91話
翌朝、ギルドの扉を開けると、昨日のあの「きわどい鎧服」を巡る狂騒劇が嘘だったかのように、いつも通りの快活な空気が流れていた。
「見てくれよ、この新しく新調した盾! 奮発したんだぜ!」
「うお! すっげーじゃん! それなら次の遠征も安心だな」
そんなやり取りを横目に、掲示板の前では「毒消しを多めに持っていくべきか」「こっちの調査依頼の方が実入りがいいか」と真剣に悩む冒険者たちの姿がある。リルドはそんな彼らの間をすり抜け、いつものように端っこの依頼札を二枚、そっと剥がした。
「おはよう、受付さん。今日はこれに行ってくるよ」
「おはようございます、リルドさん。はい、『薬草採取』と『ウルフの調査』ですね。薬草の方はいつも通りですが、ウルフについては、最近なんだか群れ全体がそわそわしているという報告が相次いでいるんです。気性が荒くなっているわけではないようですが、念のため気をつけてくださいね」
「そわそわしている? ……(ふふ、そろそろ産期が到来する時期だものね、きっとそれじゃないのかな?)」
リルドは心の中で見当をつけながら、軽やかな足取りでギルドを出た。
森での採取と再会
まずはいつものように、森の入り口で薬草を摘んでいく。リルドが指先を動かすたび、籠の中には瑞々しい緑が積み重なっていく。
採取を終えた彼は、さらに森の奥、ハイウルフたちの縄張りへと足を進めた。
かつてあらゆるスキルツリーを埋め尽くしたリルドにとって、魔獣と心を通わせることは造作もない。彼は「魔獣言語」を使い、森の奥に向かって優しく呼びかけた。
「やあ、みんな。少しお話を聞かせてくれるかな?」
すると、茂みの奥から銀色に輝く毛並みのウルフたちが姿を現した。彼らはリルドの姿を認めると、警戒を解くどころか、親愛の情を込めて鼻先を擦り寄せてきた。
「(……やっぱりね。新しい命が生まれる準備をしているんだね)」
ウルフたちはリルドに、もうすぐ群れに新しい家族が増えること、そしてそのために少し神経質になっていたことを教えてくれた。リルドは「おめでとう」と伝え、彼らの体調を「鑑定」で確認してあげると、持っていた保存食の干し肉を少しだけお祝いに分けてあげた。
夕刻、リルドは満足げな表情でギルドに戻り、受付へ報告書を出した。
「ただいま、受付さん。調査の結果だけど、ウルフたちがそわそわしていたのは、もうすぐ新しい命が生まれるからだよ。特に危険な兆候はなかったから、安心していいと思うな」
「おかえりなさい! ……えっ、産期ですか!? そんなことまで分かったんですか? 確かに、時期を考えれば合点がいきますけど……」
「うん、みんなとっても幸せそうだったよ。だから、しばらくは彼らの縄張りに近づきすぎないように、ギルドからも伝えてあげてね」
受付嬢が「リルドさんは本当に魔獣と仲良しなんですね」と感心して記録をつける中、リルドは報酬を受け取った。
「さて、僕も今夜は、新しい命の誕生を祝って、美味しいミルク粥でも作ってゆっくりしようかな」
万年Fランク冒険者の日常は、森の家族の喜びを自分のことのように感じながら、穏やかに更けていく。




