90話
翌朝、リルドはギルドの掲示板の前で、珍しく眉をひそめて考え込んでいた。
そこへ、面倒見の良いDランク冒険者のアランが、快活な足取りでやってきた。
「よう、リルド。そんな難しい顔してどうした? 珍しいじゃないか」
「あ、アランくん。……ええと、この依頼書がね」
リルドが指差したのは、掲示板の隅で怪しい光を放っていた『きわどい鎧服を着てください』という、一歩間違えれば変質者の仕業かと疑いたくなるような依頼書だった。
アランはそれを二度見し、顔を引き攣らせた。
「……これ……は……。おい、冗談だろ?」
「うーん、でも報酬も良いし……なにか理由があるのかもしれないし。やるよ、僕」
リルドが真顔でその札を剥がそうとした瞬間、アランは血相を変えてその手を掴んだ。
「だめだめ! リルド、お前は絶対にだめだ! そんなもん着たら、この街の健全な冒険者たちが別の意味で全滅しちまうだろ!」
アランは慌てて別の場所から、これまた難解そうな色褪せた札をひったくり、リルドに押し付けた。
「これにしな! こっちの方がお前さんに似合ってる!」
手渡された札には、美しい筆致でこう綴られていた。
『夕日に映える草花はなんと美しい露草のようだ。そのかの国の可憐な瞳に映すに等しい面影は何処?』
リルドはアランに押し切られる形で、そのポエム風の依頼を受付に持っていった。
「おはよう、受付さん。……今日はこれをお願いするよ」
「おはようございます、リルドさん。あ……これも前からずっとあるやつで、意味がわからなかったんですよ。やっぱりポエム、なんですかね?」
「うーん……きっと意味はあるんだと思うけど。これ、一箇所じゃなくて、複数件くらい探さないと『答え』にはならないな、これは」
リルドは「言語理解」と「視野拡大」をフル活用し、その詩が指し示す風景を脳内で繋ぎ合わせていった。
『夕日に映える草花』――西の湿地帯に咲く黄昏草。
『かの国の可憐な瞳』――隣国の王家の紋章に使われている、瑠璃色の小石。
『面影は何処』――それらが重なり合う、古い礼拝堂の跡地。
リルドはお散歩を楽しむように、街の内外を巡り、パズルのピースを集めていった。それぞれの場所で、彼はかつて磨いた鑑定眼を使い、詩の主が「何を見せたかったのか」を丁寧に読み解いていく。
夕刻、リルドが「答え」となる小さな瑠璃色の石と、黄昏草の押し花を手にギルドに戻ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
「ただいま、受付さん。答え、見つけてきたよ」
リルドが報告しようとしたその時、彼の背後から二人の男が詰め寄ってきた。一人は高価そうな服を着た文官風の老人。そしてもう一人は、妙にギラギラとした目をした服飾職人だった。
「おおお! 依頼を遂行してくれたのは君か! まさに我が主が求めていた景色だ!」
ポエムの依頼主である老人が感激してリルドの手を取る。
しかし、その横から服飾職人が割り込んできた。
「そんなことより君だ! 君、例の『きわどい鎧服』の依頼を見ただろう!?」
「えっ? あ、はい、見ましたけど……」
「君だ! 君のような浮世離れした美青年が着てこそ、私の新作防具は完成するんだ! 是非とも! 着てくれ! 報酬はいくらでも積む!」
「だーかーら! ダメだって言ってんだろ!」
横から飛んできたアランが、必死にリルドをガードする。
「あはは……。今日は、なんだか視線が忙しいお散歩になっちゃったね」
リルドは板挟みになりながらも、困ったように微笑んだ。




