ごすのにいい場所だ。
「うん」
リナは答えて、二人で湖へ寄ることにした。
花月の時期には周り一面に白い花が咲くという湖だけれど、今は緑に包まれている。
向こう岸まで見渡せる湖の周りを、木々がぐるりと囲み、湖畔は人が寝転がれるほどの柔らかい草地になっていた。
風が枝葉を揺らすたびに木漏れ日がきらきらと澄んだ水面に光る。
リナは頬を撫でる涼しい風を感じながら、オルグと一緒に湖のほとりに腰を下ろした。
「気持ちいい」
湖に足首を浸していると、オルグが草の舟を作って水面に浮かべた。
「懐かしいね。子供の頃、兄さんがよく作ってくれた」
草舟を眺めながら、リナは微笑んだ。
「兄さんとよく小川で遊んだなあ。一緒に水浴びしたり」
「その時は、俺は狼になっていたな」
「人間の時もあったよ。二人で裸になって水遊びしてた」
「……よく覚えてるな。お前はまだ小さかったのに」
「小さいって言っても、兄さんと三つしか違わないもの」
ふふ、と笑みをこぼしながらリナは続けた。
「私が深みに行って危なかった時も、兄さんが助けてくれたね」
「あの時はあせったぞ」
「兄さんに必死にしがみついたなあ……」
「しばらく水遊びを禁止された」
「うん……あれからもう絶対深い所には行かないようにしようと思ったよ」
「小魚を捕まえたりもしたな」
「石で囲いを作ったね」
「ああ、そこに追い込んでた」
リナは幼い頃の思い出にひたった。オルグもそうなのか、穏やかな時間が流れる。
「また一緒に水浴びする?」
リナが笑いながらオルグを見て冗談を言うと、リナを見ていたオルグは眩しそうに目を細めた。
兄は何も言わない。なんだか顔が近いな、と思った。
その顔を見ているうちに、自然と言葉が出る。
「昔から兄さんは私を守ってくれた。お父さんもお母さんも……みんな、私にとって大切な家族だよ」
いつもありがとう、とリナが微笑むと、オルグはしばらく黙ったままリナを見つめていた。やがて静かに視線を伏せ、少しだけ顔を離した。
それからしばらく湖畔でゆっくり過ごした後、リナはオルグと並んで湖を後にし、家路についた。
戻ったらネルの実と蜂蜜でジャムを作ろう。そして明日、お母さんの所にも持っていこう――そう思いながら。




