99話
翌朝、ギルドの扉を開けると、昨日の「幸運のぽんぽん」騒動もどこへやら、冒険者たちの関心はすっかり食い気へと移っていた。
「おい、あの裏通りの店で出してる『濃厚プリン』食ったか? 卵の味が濃くて、ほっぺたが落ちるぞ!」
「ああ、あのカラメルが少し苦いのがたまんねぇんだよな」
そんな甘い香りの漂いそうな会話を横目に、リルドは掲示板の端に貼られた、地味ながらも堅実な依頼札を見つけた。
「……『原材料の買い付け』。今日はお買い物のお散歩かな」
リルドはその札を剥がし、受付へと持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん! はい、受理しますね。それは工房から出された、塗料用の原材料の買い付けです。あちこちの店を回る必要がありますが、リルドさんなら安心してお任せできます」
「うん、良い色の元になる材料を探してくるよ」
リルドは活気あふれる市場へと繰り出した。
工房から指定された鉱石や植物の脂など、塗料の原料となる品々を探して歩く。かつて極めた「鑑定」のスキルをさりげなく使い、不純物が少なく、発色の良さそうなものだけを厳選していく。
「おじさん、この鉱石を三つ。あと、あっちの乾燥した木の実も一袋もらえるかな?」
店主たちと世間話を楽しみながら、リルドの籠は次第に色とりどりの原材料で満たされていった。
買い付けを終え、重くなった籠を背負ってギルドへの道を歩いていると、ふと視界が開けた場所で足を止めた。
西の空に広がる雲が、夕陽を浴びて淡い桃色や黄金色に染まっている。
「(……ふふ、なんだかあの雲、大きな飴玉みたいで美味しそうだね)」
リルドは目を細めてその景色を眺めた。かつて世界を救うために空を駆けていた頃には、雲をそんなふうに愛でる余裕などなかった。今の自分だからこそ味わえる、贅沢な「美味しそうな空」だ。
夕刻、リルドは工房に材料を届けた後、完了報告のためにギルドへと戻った。
「ただいま、受付さん。原材料の買い付け、無事に終わったよ。工房の人も、質が良いって喜んでくれたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! お疲れ様です。……さっきの工房から早速連絡がありましたよ。『あんなに純度の高い材料を一度に揃えてくるなんて、あの冒険者は何者だ?』って驚いてましたよ」
「あはは、市場の神様が味方してくれただけだよ。帰り道には、美味しそうな飴玉の雲も見られたしね」
受付嬢が「飴玉の雲……? リルドさんは本当に感性が豊かですね」と微笑みながら、報酬の銅貨を手渡した。
「さて、僕も今夜は、雲のように甘いものを少しだけ食べながら、ゆっくりと一日の終わりを過ごそうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、夕暮れ空の甘い彩りを添えて、穏やかに更けていく。




