96話
翌朝、リルドが家の扉を開けると、そこにはいつものように一匹の三毛猫が座って待っていた。
「おはよう。今日もいい天気だね、君もお散歩かい?」
リルドが魔獣言語を交えて語りかけると、猫は「ニャー(今日はあっちの広場で日向ぼっこするんだ)」と誇らしげに答え、リルドの足元に体を擦り寄せた。猫の温もりを感じながら、リルドは穏やかな足取りでギルドへと向かった。
ギルド内は、相変わらずロマンス小説の最新刊を巡る冒険者たちの熱い議論で賑わっている。リルドは掲示板の端から、『薬草採取』と、少し珍しい『洗濯のお手伝い』の依頼札を剥がした。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん! 洗濯のお手伝い……あ、それは街の孤児院からの依頼ですね。最近、シーツなどの大物が多くて人手が足りないみたいで。リルドさんなら、子供たちも喜ぶと思います」
「うん、真っ白に洗い上げてくるよ。お散歩がてらね」
まずは森で薬草を摘む。リルドの「鑑定」眼にかかれば、どの草が最も効能が高いか一目瞭然だ。手際よく籠をいっぱいにした後、彼は街の孤児院へと向かった。
「こんにちは、ギルドからお手伝いに来たよ」
挨拶を済ませると、リルドは山のような洗濯物を前に腕をまくった。かつて全盛期に極めた生活スキルや、微細な魔力操作を無造作に使い、汚れを浮かせ、生地を傷めずに真っ白に洗い上げていく。彼が干したシーツは、まるで魔法がかかったように太陽の光を吸い込み、清々しい香りを放った。
孤児院を後にし、夕暮れ時の帰り道を歩いていると、路地の影からひょっこりと、緑色の顔をしたゴブリンシーフが姿を現した。
「ギギ……。お前、この間の……。これ、返す」
差し出されたのは、以前リルドが彼に作った「合鍵」の枝だった。どうやら無事に仲間と合流でき、お礼を言いに来たらしい。
「やあ、こんにちは。無事に家に入れたみたいで良かったよ。それは君にあげたものだから、大事に持っていていいんだよ?」
「ギギッ! お前、やっぱり、いい奴。俺、もう泥棒はやめる。鍵開け、正しく使う」
リルドは「それは素敵な決心だね」と微笑み、ゴブリンと固い握手を交わした。
夕刻、リルドは清々しい表情でギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。薬草も洗濯も、無事に終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん! さっき孤児院の先生から連絡がありましたよ。『あんなに早く、しかも新品みたいに綺麗に洗ってもらえるなんて!』って、ものすごく感謝してました」
「あはは、太陽が味方してくれただけだよ。帰り道には、新しい道を見つけた友達にも会えたしね」
受付嬢が「リルドさんと話すと、なんだか心が洗われるようです」と顔を綻ばせながら報酬を渡す中、リルドは満足げにギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、太陽の匂いがするシーツに包まれて、ゆっくりと夢の続きでも見ようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、汚れなき真っ白なシーツのように、清らかで穏やかに更けていく。




